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桜木ノア #03 5月7日(火)

ゴールデンウィークの明けた今日この日。桜木ノアを取り巻く環境は再び変化を見せた。
先々週時点で桜木ノアはクラスメイト達から避けられていた。彼女とろくに話もしていない連中が悪評を流し、彼女との間に壁を築くことに成功したのだ。
しかしこの休みの間に、その壁の名前は『嫌悪』から『無関心』になったらしい。執拗に嫌がらせを受けることはなく、しかし受け入れられもしない、というのが桜木ノアの現状だった。
彼女がSNSのアカウントでも持っていれば、この状態はもっと酷いものになっていただろうが、彼女の持つ連絡手段はメールか電話なので、事態が悪化することはなかった。
クラスメイトの中で最も時間を共にしているであろう俺からすると、この状態は気持ちの良いものではなかったが、しかし、何をすることも出来なかったというのが事実だった。
いや、そもそもの話。

彼女はクラスメイトとの間に壁が出来ていることを気にしていなかった。

嫌悪されている間は居心地が悪そうだったが、嫌悪が無関心へと変わると、むしろ居心地が良さそうだった。彼女になぜその壁を気にしないのかというのを遠回しに聞いたところ
「だって、嫌われるのは周りにも迷惑じゃない? 嫌なヤツがいるな、と思いながら過ごすのは誰だって嫌じゃん。でも、今は、『いてもいなくても変わらない』って感じでしょ? それが一番ちょうどいいかなって」
と答えた。
ここで『俺はお前がいたほうがいい』とか言えれば物語のヒーローになれそうなのだが、実際に俺が言えたのは「ふーん」という意味のない返答だった。
だから、俺は彼女の言葉の真意にいつだって気づけないのだ。

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平成は変わらない

駅のホームにはデカデカと「平成」と書かれ、今を追い求める人々が電車が来るのを浮き足立って待っている。平成の駅で令和の判が押された饅頭を売りさばく人たち。そんなに焦らなくてもいつのまにか時はすぎるのに。
私はそんな人々を眺めるのにも飽きて、ベンチに腰掛けながら小説を開く。昭和に生まれ、平成にベストセラーを売り出した小説家。令和へ行こうという時に大正の物語を読んでいる。きっと令和の時代か、その後の時代に現代文の教科書に載り、生徒たちの頭を悩ませることになるのであろう作者と題名。

そう。
結局、そんなものだ。

平成という題名のついた時代の中で、主だった出来事の名前だけを覚えて、解答用紙に書き込むような、そんなもの。
令和に降り立ったからと言って、何が解決するわけでもない。結局は日常の続き。ずっと先まで行けば振り返ることすらなく、その時代の有名人たちが縫いとめられる場所。
それがここ、平成だ。そして次の令和もいずれはそうなる。
もうここには二度と帰ってこれない。だから、この場所とはお別れするわけだけれど。
私は立ち上がり、コインロッカーの中の荷物を取り出して、超満員の電車に乗る。

死んだら、また会おう。

誰もいなくなったホームにそう呟く。

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桜木ノア #02 4月22日(月)

桜木ノアのパンチの効いた自己紹介から2週間が過ぎた。
俺は、桜木ノアと、友達と言うには浅く、しかし知り合いと言うのは薄情になるくらいの関係になっていた。まあ要するに、ちょっと、ほんの少しだけ、仲良くなっていた。
理由は明確。部活だった。
部活の体験に行った際、同じ方向に桜木ノアがやって来た時点で気づくべきだったのだろう。これはまさかと思いつつ部室に行くと、当然彼女も部室に入り、クラスが同じだからという単純な理由でチームを組むことになってしまった。『マジか』という言葉が思わず口から出そうになったのは言うまでもない。
しかし、俺にはあからさまに相手を避けるような趣味はないので、まあ上辺だけと思いながら、桜木ノアと話し始めた。

