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黄昏時の怪異 その④

家の近くまで千葉さん達に送ってもらい、二人と別れた。家までは50mも無いとはいえ、さっきまで3人だったということもあって少し寂しい感じがする。
ふと、背筋に寒気が走って背後を振り返った。別れてから数秒しか経ってないはずなのに、あの二人の姿はもう見えない。どこかの角を曲がって建物の陰に隠れてしまったのか?
何となく嫌な感じがする。昨夜、宮城モドキを見つけた時に似た感じだ。あの時はオバケの存在を認識していなかったからほとんど自覚も無かったけれど、多分この感覚は、オバケに出会った時の感覚なんだろう。
こういう時って、家に逃げ込んで良いものなんだろうか。オバケを家に連れ込むことになったりしたらマズいかもしれない。けれど、他に良い逃げ場が思いつかない。幸いにも、家まではすぐだ。走れば5秒かそこらで着くはずだ。
覚悟を決めて、自宅に向けて駆け出す。それと同時に、周りの空気が変わった。確かに何かが背後にいて、追いかけてきているというのが分かる。それだけじゃない、今いる位置と家までの短い距離にも、何かが潜んでいるのが分かる。何か嫌なものが隠れているっていうのが『見える』んだ。これが霊感なのか。
自分より前にある嫌なものは回避して、とにかく走る。背後の気配は少しずつ近付いてきている。私より足が速いみたいだ。
(けど……この距離なら、私の方がぎりぎり速い!)
家の敷地に飛び込もうとして、咄嗟に足を止め、通りを再び走り出す。
「ひ、卑怯だ……! 待ち伏せなんて……!」
家の扉の前に、真っ黒な人影が立って待ち構えているのが見えたんだ。けど、現状何よりの問題は、ここから先は2本の道に分かれていて、その両方が割とすぐ行き止まりになっているってことだ。
(どっちの方が長かったっけ……、いや、どちらにしろ追い詰められるのは目に見えてるし、それを考えても仕方ない。どうしよう……)
とりあえず、それぞれの道の奥にあるものを思い出してみる。右の道はたしか、一軒家が4軒か5軒。左の道は、たしか古いアパートが1棟あったはず。
(……もしかして、あっちなら)

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黄昏時の怪異 その③

「そろそろ門限なので帰ります」
5時を少し過ぎた頃、宮城さんはそう言って帰り支度を始めた。せっかくなので私も一緒に帰ることに。どうやら千葉さんも同行してくれるようだった。
「それでは行きますか、宮嵜さん、茨城さん」
「はーい」
「千葉なんだけどなぁ……」
軽い世間話をしながら、帰途につく。そんな中、ふと思い出して千葉さんに訊いてみた。
「千葉さん、あの溜まり場、どんな風に見えてますか? 私たち二人の眼はちょっと頼りにならなくて……」
「どういうこと? まあ……家具らしき家具が全く無いことについては、ちょっと気になるよね。テーブルや収納やベッドすら無いんだもの。どうやって生きてるんだろ」
「そんなひどかったんですか」
そう宮城さんが反応する。私としては、見えているものの数倍良い状況だったから特に反応することでも無かったけれど。しかし、たしかに家具が全く無いというのは気になる。
「えーっと、どうも不思議な反応だけど、ミヤシロさんにはどんな風に見えていたんだい?」
「本棚とかテーブルとかソファとか、普通におしゃれな部屋だなー、って感じの部屋でしたね」
「霊感があるとそんな風に見えるんだ……」
「ちなみに、宮嵜さんからは廃墟みたいなボロボロの風景が見えているようです」
「それはつまり、どういうこと……?」
千葉さんは首を捻っているけれど、私にもよく分かっていないんだから説明のしようが無い。
「ちょっとよく分からないですねー」
「そうなのか……」
歩いているうちに、昨夜あのオバケから隠れるときにお世話になったお家の近くを通りかかった。
「……うげぇ、この家、すごいことになってますね」
宮城さんがそう呟いた。
「え、何が見えてるんですか」
「庭は何かに守られてるんじゃないかってくらい何もいないのに、家の方は何かに呪われてるのかってくらい大量のものすごいモノに引っ付かれてるんですよ」
庭だけが正常っていうのは、もしかしてあの柴犬のおかげなんだろうか。それより、すぐ近くにそんなものがいるところに隠れていたのかと思い返すと、全身に鳥肌が立った。今後は深夜に出かけるのは控えた方が良いかもしれない。

