望が、一瞬顔をしかめたように見えた。
瑛瑠のまばたきのあとは普通だったから、見間違いだったのだろう。
「さっき先生に捕まっちゃってさー、」
委員会の仕事だろう。
いつかのように瑛瑠は二人を眺めている。歌名の笑顔が眩しいと、今日もまた思う。
話に終止符がついたのか、望が振り返った。
「ごめんね、帰り送れなくなっちゃった。」
心配そうに、申し訳なさそうに言う望。
瑛瑠は、増してきた痛みに我慢して微笑む。
「ひとりで大丈夫ですよ。」
それでもまだ心配そうだ。自分が今どんな顔をしているのかわからなくなる。
「ごめん、歌名がいっぱい仕事もらってきちゃったみたいで、」
「今日の授業はここまで、各々復習してくるように。来週には、定期テストが…定期テストが…」
先生は言い終える前に扉から出てった。
クラスメイトは開き切ってない両目で何となく探りあってる。
僕は君のこと見つめたまんま。
「耳を塞いで斜に構えてりゃ格好くらいつくもんよ。」
ヒーローがそう言うから、そう言うから、僕は迷走中。
オシャンティーが過ぎまっせ旦那。見たとこかなりご自分に酩酊されてるようですが、千鳥足じゃ歩けないぜ。
天性のひねくれ者なんてのはいなくて。
みんな誰かの、みんな周りの、せいにしちゃってるだけでさ。
負の連鎖を砕けないオールオーバーザ・ワールド。
さぁさぁ、お坊ちゃん、お嬢さん。
辛い時逃げないでいつ逃げる?
語りかけられてつい目を逸らして、舌を出して睨みもしなかったなら、それはそれで各固有の手法ってことでOK?僕は理解しちゃっていい?
余裕の笑みで舌を出した。舌を出した。
「今日の授業はここまで」ってNo!No!先生、まだ大事なことが理解ってない。定期テスト?いややってる場合じゃない。
先生は昔の事や決まった事ならご享受くれるが、行く先は大体照らさないぜ。
アンチ・ノーマル・ピープル。
ふーん。いいんじゃん?カッコイイよ、独自の感性ってやつ?
孤高ってかなり良きじゃない?最高じゃん。
アンチ・マジョリティ・ピープル。
へーえ。いいんじゃん?イカしてるよ、言わば個性とかいうやつ?
滲み出て来てないだけで、ちゃんと奥にはあるんでしょ?だってみんなそうだから。
誰だって、防水加工の心で生きていく覚悟はあるんだ。
さぁさぁ、お兄さん、お姉さん。
Cryな夜逃げないでいつ逃げる?
悟られそうでつい目を逸らして、舌を出して睨みもしなかったなら、君は自分を知られることが怖いってことだけ、インプットしてOK?
余裕の雀々で舌を出した。舌を出した。
だなんて言ってる俺はマケグセのライマン。
昼食はチャールズがお弁当なるものを持たせてくれているが、生憎食欲もなかった。
最後の授業前、毎度のごとく望が振り返ってくる。
「瑛瑠さん、大丈夫?今日本当に具合悪そうだよ。」
こうして何度も心配してくれる望。保健室いこうか?の問いかけに、今日何回断っただろう。
「明日明後日休みですし、大丈夫です。」
正直、限界だった。しかし、5日目にして保健室に行けようか。風邪なんかに負けてはいられない。
「今日はさすがに図書室はなしですね……」
あれから連日通っていた。とりあえず、地図を頭に入れておこうと思ったのだ。本当はもっと調べたかったのだが、望がついてきていた。変に思われないようにということを優先して、捗らなかった。ただでさえ質問の意図を取り違える自分に、不自然に思われるなと言うチャールズ。図書室に行くなんて言ったら、体調が悪いことを理由に望は確実についてくるだろう。
「ぼく、家まで送っていくよ。」
おっと、図書室を飛び越えてきた。
確かにひとりよりは、何かあったときのために二人でいる方が心強いけれど、迷惑になってしまう。答えられずにいると、明るい声。
「いんちょー、今日残れない?」
歌名だ。
今思うと、鏑木先生は私がこうなることを見越していたのかしら。
そう思わずにいられない瑛瑠は、頭痛に頭を悩ませていた。授業が始まった日は、まだ大丈夫だった。
