「ナツィ」
ナツィが部屋の外に出た所で、かすみは思わず呼びかける。
「…」
なんで来てるんだよ、とナツィは文句ありげな顔をする。
「まぁいいじゃない」
きーちゃんが行くって言ってたし、とピスケスは微笑む。
「なんだよそれ」
ナツィはジト目を向けた。
「あ、そうだナツィ」
ここでふとかすみが思い出したように、ナツィに手に持つぬいぐるみを渡した。
「はい、うさちゃん」
ナツィはちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに真顔に戻って言った。
「…うさちゃんじゃない」
こいつはジークリンデ、とナツィは言ってぬいぐるみを受け取る。
「何、お前ぬいぐるみにそんな名前付けてんのかよ」
変なの、と露夏は笑う。
1人、知らない街を歩く
この瞬間だけ僕は自由になれる。
誰も僕を知らないし
全てが僕に自己紹介をしてくれる
でもそんな時間はいつも1度きり
聞こえる言葉を大切にしなきゃって思えば思うほどその言葉は自由から遠ざかっていく…
雑然と並んでいる「自由」は
自然の黄金比で「言葉」を紡ぐ
僕はこの小さな矛盾を
楽しんでいるのかもしれない
理想を描くの。
幻想を抱くの。
言葉に想いをのせて、祈るように
こうあれば良いと、そうあってほしいと
願いながら紡ぐの。
現実とは対極な、私の描く
描かれる私の生きる、理想の世界。
もう何億回も聞いたチャイムの音に目を覚ます。
同時に肩を叩かれる。
「おっはよ」
ニヤニヤと笑う君が上目遣いで僕を見る。
何もなかったようにおはよ、と返す。
「寝てたでしょ?」
いや別に…なんて言うけど
正直1時間分の記憶が無い。
「先生呆れてたよ〜?こいつまたかって顔してた」
まじか、さすがに呼び出されるかな
「いや、大丈夫。こいつ先生の言葉噛み締めてて目が開かないんですって言っといた」
どこが大丈夫なのか教えてくれる?
いつも通りのふざけた会話。
その会話がとても、とても愛おしい。
来年からは学生ではなくなって
自分の力で僕は、僕らは生きていくことになる。
正直不安しかなくて、ワクワクはなくて。
君と笑う日が日常ではなくなって
きっと会うことも少なくなって。
それでも僕は流れゆく日々に身を任せ
寂しさなんか知らないふりして
この席で、君と一緒に、春の芽吹きを待っている。
お立ち台には俺と彼女が揃って並ぶことになった
「昨日今日で連続登板して勝ち星を重ねた秘訣はありますか?」との質問に「秘訣は無いですね。大好きな彼女の笑顔を見たいという気持ちで全力プレーしてたら知らないうちに勝ってました」と答えると、会場は笑いに包まれる
女房役の時の心境と感触を訊かれ、「東京生まれの彼氏に相応しい勝利をプレゼントしたいと思って受けてたら、彼の優しさに気付きました。初回の攻守交代で守る前は『どの球種で抑える?方針があるなら、それに従うよ』とベンチで声かけてくれて、それ以降は攻守交代で守備に入る度に『パターン変えるか?』とその都度確認してくれて、私の意思を最優先にしてくれたので受け易かったです」と彼女が答えたので、球場は歓声に包まれた
兄貴の彼女さんが俺の彼女に手渡すのが見えたが、続いて想定外のことが起きた
「私、貴方のファンです。この紙にサイン下さい」と言って彼女がスッとペンと紙を渡してくれたので、サインしようと紙を見たら嬉し涙が止まらず、汗と涙でロジンを手に付けないと何も持てない状態になってしまった
署名捺印の済んだ婚姻届を渡されたので無理もない
我に返ってすぐ「緊張するなぁ…俺、サイン求められたの初めてだし、それで記入するのが婚姻届って中々無いぜ」と言って笑うと、球場中が静まり返り我々の様子を見守ってくれている
「よし、書けた!捺印は実家でやるか」と言うと「判子ならポケットに入れてあるよ」という彼女の一言に驚いてポケットに手を突っ込むと本当に判子があったので、捺印すると報道陣のシャッター音が聞こえ、その場にいたラジオ局のアナウンサーが「我々は今、歴史的瞬間に立ち会っています。今大会の名バッテリーが夫婦になる瞬間に立ち会っています。まさに、生涯バッテリーの誕生です」と言い出すので「またも野球絡みで流行語か」と笑いながら彼女に書き上がった書類を渡すと彼女が「そちらの区役所に明日の朝提出で良い?」と言い出すので、「こんな形で地元帰るのかよ」と言って笑う