意外に話の合うやつだった。

それは好きなバンドや歌手が同じだったと言うだけのありふれた理由だったのだが、正直、宇宙人と話しているんじゃないかというくらい話が合わないことを想定していたので、俺は素直に驚いた。話しかけて来た外国人が日本語を流暢に喋ってくれた時と似ているのではないかと思う。(そんな経験したことないが)
その日本語を流暢に話す外国人と、しかも音楽の趣味まで合ったわけで、こうなるとテンションが上がるのも仕方なかった。
そうして思いのほか趣味の合った桜木ノアのイメージは、俺の中ではかなり変わったのだが、クラスメイト諸君はそうもいかない。
俺は、桜木ノアがグループワーク等必要に迫られた場合以外に、クラスメイトと話している姿を見たことがなかった。
いや、訂正しよう。

クラスメイトたちが必要に迫られた場合以外に彼女と話そうとしているのを見たことがなかった。

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桜木ノア #01 4月8日(月)

「私はここに問題を抱えている」

桜木ノアと名乗った少女はそう言った。右手で銃の形を作り、それを自らの頭に突きつけながら。
入学式後のLHR。まだ様子を伺っている生徒が多く、好きなものがなんだとか、誕生日はいつだとか、当たり障りないことを口にしていた中、彼女はそう言い放った。
そして、クラスメイトの大半が思ったことだろう。『たしかに頭がおかしそうだ』と。
知り合って間もない生徒たちが皆一様に呆気にとられる中で、彼女は「けれど!」と続けた。

「私はここでどうにか生きてやるつもりだから。よろしく」

念のため言っておくが、サバイバルゲームやデスゲームは実施されていない。ここはなんの特徴もないただの学校である。それにも関わらず、彼女は『生きてやる』と宣言した。
案の定、俺を含むクラスメイトは皆ポカンとしたまま、席に戻っていく桜木ノアを見送った。
桜木ノアが自己紹介をしたのは、まだクラスメイトの半数にさしかかろうかという時だったのだが、全員の自己紹介が終わってもなお、彼女の言葉は妙に記憶に残っていた。
実は、彼女はその時、自分の決意を込めて『生きてやる』と宣言していたのだ。だから、それは自己紹介と言うより、決意表明と言った方が正しかった。
だがもちろん、この時の俺はそんなことを知るよしもない。

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名前も知らないあなた

高校へ行くために乗る電車の中。
私が乗る時間は朝一番だからあまり人がいない。
だけど毎日私と同じ便に乗る人がいる。
それが、あなた。
名前も知らないし、話したこともない。
「(こんな時間に乗るなんてどこの学校なんだろ…)」
制服を見た限りだと私が通っている高校ではないみたいだ。
きっとこの時間に乗らないといけない程遠いところなんだろうな。

初めてあなたに出会った時はこんなことしか思ってなかった。

いつからだろう。
違う感情を抱くようになったのは。

毎日この時間にあなたと同じ空間で過ごせることが出来る。
あなたが私の目の前に座ってくれる。
それが私の楽しみになっていた。

私はあなたに恋をしたんだ。

ある日のこと。
その日は偶然に、本当偶然にも寝坊をしてしまった。
「(もう最悪だよ…あの人に会えないじゃん…)」
ま、寝坊した私が全て悪いんだけどね…
そう思いながら普段乗る便の1個後の電車に乗った。
あーあ…今日は一緒になれないよな…
ブルーな気分で吊革をつかむ。
やっぱり通勤ラッシュの時間帯だから人が多いな…
どんどん各駅に停車する度に人が増えていく。
ぎゅうぎゅうになってきた。
「(せ、狭い…)」
パッと顔を上げた瞬間前の人と目が合った。
それは私が密かに恋するあの人だった。
「(ち、近いよー//…)」
ドキドキしてる。今までにないくらい鼓動が早くなってる。
どうかあなたに聞こえていませんように。

…だけどちょっとだけこのままでいたいななんて思ったり。
あと少しだけ、
このままでいてもいいですか?


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主人公が恋してる「あなた」sideも書こうと思ってます!

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