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ずどどど、かしゅり、ととんたん #6


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 あれ、この女の子、どこかで見たことある顔だな。誰だっけ。しばらく考え倦ねて、やっとひとつの結論に辿りついた。
 あー! 水色のランドセル! ウエハースの子だ!
 存在を忘れるくらい万引きの様子を目撃してから時が経っている。京本さんと知り合った日だから、半年くらい前だろうか。
 あの日と同じように、彼女はキョロキョロおどおどしていた。嫌な予感がしたので、またそっと後を追いかけた。
 しかし、前回とは異なり目的地もないようで、店内をしばらくぐるぐると歩き回った。かれこれ五分は彷徨いていたと思うが、彼女は何もすることなく出口へと歩を進めた。
 疑ってごめんね、と心の中で謝罪する。けれど、本当に何をしに来たのだろうか。
 自動ドアが開き、彼女の背中は外の世界へ消えた、と言いたいところだが、そこに入れ違いで京本さんがやって来たことで状況は一変する。少女は、あ! と大きな声を上げた。そして、ぎこちなく声を発した。
「あっ、あのっ、あのときの方ですかっ?」
 京本さんは、んー、と一度唸ってから、
「あ、ウエハースちゃん?」
「はっ、はい。そそそそのとおりですっ」
 ウエハースちゃん、とはなかなか雑なネーミングだと思うが、的確といえば的確な気もする。

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ずどどど、かしゅり、ととんたん #3

 ぱしっ。

 場違いに軽快な音がしたがしたので顔を上げた。
 さっきまで私と少女しかいなかったはずのお菓子売り場に、女性がいた。先ほどの音は、その女性が少女からウエハースを取り上げた音だったようだ。そして手持ち無沙汰となった少女の右手をぎゅっと握りしめて、レジがある方向へ歩き出した。
 良かった、親御さんいらっしゃったのか、と安堵しかけたが、少女の顔は青ざめ、小刻みに肩が震えていた。この様子からすると、知り合いにはとても見えない。
 万引き少女の末路が気にならないわけがなく、私は当然のように後をついていった。
 女性は少女の手を握ったままレジに並んだ。少女と繋いである左手は解かずに、片手だけで鞄から器用にクレジットカードを取り出した。頑なに手を解かないのが、逃さないぞ、という強い意志の表れのように感じた。
「クレジット一括で」
 少し離れた場所にいる私にもはっきり聞こえるくらいの声量で女性が言った。よく通る声で、何だか聞いていて心地よかった。
 レジを終えて、袋詰めの台の前で女性は優しく微笑みながら、購入したウエハースを少女に手渡した。予想外の対応に私は驚いたが、少女はもっと驚いたことだろう。もともとまんまるな目をさらに丸くしている。
「ほら、早く帰りなさい。お家の人が心配するわよ」
 女性の言葉にはっとして、少女はほとんど転げそうな勢いで店を後にした。
 これで一件落着、と思ったのも束の間。少女を見送った女性が突然くるりと振り返り、明らかに私を見てニヤリと笑みを浮かべた。

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ずどどど、かしゅり、ととんたん #2


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 キョロキョロと不自然に辺りを見回す少女のことが妙に気になって、そっと後を追いかけた。
 水色のランドセルを背負っているので、学校帰りだろうか。
 こぢんまりとした店内を、少女の歩調に合わせ早足で歩く。お菓子売り場に差しかかったところで彼女のペースが落ちた。ここが、目的地らしい。
 少女は、おどおどしていた。そして、キョロキョロしていた。
 しばらくその場に立ちすくんでいたが、よし、と言う声が聞こえてきそうなくらい勢いよく首を上下に動かして、右手を伸ばした。手に取ったのはキャラクターが描かれたプラスチック製のカードが入ったウエハースだった。園児から小学校低学年くらいの女の子に絶大な人気を誇る美少女戦隊アニメのキャラクターだ。私も幼い頃は随分と熱中していた記憶がある。
 少女は、見た感じ小学校四、五年くらいに見える。このカード入りウエハースを買うのが恥ずかしいと感じているのかもしれない。だから挙動不審だったのか、と納得しかけたそのときだった_____
___少女は、右手に握られたそれをスカートのポケットにするりと仕舞おうとした。
 目を疑った。目の前で見知らぬ少女が盗みを働いた。そうしてすぐに後悔の念に苛まれた。どうして後を追いかけたりしたのだろう。見たくなかった、知りたくなかった。
『そんなことしちゃ駄目だよ』喉元まで出かかった言葉。ほらね、やっぱり言えない。俯いて立ちすくむことしかできなかった。

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