私がその人に出逢ったのは、何もかも覆い隠す様な吹雪の日だった。
「君、何してるの?」
半壊したドアから顔を覗かせたその人は、群青色の髪をしていた。
「...に、..の...う。」
「どうしたの?」
「何、その格好。」
その人は、久々に昔の服を着たんだよ、と微笑んだ。その格好は、まるで。
「お嬢ちゃん、魔法使いなの?」
「んなっ⁈...まほ...っ!」
少し言葉を濁したあと、
「魔法使いじゃない。失礼だから、魔術師、って言い給えよ。」
と訂正された。
「まぁ今“学会”が直面している問題は、魔術師の派閥云々の話じゃないのだけど…」
ピスケスはそう言いながらテーブルに伏しているナツィの方を見やる。
いつの間にか、ナツィは目を覚ましていた。
「あら、起きたみたいね」
ピスケスがそう言うと、ナツィはちらとそちらの方に目を向ける。
「…なんだよ」
ナツィはピスケスを睨みつける。
ピスケスはふふふと笑った。
「ちょっと“学会”の話をしていてねぇ」
ピスケスの言葉にナツィはふーんと返しながら起き上がる。
「…最近話題の“魔術師を襲う人工精霊”の話か」
ナツィがそう言うと、あら察しがいいとピスケスは驚く。
ナツィはそりゃ知ってるとテーブルに頬杖をついた。
「“学会”所属の魔術師を襲って回る人工精霊の集団」
それもどうやらどこかの魔術師の所から逃げ出したような奴らしいな、とナツィは呟く。
ピスケスはそう、と頷く。
「だから“学会”は今度、拠点のある街へ行くらしいんだけど」
私たちも動員されるのかしらね、とピスケスは首を傾げる。
ナツィはそんなん知るかよ、とピスケスの方に目を向ける。
「えっいや別にいらな……いや、まあ、うん……ありがと……」
少女はしばしの逡巡の末にハルパの差し出したパンを受け取り、ちまちまと齧り始めた。
『うわすっごい頑丈な歯ごたえ……そういえば聞いてよハルパちゃん』
不意に少女から発信された念話に、ハルパは顔を彼女の方に向けて反応する。
『うちのマスターがだらしなくってさぁ。今朝だって全然起きなくって、大体あれは昨日マスターが……』
少女の愚痴をニタニタとしながら聞いていると、入り口扉が開いた。そこに立っていたのは少女の“マスター”である20代後半ほどの男性だった。ハルパは立ち上がって彼に接近し、パンの片割れをやや萎縮しているその男性の手に置き、再び折り畳み椅子の上に戻って少女に視線を送った。
『……え、何。嫌だよマスターがいる前で話す内容じゃないじゃんさすがに……』
少女の念話にハルパは首を傾げ、壁掛け時計を注視し始めた。しばらくするうちに、室内にはドーリィやそのマスター、対策課職員などが増えていき、やがて9時の時報が鳴り響いた。
ハルパは椅子から飛び降り、責任者のデスク前までにじり寄った。
「うおっ……ハルパか」
そこに掛けていた痩せ型の中年男性は、普段通りの不気味な笑みを口元に浮かべたハルパにたじろぎながらも、冷静にクリップボードを差し出した。そこに挟まれた資料を1枚ずつ確認し、やがてハルパは1枚を取り出して男性に見せた。
「ああ、そこか。その辺りは人口も多いからな。ビーストの出現事例も多いし、頼むぞ」
ハルパは口角を更に歪に吊り上げ、軽く頷いて窓から外に飛び出した。
チトニアは機嫌良く窓を開けた。
「あのね梓、私と契約したからって無理に戦わなくても良いんだよ」
梓を病院送りにした大型のビーストは駆除されたようで、倒壊した建物の復旧の様子が見えた。
「やらなくていいならやらないよ、私貧弱だし」
梓はそう言うと目を覆っていた手を外した。
「あら、良くなった?」
看護師が入ってきたらしい。彼女はこうしてたまに水を飲ませてくる。
