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LOST MEMORIES CⅤⅩ

「ヴァンパイアの彼にはお礼を。彼のおかげで、私も多少は安心してお嬢さまを送り出せます。」
指輪のことだろう。まだ薬指にはめているそれを見る。
「これ、返さなくてもいいのかな。」
チャールズを見やると、
「返す必要は、今はまだありませんよ。」
と言われる。
また、含みのある言い方。では、いつ返すというのだ。
「有り難く借りていましょう。」
質問の余地なしな間合いには口をつぐむしかない。
「でも、さすがに指は目立つよね。どうしよう。」
そう瑛瑠が言うと、チャールズはやっと立ち上がり、徐に瑛瑠の部屋を後にする。
一人残され、少し重く感じる自分の体をベッドから持ち上げようとすると、チャールズが戻ってきた。
「リングネックレスにしましょう。」
チャールズが持ってきたのは、チャームのつけられていないネックレス。
「それは?」
「ただのネックレスですよ。」
誰かの随身具とか、そういった魔力物の類いではないらしい。
指輪を外す。エタニティリングだ。それも、ハーフエタニティ。改めて綺麗だと思いながらチャールズに手渡す。そして彼もまた、その輝きに劣ることなく流れるようにチェーンを通すその姿は様になっていて。
そつのない動きを黙って見ていると、後ろを向いてください,という指示が聞こえる。
ベッドからやっと降り、チャールズの前に背中を向けて立つ。すると、今しがた通したばかりのそのネックレスを、瑛瑠に着けた。

6

LOST MEMORIES CⅣⅩⅤ

「……。」
聴力に難はないはずだけれど。
「ごめん、チャールズ。たぶん、聞き間違えてしまったと思うの。なんて?」
チャールズはねめつけて、もう一度口を開く。
「2日、目を覚まさなかったんです、お嬢さまは。」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。それにしても、2日という時間が流れていたとは。
「よく、お医者さまに診てもらおうという思考にならなかったね。」
何もかわりないのだ。目を覚まして、そういえば保健室にいたよなということを思い出さなければ、深夜に目が覚めてしまったことと何一つ変わらないし、違和感もない。
心配されたいなんてさらさら思わないが、変に過保護なチャールズがこの状態をそのままにしておくとも考えられず。
どこから聞けばよいかわからず、思ったことがそのまま口をついて出てきてしまったのは仕方ないとも思う。
チャールズが何も言わなければ、自分の着替えをまさかチャールズがやったのかと聞こうかなんて呑気に思っていると、
「ウルフの魔力にあてられた体調不良を、どうお医者さまに説明するんです?」
と返される。確かに。
じとっと向けられたその目を見つめていると、チャールズは深い深い、それはもうマリアナ海溝より深い溜め息をつき、再びベッドの、瑛瑠にかけられた布団へと顔を埋めた。

8

LOST MEMORIES CⅣⅩⅡ

はっとしたときには、目が覚めていた。
「夢だ……。」
人間界に来てから見る夢は初めてではなかったが、ここまで鮮明に残っているのは今日が初めて。身に覚えのない夢。
しかし、心臓がばくばくいっている。いつぞやの、チャールズによる心臓の労働過多とはまた違う、嫌な感じ。
見慣れた天井。ここは自分の部屋。額には生ぬるく濡れたタオル。
「保健室にいたんじゃ……。」
左手の薬指には、確かに英人に借りた指輪がはめられている。
上半身を起こすと、嫌な汗が背中を伝った。
目の前には白。瑛瑠のベッドのふちに突っ伏して眠るチャールズの頭。
体が重い。そして、状況を把握できていない。さらに、身に覚えがないとはいえ、夢の内容はパプリエールの過去に違いなくて。
壁にかかる時計を見る。午前2時。どおりで暗いはずである。目はその暗さに慣れ、いっそカーテンから漏れている月の光が眩しい。
濡れたタオルと突っ伏し具合からみて、ずっと付いていてくれたのだろうと察する。
彼こそ、夢に出てきた彼。やっぱり、初めましてじゃなかった。そう思う。しかし、瑛瑠はチャールズを忘れ、チャールズは瑛瑠に嘘をついた。なぜ。
さらに、エルーナを名乗るあの少年も、きっと知っている。しかし、あんな過去は知らない。狐のことも、知らない。
最後の浮遊感。あれは、投げ飛ばされたのだ。ジュリアという彼女に。

9

LOST MEMORIES CⅢⅩⅤ

どうしようと頭を悩ませる彼女を前に、どうすればいいかわからない子ども2名。
ジュリアの目が光った。
「ジュリアたちはね、指令を受けて人間界にいたの。その指令っていうのが、東雲を鎮めること。今暴れてる狐が、その東雲。」
時間がないのは百も承知である。彼女は説明することを選択した。
「東雲を鎮めないと魔界が危ない。なのに、東雲がここに来ちゃった。それを止めるために、ジュリアたちもここに来た。」
わかったようでわからない。
エルーナの質問、何してたの?どうしてここに来たの?
狐を鎮めろという指令に従っていて、その狐が魔界に来たから追いかけてきた。
その狐は何者なのだろう。なぜ魔界が危ないのだろう。
どうやらジュリアはエルーナの質問に答えただけ。それ以上を説明するつもりはないらしい。
「さっきので、東雲に見つかった。こんなに離れてるのに……。」
悔しそうに言うジュリア。
「君たち二人は、何がなんでも逃がさなきゃ行けない。」
「どうして……?」
思わず声が出てしまった。条件反射だ。
「未来のこの世界を背負う子たちだから。」
3人の隠れていた壁に衝撃が走る。
ジュリアが羽織るマントに、パプリエールとエルーナは包まれた。
「出口は塞がれちゃったけど、絶対に道は作るから。だから、ふたりは必ず逃げて。」
「姉ちゃんは!?」
エルーナが叫ぶ。もはや悲鳴に近い。
「大丈夫、エルをここから逃がすまでは一緒にいる。」
彼女の目はもうこちらを向いていない。
残酷な言葉だった。