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無題

一寸其処の貴方、妾の欲しい彼の言葉
いくらで売ってくれるかね?
妾のあげたいあの娘の心臓
彼はいくらで買うのかね?

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「向こう」にも卵はあるのかどうか、それだけが目下の不安である

君と僕以外の全員が居なくなってしまえばいいのにな。「今日の晩ごはんは何だろう」というような調子で、彼は呟いた。貴方と私のふたりだけが居なくなる方がずっと簡単じゃないの。「今日の晩ごはんはオムライスよ」というような調子で、私も呟いた。

プレゼントをしまった箱へリボンをかけるように、彼は両のてのひらで私の首を包み、緩やかに力を込めていく。私は抵抗しなかった。彼に表情はなかった。ああ、このまま彼と私のふたりだけの世界へ行くことができたら、一緒にオムライスを食べようか。

いつもは恥ずかしくて出来っこなかったけれど、特別にケチャップでハートマークを描いてあげてもいい。意識を遠退かせながら笑った私を見つめる、彼のポカンとした様子がおかしくて、思わず涙が頬を伝った。まるで悲しくて泣いているようだった。

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続々・シューアイス

西内は夕方、スパイクで荒らされたグラウンドにトンボをかけていた。部員達が散り散りになって、赤茶けた地面をならしている。ハルヒコとシューアイスを食べたのもこんな日だった、と西内は自分が幼かった頃を思い出す。あの日は、夏休みの丁度真ん中の、真夏日だった。多摩川をずっと行けば海に出ると信じて、西内とハルヒコは朝早く、親の目を盗んで出掛けていった。まだ朝日がのぼらないうちから自転車をこいで、クタクタになるまで行ったけれど、一向に海は見えてこなかった。家から持ってきたお握りやチョコレートを食べ尽くして、いよいよもう少しも進めなくなったとき、西内は、ハルヒコの真っ直ぐな横顔を見た。丁度、今日のような西日に、真っ赤に照らされ汗ばんだ、真っ直ぐな横顔を見た。「僕ら、かっこわるいな。」ハルヒコは吐き捨てるように言った。「また、いつか海を見に行こうよ。今日はもう帰ろう。」西内は呟くように、諭すように言った。ハルヒコは小さく頷いて、来た道に向き直り、ヨロヨロと自転車をこいだ。途中、何度も休憩を取り、その度にハルヒコは悔しそうに歯噛みして、かぶりを振っていた。夜になり、街の灯りが点々とつき始めた頃、僕らはようやく開始地点に戻ってきた。ハルヒコの家の前までいくと、彼の母が神妙な面持ちで待ち構えていた。散々に怒られ、僕の家にも連絡を入れられた後、ハルヒコのお母さんは僕らに二つずつシューアイスをくれた。一度に二つのシューアイスを食べるのは御法度だと知っていたけれど、お食べ、と言われて、僕らは貪るようにしてそれを食べた。今思えば、あのときからハルヒコと本当の意味で友達になったのだ、と西内は改めて思う。あの時の、カラカラの喉に染み渡るようなシューアイスの味が、遠い記憶となって甦ってくる。

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弔い

水槽のなかの
水草の影から
見たことのない
サカナとも魚とも肴とも言えない
奇妙な生き物か、はたまた幻想か
兎に角私は疲れている。

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大人論(加筆訂正版)後編

「君の書いてる大人論、読んでるよ」
 エスプレッソを半分くらい飲んでから町田さんが言った。
「ありがとうございます」
 わたしはグラスを拭きながらこたえた。
「あれを読んでちょっと思い出したんだ。わたしが広告代理店で働いてたころの後輩で、ディズニーランドが好きな奴がいてね」
「はい」
「あの話の主人公とは真逆だなって思ったんだ。ディズニーランド好きにありがちなんだけど、想像力ゼロだった」
「ああはい。脳内リゾートって言葉がありますけど、想像力があり余っているような人には必要ないですよね。アミューズメントパークは」
「そいつは結婚は早かった。つまりな、結婚しない奴ってのは想像力に現実が追いつかない。結婚の早いような奴は現実に対して想像力が及ばない。だからわかりやすい娯楽やライフスタイルに流される」
「なるほどー。さすがです」
「ま、何事も程度ものだ」
「バランスですよね」
「じゃあまた」
「いってらっしゃいませ」
 