「ん。…外出て良い?」
「だめよ。療養期間は終わってない」
「…あそ」
蛇口をひねる音がした。
「…あら?変色してる…?異臭も…やだ、なにこれ虫?…あ、違、」
チトニアも言葉を失っている。ただ事ではない!「…梓、ビーストだよ…病院に、この病室に、水道管を通って…小型のビーストが来たんだ!」
視界を復活させると、蛇口から鉛筆くらいの太さの腕が生えていた。それも、人間の腕…。異様に細長い人間の腕が腰を抜かした看護師の頭に、オレンジ色の液体を滴らせている。
「きもい…それに戦うのめんどい…」
言葉にしてみたら更に嫌になった。
「…でも、水質汚濁の方が私は嫌だ!えのきみたいな見た目しやがって、土に還してやる」
まず片足を地面に下ろす。その足を軸に回転し、ビーストの生体ミサイルが完全に貫通するより早く、背後のケーパのことを強く突き飛ばす。直後、身体に突き刺さっていたミサイルたちが一斉に爆発しながら私の全身を貫き破壊する。
「あぐぅ…………っ!」
急所は生きてる。けど、両脚は捥げたし、左腕も使えなくなったし、お腹にも結構な大穴が開いた。大分ピンチかもしれない。時間をかければ治せるけど、ケーパがいるのに時間をかけてる余裕なんて無い。
「っ……けーちゃん!」
「ぐぇっ……けほっ……な、何だよ?」
「ごめん、ちょっと守れそうにない! 逃げて! 私だけなら死なないから!」
「わ、分かった! 悪い、死なないでくれよ!」
「そこは大丈夫……」
近くじゃヤツの破片の回収作業が進んでたはずだから、多分すぐに増援は来るはず。幸運なことに右腕はまだ使えるし、既に回復効果は効き始めている。最低限両脚さえ使えるようになれば問題無い。
ビーストの方を見ると、次の生体ミサイルの発射準備態勢を整えていた。
「……さあ来い」
再びミサイルが発射される。まず瞬間移動し、1発を拳で叩き落とす。再び転移し、別のミサイルを打ち払う。再び繰り返す。再び。1回ごとに手が少しずつ壊れていくけど、問題無い。あいつに、ケーパにさえ当たらなければ、それで良い。
乗降口の扉が開き、外には寂れた無人駅のホームが見える。しかし、到着のアナウンスは一向に聞こえてこない。
「……メイさん、これ」
「おかしいよね」
「…………」
「…………」
扉が再び閉まる直前、2人は素早く通り抜け、ホームに降りた。
「〈五行会〉を率いる者として」
「このオカルト、やっつけないわけにはいけないね!」
2人の背後で、電車が走り出す。その気配を感じながら、2人はまず周囲の探索から始めることに決め、揃ってホームの上を歩き回った。
15分近くかけて慎重に探索した結果、古いベンチ、真っ白な時刻表、文字が掠れて読めなくなった駅名表示、空の屑籠以外には何も見つからなかった。
「怪しいものは何にもないね?」
「そうですね……そういえばここ、どこなんでしょう?」
青葉の疑問に、白神はポケットからスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動した。
「……駄目だぁ、電波が来てないみたい」
「そうですか」
「どうする? アオバちゃん。外、出てみよっか?」
「…………いえ、どうでしょう。危険な気もします」
「でも、ここじゃ状況は動かないよ?」
「……ふむ」
青葉は白神の手を引いて、改札口の方に向かった。
「メイさん、何か見えますか?」
「見えない。真っ暗だ」
「照らしてみたら……」
そう言われ、白神はスマートフォンのライトの光をそちらに向けた。しかし、目立ったものは特に見られない。
「…………」
「…………」
「「出るか」」
同時に口にし、2人は無人の改札口を出た。