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視える世界を越えて エピソード5:犬神 その②

自分が住んでいる町には、3か所鉄道の駅がある。町名がそのまま駅名になった駅、『東』を冠する駅、『中央』と後ろにつく駅。そのうちの一つ、役所に最も近い位置にある『中央』の駅は周囲の施設の充実から人の出入りも多く、休日であったためか待ち合わせの30分前という早い時間でも駅前広場はそれなりに混雑していた。
この中で、決して背が高いわけでは無い種枚さんを探すのは苦労するかとも思ったが、その心配は杞憂に終わった。
不自然に人が避けて通る真ん中で、フードを深く被ってただ立っていた種枚さんに、恐る恐る近付いて行くと、彼女の方もすぐに気付いたようで姿が消えたと思ったら次の瞬間には自分の背後にいた。彼女のこの移動法にもいい加減慣れてきた。
「やァ、随分早かったじゃないか」
「ええまあ、待ち合わせには早く来る性分でして」
答えながら彼女の足元を見ると、今日は珍しくビーチサンダルを履いていた。この人が履物を履いているところなんて初めて見た。
「今日は裸足じゃ無いんですね」
「流石に公共交通機関でまで、ってのはねぇ……」
いつもその気遣いをしてください、という言葉は一瞬悩んだ末に飲み込むことにした。

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CHILDish Monstrum:カミグライ・レジスタンス その③

「脱走……ですか?」
信じられない言葉が聞こえてきて、思わず訊き返してしまった。
「うん、脱走。私にはやりたい事がある。この場所じゃ出来ないことが。だから、脱走」
「ベヒモス、お前はどうだ? 助けを求めたくらいだ、外に出てやりたい事があるんじゃねーの?」
フェンリルに尋ねられて、考え込んでしまう。たしかにこの場所は嫌いだ。ここを出て自由になりたい、そう思ったことは何度もある。
……けど、『ここを出た後』? ここを出て、私は何をしたいんだろう。たしかにここにいれば、“メンテナンス”もしてもらえる。外に私の戸籍なんて無いし、見方によっては、最高じゃなくても最低限、安定して生存できる。じゃあ、ここから逃げ出す意味って……?
「ああ悪かった。変に考えさせるようなこと言っちまったな」
フェンリルの言葉で正気に戻る。
「別に大したことじゃなくて良いんだよ。スレイプニルなんて『走りたい』ってそれだけだぜ? ここは狭すぎるんだとさ」
「そ、そうなんだ……」
「そう。だから私は、フェンリルとここを出たいの」
スレイプニルが言った。
「フェンリルと? 何故?」
「だって、フェンリルがいれば私の走るのを邪魔するような全部、残らず壊してくれるもの」
「へ、へえ……?」
それは、倫理とか道徳とか、そういうの的にどうなんだろう?

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CHILDish Monstrum:怪物報恩日記 前日譚

