花火、氷、虹、移りゆく季節、街を行く人々。
皆美しく、私には永遠に手に入らないものだ。
永遠というのは、まったく。
だがゼフィランサスが走りながら自身の周囲に緑の短槍をいくつも生成して、ビーストに向かって放つ。槍はビーストの頭部に次々と突き刺さり、ビーストは思わず悲鳴を上げて体勢を崩した。
「よし、このまま…」
ゼフィランサスはそう呟いて右手に槍を生成するが、ビーストは突然口から赤い火球を吐いた。
「⁈」
ゼフィランサスは驚きのあまり動けなくなってしまう。しかしそこへ赤髪をツインテールにした少女が両手に赤い刀を携えて飛び込む。
そして彼女は刀で火球を切り捨てた。
「リコリス‼︎」
ゼフィランサスが思わず名前を呼ぶと、リコリスは貴女、と振り向く。
「ビーストを前にして動けなくなるなんて全然ダメじゃない」
もっと攻めていかないと、とリコリスはゼフィランサスに詰め寄る。ゼフィランサスはご、ごめん…と申し訳なさそうにした。
「ま、いいですわ」
ここからはアテクシに任せなさいとリコリスは後ろを見る。しかしビーストは既にそこにいなかった。
「あ、あれ⁇」
ビーストは…?とリコリスは思わずポカンとする。ゼフィランサスも慌てて周囲を見回す。周りには人気のなくなった街が広がっており、先程まで光壁を張っていたアガパンサスの姿も見えない。
『リコリス、ゼフィランサス‼︎』
するとここで2人の頭の中に響くように声が聞こえた。アガパンサスからのテレパシーだ。
「どうしましたのアガパンサス」
『さっきビーストが移動し始めたから追いかけてるんだけど、あのビースト、避難所の小学校の方向に向かってるみたい!』
「なんですって‼︎」
リコリスは思わず声を上げる。
「避難所って…あの少年と戦う気のないドーリィが逃げている所じゃない!」
『ええそうなの』
アガパンサスは落ち着いた口調で答える。
『だから…私があのビーストを足止めするから、リコリスとゼフィランサスは急いで来て!』
「分かったわ」
リコリスはそう答えるとゼフィランサスの顔を見る。ゼフィランサスが静かに頷くと、2人の姿が一瞬にしてその場から消えた。
ビーストに向けて突撃しながら、キリは自身の左腕をちらと見る。己の小麦色に焼けた傷だらけの肌とは明らかに異なる白く滑らかな皮膚と、掌に色濃く刻まれた、蔦草の絡み合った輪のような紋様。
「…………」
ビーストに視線を戻す。首の内の1本が、彼女の頭部目掛けて大口を開けて迫っていた。
「……ヴィス!」
そう言い、右手の剣を捨てて手を叩く。直後、鼻から上をビーストの顎が噛みちぎっていった。
「……………………ざぁんねぇんでぇしたぁ」
下半分だけ残った頭部をじわじわと再生させながら、口から挑発的な言葉を漏らす。完全に再生したその顔は、ヴィスクムのものだった。
「もうスワップ済み」
にぃ、と笑い、ヴィスクムは短距離転移によってビーストの上空に移動する。手を叩き、地上のキリと入れ替わって地面に突き立てていたままの剣のうち2本を、上空に移動したキリに向けて投擲した。それらをキャッチしたキリが首の1本を、ヴィスクムが別の剣2本を手に心臓を狙い斬りかかる。
2人の攻撃が届く直前、ビーストの頸の1つが口から黒紫色の霧を吐き出した。
(っ!)
それを見たヴィスクムは転移魔法によって距離を取り、スワップでキリと入れ替わる。
「ふぅ……毒吐くなんてズルいじゃん。キリちゃんはただの人間なんだから死んじゃうよ」
先程生成していた固有武器を1度消し、再び手元に生成する。
「それじゃ、ここからは私だけでお相手するね」
ビーストの頭部の1つが口を開けてヴィスクムを飲み込もうと迫る。ヴィスクムはそこに剣の1本を投げ、軟口蓋に深く突き立てた。その首は滅茶苦茶に振り回され、喉からは苦痛の咆哮があがる。続いて2本の頸が叩きつけられたが、それは跳躍によって回避し、ヴィスクムは頭部の一つに着地した。
その日の夕方、ハルパが役所の窓に飛び込んできた。
「うおっ……ハルパ、君かい。先ほど、君が行った例の都市にビーストが現れ、相当の被害が出たという話を聞いたんだが……」
対策課責任者の中年男性に、ハルパはサムズアップを示して扉から対策課を出て行った。
「ただい……うわぁっ!」
出入口にて、ビースト討伐業務から帰ってきたばかりのドーリィの少女とすれ違うと、少女はハルパの表情を見て悲鳴をあげ後退った。
「ただいまボス……ハルパちゃんすっごいニタニタし過ぎで耳まで口裂けてたけど何かあったの?」
少女に尋ねられ、中年男性は首を横に振る。
「いや知らんが……普段からあんなものじゃなかったか?」
「いやいや……普段と目力も全然違ったし。何か良いことでもあったのかな? あとボスはもうちょっと女の子の表情の変化に気を遣うべきだと思う」
