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HAPPY END

「ねぇ知ってる?
 この木の下で成立したカップルは、
 将来結婚できるんだってさー」
そう言って彼女はアイスをかじり、「つめたっ」と目を細めた。
『何を馬鹿馬鹿しいことを…』
と言いながら僕もアイスをほおばった。冷たい。
「え、でも悠、好きな子いるんでしょ?」
ふふん、知ってるぞ、とでも言わんばかりに片手で髪をかき上げる。さらりとした黒髪から甘い香りがして、つい目を逸らしてしまった。
『いや、興味ないって』
声が震えた。気付かれないといいな、と願うばかりだった。そして幸運なことに、彼女は僕の震えた声に気付いていないようで、「いやあ今日は暑いねー」と呑気に呟いている。
『梨花は信じてるわけ?
 てかその話、なんで僕に』
「まぁまぁいいじゃんかー」
アイス食べ終わっちゃった…と悲しそうに棒を眺める。『僕のあげようか』と言う言葉が喉まで出かかって、理性で抑え、なんとか平静を装う。
「応援してるんよ?これでも」
『何を?』
「いやだから、悠の恋だよー
 ずっと無愛想でそーゆーの興味ないとか
 言ってたのにさー」
『あぁ…』
「応援してるから、教えたの」
『そうか…ありがとう』
「言うこと聞いたげるから何でも言いなよー
 もちろん今だけだけどね笑」
彼女が帰り支度を始める。肌がジリジリと焼けてくる。心の中で葛藤する。どうしよう、と思う。
『さっき言ってた結婚できるってやつ、本当なん』
「えーどしたの?そー言われてるってだけやけど
 みんながそうなったら素敵だよね」
彼女はうっとりした目で遠くを見つめる。
「少なくとも私は、それを実現したいんだ
 これ内緒にしといてね」
そういってふふふ、と笑った。
『どういうこと…?』
「私昨日ね、好きな人にここで告白されたの」
頭を鈍器で殴られたかのような、ずしんとした痛みに襲われた。もちろん心理的な痛みなのだが。
「だから結婚できたらいいなぁ、なんてね」
高校生が何言ってんのって話だけどさー、と彼女ははにかむが、僕には表情筋を動かす余裕さえなかった。



幸せが、終わった。

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背後に気配を感じた時

それは、ある過ごしやすい秋の日のことでした。
少し長引いたアルバイトから帰ってきた私は、余りの疲労に風呂と歯磨きだけ済ませてもう眠ってしまおうと、風呂場に向かいました。
シャワーだけの簡単な入浴時間を終えた後、眠気で重い瞼を無理に開けることもせず、ぼんやりと洗面台に向かって歯を磨いていると、ふと、背後に気配を感じたのです。私は大学進学を機に独り暮らしを始めておりましたので、気配を発する他人などいるはずもありません。ゴキブリか何かかしら、だったら嫌だなあ、などと思いながら目を開き、鏡越しに背後を確認しましたが、そこには私の他に生物など映っておらず、直に振り返ってみても、何もいません。
嫌な予感で背中に冷や汗を感じながらも、目を閉じて歯磨きをさっさと済ませ、口を漱いだその時です。
先ほどより一層強い、あの気配。
(……マズい。それが『何か』は分からない……ただ、『何か』が『いる』ぞッ!)
咄嗟に歯ブラシとコップを放り出し、普段からのものぐさのお陰で開けっ放しにしておいたはずの洗面所の扉へ、目を閉じたまま飛び退りました。目を閉じていようと既に1年半は身を置いているアパートの自室。距離感を間違えるはずもありませんでした。そうであるにも拘らず。
(がッ……⁉)
予期しない位置で背中に走った衝撃。扉は何故か閉まっていました。おかしい。この自分が、まさか扉を閉めていたというのか?
混乱しながらも後ろ手に引き戸のそれを開き、転がるように居間まで逃げ出し、漸く目を開きました。しかし、場所が変われば件の気配が目につかないのも当然というもの。
(どうする……? 『奴』は、確かに『今』ッ、あの場所に、確実に『いる』ッ! 『非科学的』とか『非現実的』とか、そんな理屈は通用しない、常識の外に位置する『何か』が、確実にだ! 外に逃げるべきだろうか。いや、今は既に夜も遅く、言うなれば『奴らの時間』。我が家という『縄張り』から一歩でも外に出てみろ。そこからは『奴らの領域』! 現状、最も『奴』に近く、最も安全な場所——この家の中でッ! 決着をつける外無いッ!)