「おれや夏緒の“きょうだい”なんだ」
露夏がそう言うと、磨衣はあ、初めましてと軽く会釈する。
「夏緒のお友達?」
「あ、うん」
ボク、キヲンっていうの、とキヲンは自分を指さして自己紹介した。
「みんなからきーちゃんって呼ばれてるんだ」
「あぁ、きーちゃんね」
夏緒から前に聞いたわ、と磨衣は頷く。
「それで、あちらにいるのはピスケスさんと…」
「背の高い方がかすみで、黒くてかわいいのがナツィ!」
キヲンが自らの後方に立つ人工精霊たちを手で示して紹介すると、磨衣はへーと答えた。
「それで、磨衣ちゃんは夏緒のことを迎えにきてくれたんだよね?」
話がひと段落したところで夏緒がそう聞くと、磨衣はあっ、うんと頷く。
「この雨、なかなか止みそうにないから傘を持ってきたんだけど…」
「露夏ちゃんの分は?」
夏緒がそう首を傾げると、磨衣は持ってきてるよ⁇と左手に持つ2本の傘を軽く掲げてみせた。
夏緒はそっか、と答える。
作戦地点である農道脇で、吉継はスマートフォンの時計を見ながらその時を待っていた。
『ぼ、ぼぼ、ぼ、ぼぼぼ、ぼぼ、ぼ』
彼の背後からは、打楽器とも管楽器とも付かない低い音が切迫した様子で鳴り響いている。
「……思い返すとさ、“お姉さん”……いや、“八尺様”か。あれと近づいた時、いつもこの音が俺を引き戻してくれてたんだよな」
『ぼぼ、ぼ、ぼ、ぼ』
「……助けてくれてたんだな、ずっと」
『ぼ、ぼぼ、ぼ』
「…………ずっと勘違いしてたんだけどさ。お前なんだろ? 俺の『イマジナリー・フレンド』」
『ぼ、ぼ』
「…………ありがとな。もう、大丈夫だから」
背後の夜闇に振り返る。やはりそこには誰もいない。
「大丈夫だよ。覚悟の上だから。今夜、決着をつけるよ」
『……ぼ』
「応援してて」
もう、その音は聞こえなかった。代わりに農道の奥から、しわがれた女声が近付いてくる。
『け、けきゃ、けた、あけた、た、あいた、ひらいた、れた、はいれた、はいれた、あいた、あいた』
“八尺様”が上半身を揺らしながら、ふらふらとした足取りで近づいてくる。前髪の隙間から覗く黒い瞳は、間違いなく吉継を捉えていた。
「……ずっと騙されてたぜ、この村はよっぽど上手くお前を封印してたんだな。随分長生きしたようだけど、今日が年貢の納め時ってやつだぜ」
構えを取る吉継に対して、“八尺様”は約2mの距離で立ち止まった。異様に長い腕を伸ばせば、容易に吉継を捕らえられる距離だ。
「来いよ。捕まってやらねえぞ」
“八尺様”が左手を伸ばす。その手首を払い退けるように、吉継は裏拳の衝撃を転送した。強化された遠隔打撃が手首の内側を弾き、掴みを妨げる。
“八尺様”は弾かれた手を見つめて首を傾げ、右手を伸ばした。吉継は再び異聞能力で拳の打撃を飛ばし、払い退ける。
二度も防御されたことで、“八尺様”は原理こそ分からないながらも、目の前の標的が抵抗していることを確信した。その一連の攻防は、怪異の機嫌を損ねるには十分だった。
『……ろ、れろ、いれろ、つらまえろ!』
両手で挟撃するように掴みかかろうとする“八尺様”。その顎を遠隔の突き上げが捉え、仰け反らされたことでまたも攻撃は失敗に終わった。
駅前のゲームセンターからほくほく顔で出てきた女性が一人。所謂“地雷系”と呼ばれる出で立ちで、クレーンゲームで勝ち取ったのであろうクマのぬいぐるみのキーホルダーを右手に吊り下げた姿は可愛らしいとさえ評されよう。そんな彼女の前に立ち塞がるのは、彼女の相棒の青年。
「よう、何してんだ?」
「見りゃ分かるでしょ、『ててまるくん』ストラップ取りに来たのよ。200円で3個も取れたんだから。あたし天才」
「……そうか」
「ァによ、別に非番なんだからどこで何しようが勝手でしょ」
「別に悪いとは言ってねえだろよ。ただの世間話だ」
「あっそ」
加奈はキーホルダーの一つを陸斗に投げ渡した。
「1個あげる」
「そりゃどうも」
キーホルダーをポケットにしまう様子を、加奈は無表情で凝視していた。
「……何だよじろじろ見て」
「いや……生きてんなぁ……と」
「そりゃ生きてるだろ」
「…………6回」
「何が?」
「組んだ奴が初仕事で死ななかったの。6回ぶり。まぁあたしのおかげだけど」
「……まあ……そうだな」
「ふん、分かってんならもっと感謝して崇め奉りなさい」
「感謝も尊敬もしてんだからそれ相応の勤務態度を見せてくれよ」
「っせぇなァあたしにゃあたしのやり方があんのよ。ねぇ、あんた何か趣味とかある?」
「何だよいきなり」
「ただの世間話よ。あんたの好みに合わせてやるからちょっと一日付き合いなさい」
「ただの世間話じゃ済まねえじゃねえか。……他人付き合わせられる趣味か……」
「何、他人に言えない趣味とかあんの? この変態」
「無ぇしあったとて言うかバーカ」
二人はつつき合いながら、休日の街へと消えていった。
鏡に映る私
後ろに居る君
価値の違いなんて一目で解るでしょう?
星に願った私
完走後、私を待つ君
どこへ向かえばいいかなんて知っているのでしょう?
一度だけでも一瞬だけでもいいから
君の胸に飛び込ませて
そしたら私は忘れるから
君も忘れてね。
だから、今だけは信じさせて。
泉に落ちた私
助け出そうとする君
正直に答えるかなんてわからないや
空腹な私
傍(そば)に居る君
君は本当に顔の一部をくれるの?
一度だけでも一瞬だけでもいいから
君に想いを伝えさせて
そしたら私は逃げるから
君の返事はいらないから
だから、今だけは抱きしめて
喧騒。
それは寂しさ。
喧騒。
それは虚しさ。
あの喧騒、
私は嵐の中に居た。
辛い辛い海の底、
「限界まで頑張ろう…」
頑張ったあとに待っていたのは
砂漠の中のオアシスだった。
死んだように生きる。
今はそれしか出来ない。
嘲る人もいるだろう。
それでも私はその道を選んだのだ。