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黄昏時の怪異 その②

「千葉さんもやっぱり、その、能力者ってやつなんですか?」
「うん、まあそうだけども」
千葉さんはそう言って、肩掛け鞄からボール状のものを取り出した。
「それは?」
「大きい鈴だよ。触ってみる?」
そう言われて差し出された鈴を受け取る。両手にすっぽり収まるくらいの、そこそこのサイズの鈴だ。振ってみると、からからちりちりと鳴る。
「はい、大きい鈴でした」
「うん」
滅多に見ないものではあるけれど、長いこと遊んでいられるようなものでも無かったので、すぐ千葉さんに返すことにした。
「さて……僕の能力ってやつを簡単に説明すると、まあこういうことになる」
千葉さんはその鈴を右手で軽く放り投げ、左手でキャッチした。
「……? 何かおかしなことでもありましたか?」
「あれ、気付かなかったか……。それじゃあ、これなら分かりやすいかな」
千葉さんはそう言いながら、鈴を顔の辺りの高さで振ってみせた。
「……あ、音が鳴ってない!」
「正解。まあ言ってしまえば、『音を立てない能力』だ。ちなみに、この鈴ちょっと面白くてね、鳴り物の代わりに小さな鈴が中に入ってるんだ」
「へー」
不思議な鳴り方をするとは思ったけど、そういうことだったのか。
「まあ、こんな一発芸程度にしか使えないつまらない能力だけどね。よろしく」
「そんな、謙遜じゃないですか。よろしくお願いします」

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黄昏時の怪異 その①

学校からの帰り、あの男性のアパートに立ち寄り、宮城さんはいないかと探してみた。宮城さんは今日もあの部屋の前に立っていた。
「あ、どうも宮嵜さん」
「どうも宮城さん」
この人はどうも、毎度私が挨拶する前に私の気配に気づいているらしい。
「ああ、そういえば宮城さん」
「はいはい何でしょう」
「昨日の夜中……いや、1時くらいだから今日なのか。宮城さんの姿のオバケみたいなものに会ったんですよ」
「何それ怖い。私は良い子なので、毎日夜11時には寝てますよ。昨日も例外ではありません」
「じゃあ、あれはマジでオバケだったのか……田んぼに引きずり込まれそうになったもの」
「生きてて良かったですね……。私もお友達には生きていてほしいです」
恐怖体験はあったけれど、そんなことより彼女からはっきりと「お友達」と言ってもらえたのが嬉しかった。これなら、たまにオバケと遭遇するのも悪くないと考えてしまうのは、流石に危険すぎるか。考え直せ、私。
「……なんでお前らは、何をするでも無く扉の前に屯してるんだ」
あの男性が部屋から出てきて、私たちと鉢合わせざまそう言ってきた。
「ちょうどいい場所で出会ったので、立ち話してました」
宮城さんが答える。
「そうか。まあ好きにしろ」
「はいはいお邪魔します」
2人の後に続いて、私も部屋に入る。部屋の中は相変わらず廃墟にしか見えなかったけれど、今日は知らない顔がいた。私や宮城さんより少し年上くらいの男の人。宮城さんが話しに行っているってことは、話しても大丈夫な人なんだろう。
「宮城さん、その人は?」
宮城さんに近付いて行って、そう尋ねる。
「え、そんな名前だったの?」
青年がびっくりしたように反応した。
「あ、はい。申し遅れてましたね。ミヤシロといいます」
「ああ、うん……」
「そうそう、この人が誰かでしたっけ」
突然、宮城さんの会話の対象が青年から私に移った。
「あ、はい」
「えっと、この人は……茨城さん?」
「千葉です」
青年、千葉さんは食い気味に訂正してきた。
「そうそう千葉さん。昔から千葉と茨城ってごっちゃになっちゃうんですよね」
「地名じゃなくて人名なんだよなぁ……」

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夜は彼らの時間 その②

とりあえず、まずは元来た道を全速力で引き返し、逃げ回りやすい大きな通りに出る。人の多い時間帯なら人ごみに紛れて逃げられたんだけれど、時間が時間だから仕方がない。
宮城モドキはゾンビめいた雰囲気とは裏腹に、結構なスピードで追いかけてきている。
また腕を伸ばしてくるかもしれないので、十分な距離を保つように注意しつつ、向こうを撒けることを期待して何度か脇道に入って逃げ続けているけれど、奴はどうやってこっちの位置を捕捉しているのか、確実に追いかけてきている。
向こうの足が速すぎたのもあって、逃げ回り続けるうちにすぐに息が上がってきてしまった。このまま逃げ続けてもすぐに追いつかれるだろう。
(……ちょっと行儀が悪いけど、仕方ない)
目についた家の塀を乗り越え、庭に隠れさせてもらう。庭いじりに積極的なお家なのか、隠れるのに丁度良い低木や岩がそこら中にあるのが助かる。
べちゃべちゃという奴の足音が隠れている家の前を通り過ぎ、数秒後、引き返してきた。
枝の陰から覗いてみると、家の門の前で私のいる方をじっと見ている。思わず一歩下がると、足元にあった枝を踏んでしまったようで、ぱきっ、という乾いた音が短く響いた。
マズい、と思う間もなく、奴が泥だらけの両腕をこちらに伸ばしてきた。
私まであと50㎝も無いところまで腕が伸びてきたその時だった。私のすぐ背後で、太く低い獣の鳴き声が聞こえた。私が肩を跳ねさせるのと同じように腕もぴたりと動きを止め、腕を引っ込めて元来た方向に立ち去って行った。
改めて背後を確認すると、赤い首輪を首に巻いた柴犬が、私を見上げていた。あの鳴き声が出せるとはとても思えないけれど……。
「……あ、ありがとう、ございます……」
どうにか柴犬にそれだけ言うと、柴犬は誇らしげに鼻を鳴らし、3mほど離れた犬小屋に引き返していった。柴犬が振り向く瞬間、何か大きな獣の姿が重なったような気がした。

