忘れていた、誰かのために
ことばを綴るため探すこと
きみが帰ってきて、初めて
いつも後ろからぼくの名前を呼んで、
振り向けば華のようにほころぶんだ。
あいも変わらず、今夜もおやすみ。
覚:「…おい、乃暉。」
乃:「あ?」
覚:「人にはそれぞれ全力の出し所ってのがあると
思う。」
乃:「それがどうした…?」
覚:「お前は全力の出し所が残念なんだよ!!お前今何やってる!?」
乃:「あ?全力で右腕の毛穴の数を数えてるが…? ?」
覚:「自分の立ち位置にあったことやれよ、お前…。」
裏があるから表がある。
好きなものがあるから嫌いなものがある。
嫌いなものだって、あって当然。たとえそれが自分だとしても…
嫌いなものがある分、好きなものもあるって思えたら、少しでも楽になれたりしないかな…
巨大積乱雲がふつうの積乱雲になって空はこころなしか高くなり
欄干から見下ろすと
制服姿の君が自転車を押しながら手を振っていた
本当に好きになってしまうとものにしたいという気持ちより嫌われたくないという気持ちのほうが先立ってしまうって君の言葉を思い出し
僕はなすすべなくすべすべの君の焼けてない頬に手をふれるイメージにひたった
落ちこぼれの僕は覚えようとしても覚えられないことばかりなのに忘れようとしたことは覚えている
気づいたら君は僕の後ろにいて
強い風に長い髪をなびかせてた
口に入りそうな髪を僕は指先でよけてやり
ついでに毛先から髪をすいた
髪は毛先からすくのが美容師のやりかたなんだ
うん
知ってた?
うん
ううん
僕のこと好きだろ
うん
ううん
すべてはささいなことだと
すべすべの頬を手の甲で撫でながら思った
大人になったつもりだったが
もやもやがつのってただけだった
もやもやは上昇気流に乗って
来年の積乱雲になるのだそうだ
自転車のベルにはっとし
僕は鞄を肩にかけなおして
バス停に向かった
気だるそうな長い列が
バスに吸い込まれ
マフラーから吐き出された
吐き出された人たちは
上昇気流に乗って雲になり
雨を降らせた
雨に濡れながら僕は
今日は会社を休もうとスマホを取り出した
夏が終わる
汚い言葉を生きたまま誰かに伝えたい
でも
そんな僕の汚さを
まだ僕は許していません
気がついたら
汚い言葉の集まりは
ペンキで塗られて真っ白に
鏡越しにいつも向き合う
僕と僕
今日もそうでした
心が晴れないのは
そういう理由ですね。
笑顔がぎこちない
機嫌が悪そう
私たちのこと嫌いそう
醒めてる
…何度言われたことだろう
他人からできたワタシをワタシは嫌いだ
あの子に比べて
お前なんか
顔も見たくない
いらない
…何度言われたことだろう
そんな風に言われるワタシをワタシは嫌いだ
他人からできたワタシをワタシは好きになることができなくて
そんなワタシをワタシは嫌いだ
嫌いなワタシと生きていかなくちゃいけないセカイをワタシは嫌いだ
……嫌い嫌い嫌い…!!
なんて言っていても
ワタシはワタシとしていなくてはならないんだ残念だけれど。
でもね。
こんなセカイでも生きていかなくちゃ。
ワタシヲキライナワタシトイッショニ
イテクレマスカ?
なんてね
甘ったれてるね
ごめんね
「おはよう。瑛瑠さん、歌名。」
聞き覚えのある声。
「おはようございます、長谷川さん。」
そっと制服の上から指輪を握りしめる。
大丈夫。そう、自分に言い聞かせる瑛瑠。
「……邪魔、しないでよ。」
背筋に何かが走った。暖かい春の気温の中に、1ヶ所氷点下の地点がある。
思わずぎょっとして歌名を見るが、先の殺気じみた氷点下はなくなっていた。
見据えるその目の先には望。
「おはよ、望。」
にっこり笑う歌名は、会ったばかりの雰囲気そのものだった。
この子も、何かある。
正直、歌名には何のアンテナも張っていなかった。どんな子だろうかと今までを思い起こすと、望と話しているときにしょっちゅう同じ場に居合わせているのだ。
「あ!私、昨日先生に頼まれていたプリント、コピーするの忘れてた!
望、お願い、手伝って!ひとりで敵う量じゃないの!」
さっと青ざめた歌名は望の腕を引っ張る。
この子、表情豊かだ。そして、わかりやすい。
「え、ちょ、待って!歌名!?」
「瑛瑠ちゃんごめん!先学校行ってる!」
つんのめる望は引っ張られるがまま。朝から元気だなあなんて考えてしまうのは、2日間のブランクが原因だと思いたい。
台風のような勢いで去っていったその場に残された暖かい空気は、春を告げていた。
そして、またひとりに戻る。
破りとったカレンダーを紙飛行機にしたら
夏が飛んでいった
南十字星にでも会いに行ったかな?
片道切符の旅は続く
優しい嘘にくるまれたまま
眠っていられれば幸せだけど
久々にかけた目覚まし時計
魔法の時間はもう終わり
砂浜で眺めた入道雲
満たされた金魚鉢
君の瞳が水面のように
花火を映して潤んでいた
光と陰を追いかけて
遊び疲れていつかは眠るよ
ひどく美しい夢のような
最初で最後の夏だった
言葉が一つも届かないから
つたえたい想いがあるんだって
気がつく。
つたえたい想いがあるから
伝えられる言葉が見つからないって
気がつく。
優しい気持ちも
黒い気持ちも
なんの変わりもない
僕、
なのにね。
…なんて
小学生が図工の時間にベタ塗りしたような入道雲
何処へいっても付き纏う紫外線から
クーラーの効いた水族館へ君と逃避行
鞄に先を越された君は
塞がった私の左手に右手をぶつけてくる
不器用なのが可愛くて
イジワルな私は「なあに?」なんて
美術部が長い間精力を尽くして描いたような赫く燃えた夕陽
熱い空気でいっぱいになった観覧車
空に一番近づいたとき押し付けられた唇
交わる視線と絡み合う吐息
君は私の言葉に幸せって言ってくれる
ありがちな展開はいつだって晴天に雷を鳴らすのだ
人に別れを告げない世界
別れが多すぎるが故に、悲しくならぬように苦しくならぬように、最後の姿に縋らぬように
さよならだと分かっていようと
大切な人ほど別れを告げずに去っていく
あなたが私を忘れますように
できるだけ悲しくなりませんように
願わくは生きて 生きていて
いやだ
彼の後ろ姿はこの身を焼き切るにはあまりに十分すぎた
さよならも言わないあなたが
泣くこともできないわたしに
唇にあたたかいものが触れた
それが
初めての別れの痛みだった