完全に体調不良と名付けられるほど痛みが顕在化してきたのは、今日の、その授業2日目。変わったことは特にない。家でも学校でも。授業自体も、言葉や内容は人間界と魔界も変わることはないようだった。チャールズ曰く、世界は魔法で覆われていますから。そう言ったチャールズの飄々とした態度を思い出す。
瑛瑠が知る限り、魔力は攻防のみだ。盾か矛にしかなり得ない。ここの図書室に来てわかったのだが、人間の考えている魔法とやらは、やけに夢物語だった。魔法でなんでも出来たら、この世に魔法使い以外いらないのでは,そう思うほどに。
実際そんなことはできない。しかしそれでもチャールズが魔法で覆われているといったのは、そういったことを私が知っているかという品定めの意でもあったのだろうと瑛瑠は思う。事実瑛瑠は見つけたし、本当は違うということにも気付いている。パラレルワールド的なものなのだろうと言い聞かせるに留まった。
親友を好きになったきみと
もう 一緒に 手を繋ぐことはできない
私から 離れたことは わかってる
親友からの 何気ない相談が
私をえぐりつぶす
気を付けるべき人物かどうかの探りを入れていたというのは事実。しかし、怒らせるつもりではなかった。
ここは、言い返してはだめ。本能がそう言っていた。
「ごめんなさい、そういうわけではなかったんです。ただ、先生が長谷川さんを探していたから。仕事に支障がでてはいけないと思って。」
我ながら良い返事。
望はふっと雰囲気を和らげた。
「ぼくは、頼まれ事の用事が済んで、図書室には通りかかっただけなんだ。」
確かに、自分が調べものだからといって、図書室に来る人がみな調べものだとは限らない。
「瑛瑠さんを見つけたから入ってきただけだよ。」
微笑む望に先程の冷たさはない。
ほぼ確信に近い疑いは残ったものの、それが何なのかわからない。
「帰ろう?」
とりあえず刺激をしてはいけない。はいと微笑み、横へ並ぶ。
ここまでに散りばめられていた手がかりに気付くのはもう少し後の話。
駅の改札 押し合う
汚れた地面 消えかけの煙草
焦る車の まぬけな クラクション
あの頃の 君は
笑っていた 君は 素敵で
笑い方を 覚えているかい?
心を捨てた 君は
とうに死んだ
とうに死んだ
君を 守りたい
自分を 忘れたくはない
この街では 僕ら
ちょっと 難しいみたいだ
あの頃の 君は
涙を知った 君は 素敵で
辛いときは どうしていたかい?
心を捨てた 君は
とうに死んだ
とうに死んだ
僕を 嫌うなら嫌って
忘れたいなら忘れて
殺したいなら いっそ もう
好きなだけ殺せ
僕の心は 死なない
流れる 星に 願う
あなた この世の誰 よりも 幸せな事を
もう僕ら あの輝く星の ように なれはしないんだね
だから 僕は願ってるよ この世の誰よりも
あなたが あの空の星のように
光 失わぬように
これからも君の 未来 光に溢れるように
間もなくして望が戻ってきた。
「待たせちゃってごめんね。」
瑛瑠は足元に置いていた鞄を肩にかけ、大丈夫ですと微笑み望の横に並んだ。
聞いてもいいものかと思いつつ口を開く瑛瑠。
「さっき、鏑木先生がここに来たんです。長谷川さんを探していました。」
「うん。」
その相槌には何の感情もない。
「長谷川さん、図書室へ何をしに来たんですか?」
「もしかして瑛瑠さん、ぼくに何かしらの疑いをかけたがってる?」
冷たいその声に思わず立ち止まる。1歩先へ踏み出しかけていた望は、その力で振り返る。
昨日今日のやりとりでは見たことのない顔だ。口角は上がっているが、眼が笑っていない。
「霧に何言われたか知らないけど、瑛瑠さんには、他人の眼からぼくのことを見てもらいたくないかな。」
限界の限界へ
欲望のままに
皆には格好つけて
僕には従順ね
まるでその辺の汚らしい犬のように
あしらわれて
飼われて
虐められても
舌突き出しちゃえよ
限界の限界へ
自分で自分を追い抜いてみてよ