「そう言われても」
「取り敢えず、こっちもやることはやったから、私はもう帰るね。報告はマスターがやってくれるはずだから。じゃ」
「あ、あぁ……」
少女が転移術で立ち去るのを、男性は困惑しながら見送った。
「ただいまァー、おタケちゃーん」
SSABに帰還したフィロは、真っ先に机上の籠の中で眠る赤子に駆け寄った。赤子タケはそれに気付き、彼女に両手を伸ばす。
「無事に帰って来たよぉおタケ、お前がいてくれたお陰さ。お前は生きているだけで偉いし可愛いねぇ。人間の子どもってのは本当に素敵な生き物だ……」
タケを抱き上げるフィロの背後で、ササとサヤは興味津々の様子で2人の様子を眺めていた。
「ああそうだ、サヤちゃんとササちゃんにも紹介してやろうね。この赤子が私の“マスター”可愛い可愛いおタケちゃんさ」
「ふおぉ……」
「あかちゃん……」
「赤ん坊ってマスターになれるんだ?」
「なってるってことはなれるんだねぇ」
2人が赤子をつついていると、SSABの入口扉が開き、事務員が入ってきた。
「ぴひゃあ⁉」
裏返った悲鳴をあげ、ササはサヤの背中に隠れる。
「あ、フィロスタチスさん。お疲れ様です……その双子は?」
「ん。今日拾ったドーリィとそのマスターだよ。どうも孤児の宿無しらしくってさ、私のところで引き取るが構わないね?」
「え、ええまあ、はい……それじゃあ色々と手続きするから君達もちょっと協力してくれるかな?」
事務員に手招きされ、サヤは臆さず、ササはその背中に貼り付いてびくびくとしながら、それに応じた。
結局、SSABに相談したらケーパは仮住居を支給してもらえたので、あいつと二人してその住居に入り、私はベッドで休憩、あいつは台所の確認を始めた。
「けーちゃんどーぉー?」
「んー、結構良い感じだな。地味にコンロが3口だ。すげぇ」
「へー……3口だとどうすごいのさ」
「数は力だぞ。無限に料理作れる」
「なにそれ最高じゃん!」
「……しっかしさぁ」
あいつが私の方に振り向いた。
「お前、めっちゃ怒られてたな」
「あー……うん……」
SSABの破片回収のために近隣住民はしばらく町の外に出ていたから、私の魔法で人間が捻じ曲がることは無かったけど、流石に町一つねじねじ前衛アートの瓦礫山に変えてしまったのはやり過ぎだって偉い人に怒られたんだよね。地面もボコボコぐちゃぐちゃのクレーターまみれにしちゃったから……。やってることだけで言えば私も十分人類の敵といえるかもしれない。
「まぁ、代わりにSSAB就職すれば許してくれるってんだからねぇ……破格破格」
「ついでに給金も出るんだから助かるよなぁ……」
「ねー。けーちゃん何もしないのに」
「お? 俺が契約したからそのパワーに目覚めた奴が何か言ってんな?」
「うひひ、大丈夫大丈夫。感謝はしっかりしてるから……」
「それは知ってる」
言いながら、ケーパが台所から出てきた。
「どしたのけーちゃん」
「あん? 設備の確認は終わったからな。買い物行くんだよ。1曲分の対価をまだ出せてないからなー」
「ぃよっしゃぁ、引っ越し祝いも兼ねて派手にやろうよ。私もサービスで何曲かつけてあげる」
「やったぜ」
ぐいっ、と身体を起こし、早足で出て行こうとするあいつの隣に並び立つ。
互いの手の甲を打ち合わせ、2人して晩ご飯の買い出しに出かけた。
「昼間、“黒い蝶”…ナハツェーラーはここに来ていたよな?」
「ええ、そうですけど…」
ナツィがどうかしたんですか?とかすみが聞くと、いやぁ…と主人は困ったように頭を掻いた。
「さっき保護者の方から連絡があってな」
3時くらいにあの人の所を飛び出していったっきり、戻ってきてないみたいなんだ…と主人は不安げに言った。
かすみとキヲンはえ、と驚く。
「戻ってこないのはいつものことなんじゃ」
かすみがそう言うと主人はいいやと横に首を振る。
「あの人の研究室に侵入した“人工精霊”を追いかけて飛び出していったみたいでな」
もしかしたら面倒なことに巻き込まれてるんじゃないかって、あの人が心配していると主人は続ける。
「…別に、ここには昼頃に来ただけだよな?」
主人の言葉にかすみはええと頷く。
「じゃあ研究室に入り込んだ子たちを追いかけて…」
主人がそう言いつつ顎に手をやった時、ふとかすみが俯いているのに気付いた。
「かすみ?」
主人にそう呼ばれてパッとかすみは顔を上げる。
ハートの風船片手に歩く
誰かからもらった優しさ
うっかり離しそうになる
あなたからもらった赤い糸
忘れないように握りしめた
近付けば近付くほど
愛せば愛するほど
離れてくは
君の心
ずっと
そばにいて
そばにいさせて
夜が歌うの
寂しい
子守唄
雨音はリズムを刻んで
青葉は微かに揺れる
滴る水 弾けて落ちる
宝石のように密かに輝く
吐息は闇に溶けて
静かに空を揺らした