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エドヴァルド・ムンクにささぐ

 ムンキーな気分だったので会社を休んだ。嫌味を言われたが平気だ。なぜなら上司は社会制度、社会的慣習に従順な権威に弱い自分の頭でものを考えられない他者の心を想像することができないモンキーだから。
 わたしはモンキーではない。人間には好きに休みを取る権利がある。このところ、疲労により、脳の一部しかはたらかなくなっていたのだ。脳の一部しかはたらかないとどうなるか、視野狭窄になる。
 人間は脳の機能低下により神経が過敏になったり、感受性が鋭くなったりする。情動脳の抑制がゆるくなるため、情動脳にたくわえられた記憶にアクセスしやすくなる。遠いむかしのことをくよくよしたり。いつまでも嫌味を言われたことを気に病んだり。
 すべての精神疾患は脳の一部だけが活性化することによって生じる。脳全体が活性化しなければ精神疾患は治らない。仕事とは常に距離をとっていたい。でないと本格的に頭がおかしくなってしまう。そろそろスーパーが開く時間。ビールと、韓国海苔と、チーズとキムチを買おう。今日は一日、動画を見るのだ。
 スーパー行ってついでに日用品買って帰ってタブレット、テーブルに立ててとりあえず旅番組チョイスしてソファーに座って韓国海苔でカマンベールチーズ巻いて食べてたら悪魔が現れた。わたしの母の姿で。
「お母さんだよ〜」
「さっさと消えてください。わたしは動画を見るのです」
「そんなだから彼氏ができないのよ。同僚の男の子とLINEの交換とかしてるのかしら。してるわよね。ほらあなたにしつこく言い寄ってきてるあの人、何ていう人だったかしら。とりあえずチャットでもしてみたら?」
「……わたしは暇つぶしに好きでもない男の人とチャットするような志の低い人間ではないので。ではさよなうなら」
「あなた会社休みすぎなんじゃないの〜」
「わたしは奴隷ではありません。日本人は先進国の住民であるにもかかわらず、主体性がないのです。わたしはわたし。わたしのことはわたしが決めます。そもそもあなたはわたしにアドバイスできるような就労経験などないでしょう」 
 つい本当の母には言えないことを言ってしまう。  
 わたしの母は幸せである。なぜなら向上心がないからである。向上心がないのは足りないからである。
 向上心があるから人は病む。母は病まない。

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This is the way.[Ahnest]14

「そう言えば、」
まるで他人行儀を通したような二人はいっこうに会話を交わさず、気づけばテ・エストの中腹に差し掛かっていた。いつしか黄昏も近づき、気温が下がりだした頃。出し抜けに、アーネストが切り出す。
「僕、シェキナのこと全然知らないんだけど」
「ん、そうなの?私はよく知っているわよ、アーネスト・アレフさん」
「イナイグム・アレフ」
「あら、ミドルネームじゃなかったのね」
「アレフは民族名だよ。てか、そんなことはどうだっていいんだ。一緒に旅する仲だ、もう少し君のことを知りたいんだけど」
「あら、大胆なのね」
「そういう意味じゃない」
辺りは次第に暗くなり、月明かりが目立ち始めた。登山道に積もる雪が白く光る。
「先にこの辺りで夜営できる場所を探さない?暗くなってくると夜行性の獣が活発になるわ」
「そうだな、今日中に頂上まで辿り着くのは厳しいかもしれないな。ほら、あそこに岩屋みたいなところがある。行ってみよう」
二人は確かな足取りで、道を外れて小さな洞窟に向かった。人が二人入る分には十分な大きさだ。
「ここならいいだろう、十分。どう、シェキナ」
「そうね、こんなところがあるなんて知らなかった。...にしても寒いわね」
「そうだな。まず火を熾さなくっちゃ」

アイネ・マウアの夜は暗い。町の灯りが全く届かない高さまで来ると、月のない日はそれこそ目と鼻の先でさえ全く見えなくなる。幸運なことに今日は満月だが、暗いことに変わりはない。そんな闇に、パチパチと焚き火のはぜる音が響く。
アーネストは、燠になった部分を掻き出して、エナのミートパイを温め始めた。

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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩⅥ

結局、喫茶店にはひとりで行き、帰りに見かけたのだという説明をする。
「断られた理由がその女の子だと思ったら、少し落ち込んでしまって。私たちの方が、距離が近いと思っていたから。」
肩をすくめると、歌名は深い深いため息をつく。
「瑛瑠は可愛いなあ……ほんと、これでその彼女がお付き合いしてる相手とかだったら許せないな。」
あれだけOTかましておいて,なんてぶつぶつと話す。
お付き合いしている子でなければ、それはそれで複雑だと思うのは私だけだろうかと瑛瑠は苦笑する。
でもね,と神妙な顔をする歌名。
「そういうことする人じゃないと思うんだけどな。」
そういうこと、とは。
「英人くんイケメンだから、女の子に誘われることはあるかもしれないけど、正直私との約束を優先してもらえる自信あるもん。」
瑛瑠も、たぶんその自信があったのだ。だからこそ、一方通行を自覚しての落ち込み。
瑛瑠は、ふぅと息をつく。
「全部知らなくてもいいんです。
でも、ね?妬いちゃうでしょう?」
笑いかけると、素直な歌名は不満げにも頷く。
「さぁさぁ、プレゼントくれるんでしょ。行きましょう。」
歌名の手を引くも、行く手を阻まれる。
目の前に立ちはだかる御仁を、瑛瑠は軽く睨む。
「……どいてください。」
「なぜ今朝から僕を避けてる?」