真っ先によぎったのは、何かあったなという確信だった。
いつもより早い時間に帰宅する瑛瑠は、制服を着替えず、リビングのテーブルに大量の紙を重ねあげていた。スカートのひだが崩れるのもお構いなしに座っている。
チャールズは彼女へ、とりあえずお帰りなさいと声をかけた。
「今日はどうなさったんですか。」
乾いたホチキスの音が響く。
ただいまと言った彼女は顔を上げずに、友人の手伝いだと話す。
「あまりに忙しそうだったから、手伝いを申し出たの。書類とじなのだけれど。」
チャールズはすっかり慣れた手つきでコーヒーを入れる。そして、いつもより覇気のない、愛しいその声に耳を傾けた。
「みんなと一緒にやろうと思ったんだけど、教室も図書室も使えないから、これを借りて家でやろうと思ったの。」
ホチキスをちらつかせた瑛瑠の声は、やはりいつもより暗くて。
彼女が帰宅してから、やっとかち合った瞳。
ああ、もう。彼女も、こういう顔をする子だ。
チャールズは2つのコーヒーカップを、離れたい位置に、丁寧に置いた。書類にかかってはいけないから。
そして、後ろから瑛瑠をふわっと包み込む。瑛瑠の体が強張るのを感じた。
違う、怯えさせたいわけではない。
「ち、チャールズ!?」
「珍しく感傷的みたいですね。」
驚いたことで悲鳴に近いものをあげる瑛瑠に、努めて茶化すように言う。
その顔を見るのは辛い。どうか、笑って。
瑛瑠の体から、力が抜けたように感じた。瑛瑠を包み込むその腕に、少し笑って彼女は手を添える。
「ちょっと寂しかった。ずっと独りだったはずなのにね。」
胸が締め付けられる想いだった。思わず顔が歪む。
さて、そんなことはいさ知らず、瑛瑠は顔を上に向け、チャールズの瞳を見つめてくる。
「ね、ぎゅってしてもいい?」
悪戯っぽいその眼に苦笑する。そういうところだと言いたい。
どうぞという返事に、彼女は嬉しそうに、そしてはにかむように微笑んで、照れ隠しの意味もあるのだろうが、立ち上がると勢いよく抱きついてきた。
あったかい。くすりと笑って放たれた言葉に、既視感を覚える。
ほら、スカートにはすっかり皺がついてしまっている。
願わくば、彼女が笑顔でいられますように。
自分の罪を贖う術を想いながら、今度はぎゅっと抱き締めた。
長いものには巻かれよう。
そこから脱出したい時もあるけど、
その手段をまだ知らない。
不可抗力には逆らえない。
それをねじ曲げたい時もあるけど、
その方法はこれから知る。
一本ずつ
光を灯していく
小さなキャンドル
それは
風に煽られて
今にも消えてしまわないか
ぽたり
ぽたり
炎に溶かされて
ゆっくり落ちてゆくのは
綺麗な涙
ぽたりと落ちて
気付けばもう
固まっていた
いつの間にか
あの涙も
固く固く
固まっていた
その間にも
ぽたり
ぽたり
残りは少し
風に煽られて
涙が底をついて
消えてしまう前に
息を吹いて
消してしまおうか
誰かに見られる前に
細長くのびる白い余韻
私の虚構はもう終わり
こぼれた こぼれた
なみだこぼれた
君の瞳から 悲しいときに
こぼれた こぼれた
なみだこぼれた
君の瞳から さみしいときに
こぼれた こぼれた
笑顔こぼれた
君とぼくから いろんなときに
こぼれた こぼれた
なみだこぼれた
ぼくの瞳から
離れてく 君を見て
こぼれる こぼれる
きっとこぼれる
明日も笑顔が
「さて、可愛いお顔が台無しのお嬢さま。」
はっと顔を上げるも、言葉の意味を飲み込んでむっとする瑛瑠。
「どうせ私はあなたほど女性を絆すような顔はできませんよ。」
「こら。」
そう言いつつも、チャールズは輝き割り増しの微笑みで続ける。
「その事に関しては心配無用です。お嬢さまは自覚がない分さらにたちが悪いので。
――それよか、明日のデートは何を着ていくんです?」
すごく失礼なことを言われた気がするが、流しておこう。
デートではないけれど。
立派なデートです。
