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ハルク帝国建国神話 1

昔むかし、六百年以上昔。
帝国が、まだ名もない小国だった時のこと。
当時の皇帝は、何故帝国が弱いのか、と、ある占星術師に尋ねた。
占星術師は、「どうも、帝国より東の、ワルプルギス島がいけない」と言った。
「その島の邪気に当てられているからだ」と。
皇帝はすぐさま調査を命じた。
調査を命じられたのは、帝国最強と名高いサヌオス将軍と、将軍の部下である5人の騎士だった。
将軍一向は調査に出向き、帝国へ文を送り続けた。
その内容は酷いもので、
「島には邪悪な龍、ホムラが居り、島民たちはその邪龍を神として崇め奉っている。また、恐ろしい魔法を操る」と記されていた。
皇帝はすぐさま将軍一向を呼び戻し、島への出兵を命じた。
海に一千の軍艦を浮かべ、五十万以上の兵が島へ向かった。
その後、島へ着くや否や島民たちが襲いかかってきた。
島の内部に進むにつれ、老人や女子供までが襲ってきたという。
魔法が飛び交い、瞬く間に島は炎に包まれた。
将軍一向が何とか島の中心に辿り着くと、そこには神殿があった。
神殿の祭壇には宝珠があり、一人の少女がいた。
その少女の名はリム。
少女は龍を呼び出し、百の厄災と千の魔物で襲いかかってきた。
将軍たちは必死に戦ったが、どんどん限界が近づいてくる。
もう駄目か、と将軍たちが目を伏せたとき。
天からまばゆい光が降り注ぎ、獅子王ハルク・ド・リゼルが現れた。
獅子王ハルクは、聖なる光を放ち、百の厄災を打ち破り、将軍たちの傷を癒した。
傷の癒えた将軍たちは、千の魔物を破り、遂に邪龍と少女に迫った。
すると少女が宝珠に呪詛を呟いた。
それに応えるように邪龍が一声鳴くと、たちまち、島が沈み始めた。
将軍たちは仲間を連れて、慌てて船へ乗り込んだ。
一千あった軍艦は、たったの五つになっていた。
最後の一人が乗り込み、船が出航した瞬間に、島は海底へと姿を消した。

ーーーこの事件は、後に「ワルプルギスの悪夢」と呼ばれることになる。ーーー

その後、帝国は不思議と栄えてゆき、獅子王の加護、将軍を筆頭とした騎士、兵士たちへの感謝を込めて、国の名を「ハルク帝国」とした。

かくして、「旧ハルク帝国」は誕生した。

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五行怪異世巡『肝試し』 その⑤

「……上って来た石段、結構高かったような……?」
青葉の呟きに、千ユリが視線を向ける。
「まあそれなりに? それが何?」
「あの勢いでうっかり転げ落ちたら、怪我じゃ済まないんじゃ……」
「ア・タ・シ・が・知ったことかよォぉぉ……」
「気にしてよ……一応基本方針は『人間を守る』ことなんだから」
言い合う2人の肩を、犬神が1度叩く。
「二人とも、出てくるみたいだよ」
犬神の言葉に、2人は素早く本殿の方を見た。半分ほど木材の腐ったその建物の前に、夜闇の中で尚浮き上がる漆黒の靄の塊が蠢いている。
「……多分、ここじゃぁ『神様』として扱われてたンだろーなァ…………けど、所詮正体は『悪霊』だ。アタシの戦力として、コキ使ってやるよ」
咥えていたロリ・ポップを噛み砕き、2本目を取り出しながら、千ユリが1歩前に出る。左の手を開き、靄から少しずつ姿を現わそうとしているその『悪霊』に向ける。
「“アタシの愛しいエイト・フィート”!」
異常に長身の女性霊が出現し、靄から現れた霊に組み付こうとする。その悪霊は”エイト・フィート”の両手を自身の両手で受け止めた。
「ッ……⁉ 退け!」
千ユリの合図に応じて、”エイト・フィート”は彼女の目の前にまで後退った。
「千ユリ? 何があった?」
青葉の問いには答えず、千ユリはその悪霊を睨みながら”エイト・フィート”を消滅させた。