時、たぶん真夜中。場所、海の中。
海面から数m。月と星のおかげで思ったよりも暗くない、塩っ辛い水中で、わたしは動けないでいた。
全ては体感10時間くらい前に遡る。100体弱の大型インバーダの大群が、わたしの配備されている都市の近くに出現した。そのまま侵攻すれば、わたしの担当区域にまでやって来るし、出現地点周辺の軍隊やモンストルムだけじゃ対処しきれないってことだから、わたしや仲間たちも駆り出された。
戦況はひどいものだった。
向こうはただでさえ巨体のせいで破壊力があるというのに、その上熱線による射程戦までこなすというのだから、人間の軍隊にはまず勝ち目が無い。モンストルムですら、小さな人型で熱線を浴びれば一瞬で蒸発する。それで何人か死んだ。
怪物態で応戦した子も、格闘戦の末にひどいダメージを負った。3分の1は熱線で首を飛ばされるか心臓を貫かれるかして死んだ。3分の1は肉弾戦で急所を叩き潰されて死んだ。わたしを含めた残りは、辛うじてインバーダたちを押し返して、結局負傷がひどくて動けなくなった。わたしは人型に戻る中で海に落ちて、そのまま海流に押されてだいぶ沖までやって来てしまった。
わたしは泳ぎが得意だから、流血で染まった海水を辿って対策課の人たちが回収に来るまで浮いているくらいならできると思っていた。
けど、考えが甘かった。空が赤らんでも、陽が沈み切っても、月が昇ってきても、人間の気配の一つすら近付いてこなかった。
さすがに力尽きて、身体の力が抜けていくのにつれてどんどん沈んでいった。
別に鰓があるわけじゃないから呼吸もできないし、水面に上がりたくても、血を流し過ぎて動けないし、もう死んでいくんだと思った。
諦めて目を閉じたその時、遠くからモーターの駆動音が近付いてくるのに気付いた。再び目を開いて、音の方に目を向ける。あまり大きくない船がこちらにやって来ているようだった。
やっと回収に来たんだろうか。死に体に鞭打ってどうにか水面まで上がり、舳先にどうにか掴まる。死力を振り絞って身体を持ち上げると、知らない老人が三叉の銛をこっちに向けていた。どうやら対策課の人間では無いようだった。
けど、そんなことを気にしている余裕はこちらにも無い。現状唯一の脅威である銛を掴んでへし折り、船の上に身体を投げ出し、そのまま気を失った。

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CHILDish Monstrum:カミグライ・レジスタンス その②

扉の破壊で、埃が舞い上がる。その向こうから、鉄球が独房の天井の方に飛んでいって、監視カメラと機銃を叩き壊した。
「よォ、ベヒモス。ハジメマシテだな」
すぐに晴れた埃の煙幕の中から現れたのは、私より少し背の高いモンストルムの男の子と、その子よりももう少し背の高い、スレンダーな女の子だった。
「俺はフェンリル。こっちはスレイプニル。よろしくな?」
「ぇ……ぁ……」
答えようとしたけれど、動揺が収まっていなかったのと長いこと言葉を発していなかったのとで、上手く言葉が出ない。
「とりあえず、『ソレ』も壊してあげたら?」
「ン、そうだな。ベヒモス、動くなよ? 下手すりゃ死ぬぜ」
フェンリルがそう言いながら、わたしの両手、両足の枷を1つずつ指で軽く突いた。その瞬間、拘束具は全て砕け散り、私の身体は自由になった。長いこと立ちっ放しの姿勢で固定されて疲れ切っていた両膝からは力が抜け、床の上に頽れる。
「…………ぁ、ありがとう、ございました」
さっきは上手く言えなかったお礼の言葉を、改めて口にする。
「あー、礼ならスレイプニルに言ってくれよ。スレイプニルが仲間が欲しいっつーから出してやったんだ」
「……仲間?」
この疑問に答えたのは、スレイプニルの方だった。
「そう。この地下牢から脱走する、そのための仲間」

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CHILDish Monstrum:カミグライ・レジスタンス その①

近付いてくる足音に、目を覚ました。
兵隊が履いている重くて上質な軍靴のそれじゃない。科学者の革靴を引きずるようなくたびれたそれでもない。スーツ姿のDEM上層部の偉そうなそれでもない。
ぺたぺたと無警戒に鳴るそれは、例えるなら子どもが素足で歩き回るような……。
音はもう1種類。ごり、ごり、とコンクリートがむき出しになった施設の廊下を、何か硬くて重い金属塊でも引きずるような……。
ふと、一つの可能性に思い至り、足元を見る。
私の両脚の枷に鎖で繋がれた、鉄球の重り。もしかして、私と同じようにここに閉じ込められているモンストルムの子?
「……いや、あり得ないか」
そう呟き、首を横に振って希望めいた考えを打ち消す。その理由は、両手を戒め壁に固定している手枷にあった。両手両足を拘束されて、おまけに首にも鉄球付きの枷がはめられていて、独房には監視カメラと遠隔機銃があるから、脱走なんて考えたところでちょっとでもおかしな動きをしたらアウトだ。
足音が、私の独房の前で止まった。
「ここ、誰の部屋だ?」
「ベヒモス」
「へぇ。強いのか?」
「閉じ込めざるを得ない程度にはね」
分厚い金属扉1枚隔てた向こうで、男の子と女の子が話している声が聞こえる。今さっき否定したはずの希望が、再び頭の中に大きく広がっていく。
「っ、たすけて!」
殆ど無意識のうちに、掠れた声を振り絞って外の2人に助けを求めていた。馬鹿なことをした。撃たれてもおかしくないのに。
「……りょーかい。動くなよ?」
扉の向こうの男の子の声が答えた。直後、扉に放射状の亀裂が入り、砕け散った。