不毛なやり取りを交わして瑛瑠は尋ねる。
「誰かと出掛けるときは、どんな服を着たらいいの?」
さて、万能人チャールズの出番である。
「お任せください。」
恭しくお辞儀をしたかと思えば、リビングから出ていってしまった。
瑛瑠は考える。
コーディネートしてくれるのだろう。クローゼットを開けるのは必須。とすると、部屋に入るのも必須。
何もないけれど。何も、ないけれど。
「ちょっとチャールズ!?待って!」
看病時は特例だ。慌てて瑛瑠も立ち上がるが、チャールズは既に姿を消している。
顔を赤くした瑛瑠が部屋に入り、仕事の早いコーディネーターの並べる服を見て驚くという一連の流れまで、あと5秒。
ほら
雨が降ってきたなら
その濡れた頬をぬぐって
傘なんてさ
野暮なもの持たずに
外へ行かないか
紺青色の空に
ラメントを歌おう
その歌声で
もっと雨を降らせて
もっと
もっと
涙と雨が入り交じって
自分との境目さえも
分からなくなる頃に
君に一輪
花でも贈ろうか
頬にはりつく
濡れた髪
そこを滴るのは
涙か雨か
チャールズが激しくむせている。涼しい顔をしてカップに口をつけていたチャールズが。
「あの、チャールズ?」
「なぜ、」
恨みがましくチャールズに、
「なぜそこへ帰着するんです。」
と睨み付けられる。
「旦那さまも奥さまも、幼少期からの許嫁として、仲睦まじく過ごしてこられた仲です。その一人娘がそんなことを言うものではありません。」
怒られた。初めてかもしれない。確かに真っ当であるのだが。
「お二方は、大変な恩人なんです。お嬢さまであれ、先の言葉は私が許しません。」
チャールズは両親に恩があると言った。
それが何かわかれば、チャールズとの関係性が紐解けるのでは。そう思う。
そういえば英人は、姉はいないと言っていた。エルーナと英人は同一人物だと思ったがそれはどうだろう。エルーナには姉と呼べる存在がいたように思うのだけれど。
何らかの同じ現象が起こっていそうな気がしてならない瑛瑠は、いつの間にか思い詰めた表情をしていたらしかった。
その薄汚れたスカートと
やけにひどい夕立と
田舎色したオンナノコは
芯のなくなったホチキスが
用無しなのと同様に
心から水分が消えたら
感傷的な気持ちも用無しですから、
_涙を忘れたら私の心も用が無くなっちゃう_
畑の様子を見に行ってくるよ、だけ告げて
心に水をまきにいきました
僕が君を見ていても
君はあのひとを見ていて
そんな君に話し掛ける勇気が僕にはなかった
一緒にいたいと願っても
君はどうしても振り向かなくて
僕の願いはどこかに飛ばされていった
君を追う僕の視線
彼を追う君の視線
まるでおいかけっこ
僕がスピードをあげたら君を捕まえられるかな
彼女はすごく綺麗だ。身長は高校1年という年とは思えないほど小柄で髪はインナー染の青色。そのごっついヘッドホンをして俯いてるから、彼女の綺麗な素顔は誰も知らないと噂をされているくらいだ。声は高く透き通ったようで聞いていて心地よい。ただ授業参加はほとんどしてないし、なのに頭は抜群に良い。先生から目をつけられてんのに流れに乗らないような性格。正直なにを考えてるかわかんなくなる。「ねぇ」「うわっ?!」「なにぼーっとしてんのさ」こうやっていきなり話しかけてくる「別に、君こそなんで保健室いんのさ」そう僕と彼女は今保健室にいる。「社会の先生私がいると気にくわないみたいだから、君は?」「僕は、、熱中症になりかけたから休めって」「相変わらず運動神経抜群だもんね」「君だって音楽に関しては一般とはレベルが違うだろ?」「そう思ってるなら嬉しいな」
彼女は褒めると悲しそうな顔をする。彼女の悲しい顔なんて見たくないけど、彼女を褒めたい気持ちも僕の中にはあるのに、、。
寒い朝には
こんがり焼けたトーストに
たっぷりと大好きなマーマレードジャムを
ひとくちかじって
あたたかくやわらかなカフェオレを
し あ わ せ