 訂正しなくてはならない。豊かな想像力が選択の邪魔をしてしまう。想像力の豊かな者にとって選ぶということは妥協するということだが、想像力の貧困な者にとっては選ぶことは妥協ではない。
 大人になると想像力を失うとむかしから言われている。想像力の貧困な者は大人なのだ。想像力の貧困な者ほど結婚式や誕生日パーティーの演出にこだわる。想像力の貧困さを埋め合わせるためだ。もちろん妥協の埋め合わせでもあるのだが。
 身分社会であらかじめ職業が決められ、恋愛結婚などなかった時代。つまり選べない時代には妥協もない。妥協ができるということは人生を選べるということだ。
 メディアの発達によって人生のイメージ化が進んでしまったのが現代社会である。イメージとリアルのはざまで引き裂かれないよう、妥協したり、しなかったり、うまく使い分けて生きなくては。


引用文献
フランソワ・サイトウ(1954)『四十男の結婚』
天の川書店

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大人論(加筆訂正版)中編

 少し考えをまとめよう。

・妥協することは大人になること。
・妥協できる人間は大人。
・社会制度への帰属は妥協の産物。

 ということはつまり。

・妥協という決断をしなければいつまでも子どもでいられる。
・妥協とは社会制度に帰属すること。

 したがって。

・大人になるということは社会制度に帰属すること。
・妥協という決断をしなければ現状を変えなくとも(一見社会制度に帰属しているように見えても)、いつまでも子どもでいられる。
・言動が子どもっぽかろうが何だろうが妥協できれば大人であり、逆に落ち着いていても妥協しなければ子ども。

 となる。
 
 『四十男の結婚』に戻ろう。
 外界と断絶して、脳内に王国を作り、イメージの国の住人になってしまった四十男だったが、同じアパートの階下の住人である女性に強引に外界に連れ戻される。女性は四十男の理想とかけ離れたタイプだったが、四十男の考えていることを映画会社に売り込み、契約が成立したことをきっかけに、四十男が交際を申し込み、たちまち男女の仲となる。映画はヒットし、大金を得た二人は結婚する。結婚後、四十男はレストランの若い女性従業員に高価なプレゼントをしたり、商売女とデートしたりと軽い浮気をするものの、すぐに幻滅することとなり、妻との絆が深まってゆく。
 人は妥協することで(折り合いをつけると言いかえてもよい)、幸福を手に入れ、いつまでも妥協しないことで不幸になるのだろう。もっとも妥協しないことによって快楽を味わうことはできる。

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大人論(加筆訂正版)前編

 四十過ぎても結婚しない男がいた。結婚してもいいなとは思っていた。よさげなのがいれば。そのよさげなのが問題だった。しとやかだが、堂々とした美人で、服の趣味がよく、男性経験はない。自分だけを愛してくれて、若くて、働き者で、立ち居振る舞いが美しく、箸づかいがきれいな女性。
 こんなお花畑な理想に対し男は、不細工で貧乏。怠け者で酒好き。多趣味だが仕事にできるほど達者ではない。結婚したかったら適当なので妥協するしかないレベルだった。だが男は妥協しない。男にとって妥協は大人になることを意味していたからだ。男はいつまでも子どもでいたかった。
 1954年の刊行物、『四十男の結婚』からの抜粋である。わたしはこの文章を読んだとき、月並みな表現だが、はっとさせられた。理想に合致する異性と出会えることはないにしても、本気の恋愛をし、結婚するぐらいな妄想は十代ぐらい(二十代もか?)だったら当たり前だろう。だがそんな幸運に恵まれる人間がこの世にどれくらいいるだろうか。わたしはきっぱりゼロだと言い切ってしまう。なぜならわたしは、常識的な四十代だから。
 プレイボーイというのがいる。ーー話に脈絡がないように感じられるだろうが着地点は考えてあるので我慢してお付き合い願いたい。ーーわたしは以前、男は女を選んでいるつもりでいるが、実は女に選ばれているだけだと何かで書いた。選ばれることに躊躇のない男。つまりそう。これは自分の立場をよく心得ている男。妥協のできる男である。プレイボーイは理想など追ってはいない。きわめて現実的な種類の人間。大人なのである。
 わざわざ言うまでもないが、こうした投稿サイトの投稿者には寿命がある。学業、現代的友だちづくり、現実的恋愛、就職等の社会制度に絡め取られ、妥協、迎合することを余儀なくされるからだ。プロのアーティストやクリエイターの道に進んだところで、それは趣味の死を意味するわけだから制度への帰属と同じことだ。逆説的だが、妥協とは、リアルを充実させるための代価なのだ。

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窒息憧歌

熱く涙が喉を塞いで
君には届かない手が首を絞めて
憧憬が心を昏く鬱いで
息ができなくなった頃
喉から手が出るほど
あなたのことがほしくなった

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セイギ

正義って何?

えっ…いきなり?!
……とりあえず辞書で引いてみなよ。
 
うん………
じゃなくて、君にとっての正義。

……僕にとっての…?

そう。

…う~ん………人を殺さないこととか?

他には?

………何て言ってほしいの?





……………………………………………別に。