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夜は彼らの時間 その①

現在午前1時。親はすっかり熟睡中。ここからは私の時間だ。
いつも通りこっそりと家を抜け出し、真夜中の街に繰り出す。歩道には人っ子一人いないし、車道には自動車の一台も走っていない。この街に自分しかいないような錯覚。これが楽しいから、深夜徘徊はやめられない。
「……あれ?」
夜風の冷たさに思わず身を縮こまらせ、再び顔を上げると、少し離れた十字路を見覚えのある人影が曲がるのが目に入った。
(あれは……宮城さん?)
霊感があるらしいし、よく知らないけれど夜の方が良くないものが出やすそうだし、わざわざこんな夜中に外にいるなんて、何かあったんだろうか。
彼女を追って、彼女が入って行った道に入ってみる。50mくらい向こうの小路に、誰かが入って行くのがぎりぎり視界に入った。更に追う。そこは10mくらい入ると田んぼが広がる行き止まりだった。横道の類も見られない。まさか田んぼに落ちた?
遠くの街灯くらいしか明かりが無い、かなり暗い中だけれど、目を凝らして田んぼに近付く。観察していると、まだ若い稲の隙間に何かが動いた気がした。
「宮城さん?」
そちらに注意を向けたけれど、ふと嫌な感じがして数歩下がる。その直後、人間のものとは思えないほど長い泥だらけの腕が、直前まで私のいた空間に掴みかかって来た。腕はそのまま空を切り、その持ち主がゆらりと田んぼの中から現れた。
外見は泥水を頭から被った宮城さんそのものだけれど、明らかに人間とは思えない嫌な雰囲気を醸している。
(もしかして、宮城さんはこんな奴らをこれまで相手していたのかな……。そりゃあ『下手すりゃ死ぬ』なんて言うわけだ)
身体は恐怖で上手く動かないけれど、頭は冷静にそんなことを考えている。目の前の『何か』が宮城さんの姿をしているのも影響しているんだろうか。
一度深呼吸して、手を何度か握ったり開いたりする。大丈夫。落ち着いたら身体はどうにか動くようになってきた。
戦う術なんかあるわけが無い。今はとにかく逃げて、この場を凌ごう。

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見える人々 その④

宮城さんは門限があるからと帰ってしまった。私もそろそろ帰った方が良いだろうか。別にまた夜遅くになってから出掛ければ良いわけだし。
「それじゃあ今日のところは失礼します」
「うん、バイバイ。また夜にねー」
私の考えを見透かしたかのようなトモちゃんの言葉にびくっとしつつも部屋を出た。
相変わらず、このフロアは不気味な廃墟にしか見えない。階段まで向かうと、宮城さんがいた。
「あれ、宮城さん」
「ども、宮嵜さん。帰りご一緒させてください」
「あっはい」
彼女の家の方向が分からないから一緒に行って良いものか分からなかったけれども、それで良いと言うのならまあ良いのだろう。特に何か話すでも無く並んで歩き始める。
「……多分なんですが」
10分ほど無言で歩いて、周囲の人気が無い場所に入った辺りで、突然宮城さんが話し始めた。
「宮嵜さんの能力も、私のと似たようなものだと思うんですよね」
「あー、霊感みたいな」
「そうそう、霊感みたいな」
「でも、微妙に違う感じではあるっぽいんすよ。何て表現すればいいのかは分かりませんけど……」
「ふーむ……。こういうのは、場数を踏んで法則性を見つけてくのが一番なんですが……」
「場数を踏んで良いものなのか、かー……」
なるほど、悪霊の類と何度も出会うことになっても良くないだろう。
「そう。下手すりゃ死にます」
「えっ」
「私はこれまでに数度、結構な目に遭いました」
「わぁ」
「まあ幸いにも、宮嵜さんには私という推定そっくりさんがいますから。いつでも何でも話してください」
宮嵜さんは得意げにそう言ってくれた。
「そうですね、何かあったら頼らせてもらいます」
だから私も、そう答えた。