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五行怪異世巡『肝試し』 その②

集団の最後尾を歩いていた青葉は、背後から肩を叩かれ、立ち止まって持っていた杖を強く握りしめながら振り返った。
「…………あれ」
「や。青葉ちゃん、だっけ?」
「どうも、こんばんはです、犬神さん」
彼女の背後には、犬神が笑顔で立っていた。
「花火大会に来たら偶然見かけちゃったもんだから、ついて来ちゃった」
「そうですか」
「どしたの?」
「……クラスの馬鹿な連中が肝試しするって話してたんで。ここがガチのスポットってことは知ってたので、〈五行会〉として護衛につこうと同行している次第です。……あ」
青葉は不意に思い出したように声を上げ、同じくほぼ最後尾を歩いていた少女を呼んだ。
「犬神さん、ちょうど良い機会なので紹介します。彼女は最近〈五行会〉に入った……」
「特別幹部《陰相》。“霊障遣”の榛名千ユリ。あんたは?」
自ら名乗った千ユリに、犬神は握手を求めるように右手を差し出しながら答えた。
「や、私は《土行》の犬神だよ。キノコちゃんが言ってたのはあなただったんだね」
「キノコ?」
「あれ、会ってないの?」
「……千ユリ。多分種枚さんのことだと思う」
青葉に言われ、千ユリはしばし考え込んでから手を打った。
「あぁ、アイツか」
「ところで2人とも、ここで話してて良いの? 他の子たち、かなり上まで行っちゃったけど」
「あっしまった」
すぐに振り返り、急ぎ足で上り出す青葉を、千ユリと犬神は焦ることも無く悠々と追った。

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五行怪異世巡『肝試し』 その①

8月某日。世間の子供たちが夏休みの只中にあるとある日の夕方ごろ。
数人の中学生の男女が連れ立って、河原への道を歩いていた。
その河原は、この日19時から始まる花火大会を眺めるには絶好のスポットであり、夜店なども多く出店し、ある種の祭りのような様相を呈していた。
しかし、彼らの主目的はそこには無い。出店の隙間を埋める人ごみの中を彼らは迷い無く通り抜け、上流の方向へ、ひと気の少ない方へ只管歩き続ける。
土手を上がり、まばらな街灯の下を進み、深い木々の中に埋もれた石段の前に辿り着き、そこで一度立ち止まる。
先頭に立っていた少年が腕時計を確認し、残りの面々に向き直る。
「現在午後6時40分、花火大会が終わるまでは1時間以上余裕である…………それじゃ、行くぞ! 肝試し!」
少年の言葉に歓声を上げ、子供たちは石段を上り始めた。

“廃神社”と呼ばれるその心霊スポットは、その呼称の通り数十年前に放棄された廃神社である。
周辺をオフィス街や住宅地、幹線道路などに囲まれている中、不自然に小高く盛り上がった丘の上に建っており、丘陵全体は雑多な木や雑草に覆われ、辛うじて名残を見せる石段と境内も、処々に荒廃や劣化が現れ、不気味な雰囲気を演出している。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑬

(カオル)
武者霊と打ち合いながら、青葉は自身に宿る霊体に心中で呼びかける。
(どうしたの、ワタシの可愛い青葉?)
(ちょっと作戦を思いついたんだけど。防御は捨ててあの子に直接突っ込む。霊障はカオルが吸ってくれるんでしょ?)
(ふーむ……あまりおすすめは……あ)
(何?)
(……いや、ワタシの可愛い青葉が傷つくのは……)
(五体が残るなら多少の怪我は気にしないから。勝てる方法、教えて)
(それじゃあ…………)
カオルの言葉に従い、仕込み杖〈煌炎〉の持ち手近くを握る。軽く捻るようにしながら力を込め、内部に仕込まれていた刀身を一気に引き抜いた。
「……おいクソ雑魚。何なの、それ?」
少女が強く睨みながら、青葉に問う。
40㎝にも満たない短い刀身は、夜闇の中であっても奇妙な金属質の輝きを見せ、霊感に干渉する不気味な雰囲気を纏っていた。
「その気持ち悪い刀で……何するつもりだ!」
「……お前に勝つ」
短く言い放ち、青葉は駆け出した。2体の悪霊が少女との間に立ち塞がるが、青葉が回転しながらその隙間をすり抜けると、無数の刀傷を受けその場に崩れ落ちた。
「なっ……! “アタシの……」
唖然とする少女に詰め寄りながら仕込み杖を納刀し、振り下ろすように打撃を放つ。仰け反るように回避した少女の下顎に、更に打ち上げるように放った二打目が掠める。その攻撃による振動は少女の脳を揺さぶり、意識を奪うに至らしめた。
その場に膝をつき倒れる少女を前に、青葉が構えていた杖を下ろしたその時だった。
「っ……が、っは…………! ぁ、がぁぁあああああ!」
地面に両手をつき、少女が呻き声を上げる。
「なん……で、だ…………! お前みたいな、無能の雑魚、が……!」
「……まだ意識あったんだ」
少女は朦朧とする意識を気力で繋ぎ止め、己を見下ろす青葉を睨み返した。
「ッぅぁぁぁぁ……! 逆、じゃんかよ……ええ⁉ アタシの……身体も! 名前も! 異能も! 霊障も! アタシを作る全部! 『血』から受け継いできたんだ! アタシは……、何百年の『血』の歴史の……終着点だ! 跪くべきは…………っ、そっちだろうが!」

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑫

武者霊の振り下ろした刀を大きく沈み込むように回避しながら前進し、更に伸びてくる女性霊の腕を跳躍して躱し、少女との距離を詰めて青葉は杖を相手の顔面に向けて突き出す。女性霊が少女の首の後ろを掴んで後方へ引くことで、少女はそれを回避し、反撃に伸びてきた無数の腕は、平坂の鳴らした鈴に消し飛ばされる。
一連の攻防を終え、2人の間に一瞬の静寂が流れる。
(……あのお兄ィさんの鈴、鬱陶しかったけど大分性質が分かってきた。あいつからの『距離』と悪霊の『格』で威力が変化するっぽいな。まあ“草分”はたしかに数だけ揃ったやつだけどさァ……っと)
青葉が振り下ろした杖の打撃を、女性霊の左腕で受け止める。青葉の小さく貧弱な身体から放たれたにもかかわらず、その威力は女性霊の腕を折るのには十分だった。
「クソ……鬱陶しい!」
ウエストポーチから取り出した個包装のキャンディ数粒をまとめて口に放り込み、少女が右手を頬に当て、小指でこめかみを叩く。それによるものか、青紫色の炎が少女の右眼から燃え上がった。
「……ん?」
「無能のくせに生意気なンだよ……! アタシの全力ブチ込んで、テメエは絶対殺す!」
後退すると同時に女性霊を前進させ、武者霊と同時に青葉に差し向ける。青葉はそれを後退りしながら回避するが、それを読んだように、斬撃から刺突に攻撃を切り替える。
「っ……!」
身を捩りながらその刃を辛うじて回避したところに、女性霊の拳が突き刺さる。
(…………動きが変わった? さっきより受けにくい……というより)
杖で拳を防いだものの地面に組み伏せられた青葉に、武者霊の斬撃が迫る。転がるようにしてそれを躱した青葉の首が一瞬前まであった場所を、刃が通り抜けた。
(……カオル)
(うん、ワタシの可愛い青葉。〈煌炎〉で当たって力の減衰しない悪霊なんて在り得ないのに……奴らの格からして、あそこまで押されるわけ無いのに)
再び距離を取り、青葉は平坂のいる場所まで下がった。
「おい、押されているようだが……手を貸すか?」
「いえ、そこまででは。突破口探すので、引き続きあの腕たちの牽制だけしていただければ」
「ふむ……だいぶ疲れてきているようだが」
「大丈夫……です、はい」
自分に言い聞かせるように言い、青葉は再び悪霊たちに向かって行った。

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