閉会式終了後、着替えを済ませて車内のベッドで仮眠を取り、寝台特急サンライズ号に乗って東京に帰ると朝早くにも関わらず、地元の大通りを通って地元を一周する形の祝賀パレードが行われ、沿道から流れる俺の象徴、読売ジャイアンツの球団歌と彼女の象徴、黒田節が俺達を歓迎してくれた
今からする話は、まだ幼かった少年と不思議な男との些細な出会いの話だ。
少年はまだ幼稚園に通う程の年齢だった。しかし、貧困する程ではなかったが、家計に余裕はなかった。両親も共働きで幼稚園や保育園に通わせることを望んでいたが、本人に通う意思がなかった。親の方も通園費を考えると、子供の決断には好意的だった。こんなことで教育を諦めることには抵抗と罪の意識を感じていたようだが、内心安堵していたのも確かであった。だから両親が働いている間は、母親の姉の家で過ごした。
少年の祖父は東京の有名な大学に通っていたので娘たる母親とその姉も学があり、少年に様々なことを教えてくれて、少年は彼女のもとに行くことが好きだった。彼女も子供が居らず、少年が幼稚園にも保育園にも行かないと聞いて、自分から預かると名乗り出たそうだ。
少年は、彼女の家に行く前に自分の家の近くにある公園のベンチに座って、ぼうっとして空を眺めることが好きだった。朝の30分だけ、誰も居ない、静かな公園で、ゆったり流れる雲を見ながら呆然とする。
余談だが、こういった子供らしくないところもあり、少年はあまり大人に好かれてはいなかった。きっと子供にも好かれなかっただろう。
ある日和良い春の日。
その日も少年は何を考えるでもなく、足をユラユラさせていた。
すると、
「おはよう、坊や」
柔らかい男の声だった。周辺に少年以外の人間が居ないので、自分に向けられたものだと思い、少年は声の主に目を向けた。
男は、祖父が着ていたような服を着ていた。祖父の若い頃の写真を見た時変な格好だと思ったので、男のことも同様に変だと思った。しかし不思議と嫌な感じはしない。同時に、既視感があった。
「おはよ」
挨拶を返すと、男は人当たりの良い笑みを浮かべて「隣いいかい?」と訊いた。少年はこくりとうなずく。
明らかに不審だったが、この時の幼い彼はこの人は誰なのか、程度にしか思っていなかった。
月に取り押さえられた人影はしばらく手足をじたばたと振り回していたが、身体の上に座られ、両腕を膝で、頭部を片手で畳にめり込むほど押さえつけられ、全く逃れられる気配は無い。
「ほれほれ大人しくなー。さっさと本体出して」
月が言うと、部屋の奥の壁に瘴気が集まっていき、遂に怪異存在の本体が姿を現した。
壁から生えるようなそれは凡そ痩身の人間の上半身の形状をしていながら、現れている部分だけで全長は3mに近い巨体であった。異様に長い腕には一般的な人間より2つ余計に関節ができており、片方の掌につき4本しか無い指は、球関節にでもなっているのか滅茶苦茶な方向と角度で折れ曲がっている。また全身の皮膚は青白いにも拘わらず、熱を発しているのか全身から湯気が立ち昇っており、ところどころに金属光沢を帯びた鱗のようなものが生えている。頭部では長く鋭い牙の並んだ口が耳まで裂けており、頭蓋全体を血走った無数の眼球が覆い尽くしている。
「うんうん、これは食べ応えありそう。鬼、来ぃ」
月がそれを恐れる様子も無く虚空に命じると、彼女の足元から別の人外存在が現れた。
およそ八尺、天井と比較してやや高すぎる背丈を折り曲げ、金色の瞳を具えた両の眼で化け物を睨むのは、赤い皮膚と分厚い筋肉に覆われ、額から二本の太く短い角を生やした、まさしく『鬼』と呼ぶべきモノだった。
「私はこれからしばらく食事に入る。その間この場を持たせておけ」
その言葉に従うように、鬼は一声短く吠え、化け物に肩から突進していった。
大きな背丈、何度も甘い香りに引き寄せられ、この冷たい身体は癒されて行くのです
公園のベンチで貴方と2人
喉を潤すウォーターを一緒に飲んで
感じる優しさを胸に抱きしめ
そして