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よしなし

「子どもはピーマンが嫌いである。少なくとも食べていきなり好きになった人はいないだろう。なぜなら子どもの腸内にはまだ野菜のアルカロイドを分解する菌が育っていないからである。野菜の苦味は毒素と考えてよい。もちろん野菜を食べることで育つ。母乳の影響もあるだろうが。
 子どもに好き嫌いをしてはいけないというが、そもそも日本人の腸はピーマンなど外来の野菜を分解するのに向いていない。ピーマンやほうれん草が嫌いな子どもがいても蕪が嫌いな子どもはあまりいないだろう。トマトも野生種に近いような酸味の強い種が敬遠され甘い物が志向されてきたのは日本人に合うからである。
 ピーマンのような凶暴な文化を取り入れなければ大人になれないのが現代社会である。メタファーとしてのピーマンを、わたしは食べることができたのだろうか」
「おじさん、急いでるから早くしてくれる?」



「はーい。今日は最近、SNSで話題になっているパン屋さんに来ていまーす。……こちらのあんパンは一〇円。こちらのクロワッサンは五円。どうしてこんなにお安いんですかぁ?」
 レポーターがマイクを向けると、感情移入を拒絶する爬虫類の目で店主は言った。
「腐ってるんです」



「人類だってバクテリアから進化したものだ。バクテリアにだって意思はある。人間の意思はバクテリアの延長だ。それを自動機械ととらえるかどうとらえるかは自分しだい。バクテリアの記憶も脳の記憶も筋細胞などの記憶も同じものなのだ」
「君がそのバクテリアなのだ」
 だそうだ。


 久しぶりに銀座に出た。老舗デパートのレストランでフレンチを食べた。料理を写真に撮り、インスタにアップした。
 冷たいものが飲みたくなったのでコーヒーショップに入った。学生時代の友だちから、ラインが来ていた。結婚するのだそうだ。適当なスタンプを送っておいた。
 父からラインが来ていた。スルーした。
 ワンピースを買った。帰宅してから、インスタにアップした。いいねがたくさんついた。
 バスグッズを並べて撮影し、インスタにアップした。
 髪を乾かし、ネイルを落としながら動画を見ていたら眠くなった。寝不足が続いていたので、早めに寝ることにした。
 ベッドに入り、朝から一言も発していないことに気づいた。

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わたし

 通学途中、駅のホームで、わたしを凝視している中年サラリーマンがいるなと思ってよく見たらわたしだった。
 そんなばかな、わたしはここにいる、だいいちわたしは男ではない、中年でもない、女子高生だと自分に言いきかせたが、どう見てもその中年サラリーマンは自分なのだった。
 中年サラリーマンが近づいてきた。
「僕じゃないか、何やってるんだ。こんな所で」
 わたしはショックで言葉を発することができなかった。
「まさか僕の前に現れるとはね。……とにかく家に戻ろう。まいったなぁ、今日会議なのに」
 中年サラリーマンがわたしの手を握り、引っ張った。わたしが振りほどこうとすると、中年サラリーマンは声を荒げて言った。
「いい加減にしろ! 君は僕なんだぞ」
「どうしました?」
 若いサラリーマン三人組がわたしたちの間に割って入った。
「いや、この子が……」
 中年サラリーマンが説明しようとする。
「お知り合いですか?」
 三人組のなかの先輩っぽいのがわたしにきいた。
 わたしは首を横に振った。
 先輩っぽいのが目くばせした。中年サラリーマンは、後輩っぽい二人にがっしり肩をつかまれ、先輩っぽいのに先導される形でホームから消えた。
 電車に乗り込むと、一気に力が抜けた。わたしはバッグからコンパクトミラーを取り出して開いた。わたしが映っていた。わたしはわたしだった。もう大丈夫。

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クーデター

「わたしは流行に左右されないの。
 って。
 むかしの流行引きずってるだけでしょう。
 つまりだからあなたも流行に左右されているのですよ」
 知をともなわない想像を妄想という。
 ある先進国の出来事。自己効力感が得られる場所が職場以外にない五十代の男がつい暴走してしまう。派遣社員の若者に声を荒げて五分少々、ヤンキーが因縁つけるがごとく詰め寄ったのだ。したらさすがいまどきの若者、すぐには反撃せず、その場から逃げ、男の上司に相談。男は上司より年上であることもありなかなか興奮がしずまらなかったが、なんとかなだめられその日は落ち着いた。
 さて翌日、男は上司に呼ばれ、上司のさらに上司に叱責される。もちろん男は納得いかない。悪いのはあの若者だ。だいたい日頃から態度がなっていない。社会の先輩として教育してやらなければ。と、若者をいじめるようになる。若さに対する嫉妬があるから執拗さがパない。若者は退職する。
 一年後、クーデターが起き、先進国は軍事国家となる。クーデターのリーダーは例の若者。若者は、五十代になったら試験をパスしないと若者に発言できないという法律をつくる。男は、不満分子としてとらえられ、処刑されてしまう。
 エピソードに言葉のタグづけをすることで記憶は長期にわたって保存される。
 人口の少ないところに住んでいたら自意識過剰にならざるを得ない。

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カカユキヤカハ食べたことありますか

 花火が鳴った。祭りが始まったのだ。僕は一日ベッドで本を読んでいたかったが、妹にカカユキヤカハをせがまれていたから、しぶしぶ着替えて、会場の公園に向かった。
 ゆあを中心とした派手なグループが、ステージの前でわいわいやっていた。ゆあの二つ上の彼氏のバンドが、演奏するのを見に来たのだ。ゆあがカカユキヤカハを買っている僕を見つけて、近づいて来た。
「ひと口ちょうだい」
 ゆあが言った。僕はそういった不衛生なことは嫌だったのだが、ゆあは勝手に袋を開け、手を突っ込み、カカユキヤカハをちぎった。暑さで少しとけかかったカカユキヤカハのかけらが、口の中に消えた。ゆあはマニキュアを塗った指を舐めると、グループに戻った。バンドの演奏が始まった。僕はステージに背を向け、帰路についた。
 リビングで人形遊びをしていた妹にカカユキヤカハの袋を渡すと、妹はすぐに袋を開けた形跡があるのに気づき、「お兄ちゃん、つまみ食いしたでしょう」と、からかうように言った。
「うるさい。買って来てやったんだから文句言うな!」
 つい怒鳴ってしまった。すると妹はびくっとしてしばらくフリーズしてから、「お兄ちゃんのばかぁっ!」と言って隣の部屋に行ってしまった。
 僕は、あははと笑った。認知的不協和を払しょくさせるための笑いだ。
 本を閉じて、天井を見上げた。僕に妹はいない。カカユキヤカハなんて菓子も存在しない。