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CHILDish Monstrum:人造神話隊 その③

4人が怪物態に変化してからは、戦況は完全に一方的な蹂躙と言えた。ティンダロスの高速の突進に触れた傍から、インバーダたちは腐ったように崩壊していき、動くこともできないほど腐り落ちた残骸を、ビヤーキーとナイトゴーントが轢き潰すように仕留めていく。3体の怪物の突進から逃れた、あるいは致命傷を避けたインバーダも、遅れてついて来るディープワンが三叉槍で1体1体、確実に急所を貫き片付けていく。
4体の化け物は勢いが衰えることも無く只管驀進を続け、東の空が僅かに明らんできた頃、インバーダは数体の小さな個体を残して殆ど全滅していた。
「そろそろ人間どもの時間だな」
残っていたインバーダのうち1体を大鎌で殴り潰しながら、ナイトゴーントが言った。
「ギリギリ間に合ったって感じだね。流石だよみんな」
人型に戻りながら、ディープワンが反応する。
「それじゃ、誰かに見られる前にさっさと帰るか。ほらみんな、私の背中に乗って」
人型に戻ったビヤーキーに言われ、ディープワンとナイトゴーントはすぐにそれに応じた。
最後まで残っていたインバーダを全て蹴散らした後、ティンダロスも遅れてビヤーキーの背中に飛び乗り、4人が飛び立ったのは、日光が戦場跡に届いたのとほぼ同時だった。

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人間ではないらしい

放課後、部室として使っている3年A組の教室に入ると、既にそのクラスの人は全員いなくなっていて、代わりに部長が机に座ってスマホをいじりながら、紙パックのカフェオレを飲んでいた。
「こんにちは、部長。先生は?」
「何か用事でしばらく遅れるんだってよ」
「そうですか」
適当な机を借りて荷物を置き、椅子に腰かける。
部長はこちらに目もくれず、スマホを触るのに夢中になっている。ゲームでもしているんだろうか。
それより、先生がしばらく来ないというのなら、都合が良い。仕掛けるなら、今しか無い。
「部長」
「なに?」
「これはクラスの子から聞いた噂話なんですが」
「うん」
部長がこちらに顔を向ける。
「部長が人間じゃないって本当ですか?」
部長の動きが止まった。ゆっくりと机から下り、手近な椅子に腰かけ、姿勢を正してこちらに向き直った。
「その質問に正確に答えるためには、ちょっと言葉の意味をきちんと擦り合わせておかないとだね。そうだな、何をもって人間とすべきか……たとえば人権があることを人間の定義とした場合、天皇さまは人間じゃないことになる。ならば生物学的特徴を条件とすべきか。そうだな、たとえば人間の肉体を完全に模倣して現世に降臨した神が存在したと仮定しよう。彼は人間か? ……まあ、これも議論の余地はあるんだろうけど」
部長はまるで、何かをはぐらかそうとしているかのように長々と話している。
「……まあ、うん。そうだね、何と言ったものか……。……いやまあ、従うルールによっては人間だと言い張っても良いんだけど…………あぁー……うん。私は人間じゃあないよ」
噂は本当だったようだ。