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さあ、ゆっくり下手な話をしよう 言葉のいらない話をしよう

校長、教頭、こんばんは。
何年ぶりに掲示板に来るかな。気づけば30代の大人になってしまったなぁ。すごく懐かしい気持ちになってます。
私がSOLを聞いていた学生の頃、BUMP先生がorbital periodというアルバムをこのラジオで届けてくれました。当時の私は、行きたくない学校に行くことになり、仲の良かった友人とは疎遠になり、新しい学校の同級生とも上手くいかず、その上家族とも全然分かり合えなくて……何もかもが嫌になって自分の部屋から出られなくなっていました。そんな夜にBUMPLOCKSや小遣いで購入したアルバムを聞いて、泣いていました。
ある夜、疎遠になっていた友達から一通のメールが。
「大丈夫?色々きいて心配してるよー。また連絡して。
あ、BUMPのアルバム買った?『飴玉の唄』きいた?あれ、私の気持ちだから。」
そのメールを見た後、改めてこの曲を聞いて、優しいメロディや藤くんの声、優しい歌詞(言葉)を通して友達の暖かい気持ちを感じて、その夜は声を出して泣きました。泣き疲れて寝てしまうほど、何度も何度も飴玉の唄をリピートしていました。
この曲が心にあったナニカを溶かしてくれたのか、少しずつ友達や家族とも上手く話せるようになって、しばらくしたら楽しい学生生活を送れるようになっていました。
それ以来、この曲は私の御守りです。
心が疲れた時に繰り返し聞いています。

長くなりましたが、30周年おめでとうございます。いつも素敵な曲、言葉をありがとうございます。ずっと応援しております。

また、このラジオを聞いて、ラジオ曲でお仕事をしていました。
色んな都合があって離れてしまいましたが、本当に楽しい仕事、楽しい日々でした。ラジオが楽しい、面白いと気づかせてくれてありがとうございました!

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17年後の、現在のわたし。

17年前の2008年5月7日かりゆし58先生、初来校時、生放送教室で生でウクイウタを送ってもらった17歳の私。テーマは「頑張ってる人たちの◯◯宣言」。
親の顔を知らない17年の施設生活、境遇を理由に学校でのいじめ、絶望感しかなかった当時、それでも夢があったから頑張れた。
そのことを話して夢を宣言した「バレーボールの道を極める」。
それからも何度か逆電に出させてもらって、海外でバレーをプレーする夢も応援してもらったり、夢が変化していく過程も、変化した夢の話も全て聞いてくれた場所がスクールオブロック。
やましげ校長、やしろ教頭、とーやま校長、よしだ教頭、あしざわ教頭、みんなに支えてもらった10代〜20代。

そんな私は今、自分もお世話になった養護施設職員の責任者をしながら、自分の手で子どもたちやその親を支援できる場所を立ち上げるべく働いています。
1箇所だけじゃ足らないからこそ、全国にネットワーク、繋がりを作るように働いています。

「簡単じゃないからこそ、やる!やりたい!」って気持ち。
この気持ちは17年前、当時、17歳だった私と変わらない。
寄り添うって簡単じゃない。
寄り添い方に正解なんてない。
だから、私なりの寄り添い方を形にしたい。
いや、形にします!


子どもより子どもな大人の私ですが、こうやってスクールオブロックに、ただいまって帰ってこられるのは嬉しい。
今、10代のみんなにこんな生徒も居たんだな、こんな大人もいるんだなって伝わったらいいな。