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東京

俺は体質的に花粉が酷いと鼻よりも目に影響が出る関係で,久しくベランダに出られなかったが,今日は久しぶりにベランダに出てみた。
近隣の高層マンションに遮られて見えない筈のタワーの夜景も,とある企業のオフィスビルの窓に反射して見えている。
先程,そのタワーのネオンの色が少し変わったようだ。
実を言うと,これってめちゃくちゃ貴重な景色なんだぜ?
雲がかかると霞んだりネオンに雲が反射したりして見にくくなるし,花粉や黄砂といった大気汚染物質や靄がかかったりすると,この夜景はそもそも見えなくなるからな。
だから,見られる頻度が高いとしても季節や天候に左右されるからなんとも言えないなぁ…
夜風はいつも通り心地よい。
これがまさに,母校の中学の校歌にもある土地そのものなのだろうな。
久しぶりにナハト・チャイ(夜景をお茶菓子代わりにお茶を淹れて飲むことで,ドイツ語の夜という単語とロシア語で茶を意味する単語の造語)でも楽しもうと思ったが,生憎茶葉を切らしているので無理だ。
まあいいさ。
お茶がなくてもこの夜景は俺の地元出身者の特権だ。
好きで仕方ないなぁ、この美しい故郷。
東京をよく知らない地方の人は俺の地元を「騒がしくて人が住めない街」って勘違いすることが多いし,東京のことをコンクリートジャングルって呼ぶけど,個人的にはそんな風に呼ばれるのは「空気が汚く,忙しくてわけが分からない場所」と言って故郷をボロクソに罵倒されている気がして本当にイヤだ。
言葉は悪いが,コンクリートジャングルなら近年発展している国々の都市部に行けば高層マンションやその他の高層建築物が文字通り林立しているし、アジア,特に韓国なら地方都市や郊外でも無機質な高層ビル群は見られる。
でも、東京という街の存在は世界にたった一つしかなく,各個人と同じで唯一無二の存在だ。
東京はかつて大名屋敷の街としての歴史も歩んだのだからありし日のお屋敷の庭園が今でも残っている場所は多く,緑豊かで桜の名所もある。
それから、文化の面でも他所の土地に引けを取らない位素晴らしいものが紹介しきれない程沢山あるし,実は江戸,東京が発祥のものは意外と多い。
俺はそんな歴史と自然,そして夜景と様々な地域の文化が入り混じって生まれた唯一無二の都市,東京が,生まれ故郷が大好きだ。

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これってどうなる?

一部まだ結果が出ていない大学を除き,俺は入試全滅した。
その状況のまま高校の卒業式を迎え,お世話になった世界史の先生にアーサー・ウェルズリー,俗に言うウェリントン将軍のことを引き合いに出して入試リベンジを誓った。
確かに,俺は先生に対して「ウェリントン将軍は確かにウォータールー,フランス語読みワーテルローの戦いで最終的にナポレオンを打ち破ったことで知られていますが,その前はナポレオンに敗れることもあり,常勝将軍ではありません。自分もウェリントンのように,今は負け続けであっても最後には大学入試で勝ちます。」というメッセージを送って卒業したのだが,大学入試にリベンジする上で優位に立つために英語の外部試験をもう一度受けようと留学先を探していたら条件に当てはまるのはフィリピンの学校ばかりで,その試験対策用の専門コースで勉強できる学校は設備面と環境面を考慮すると候補になる学校はルソン島北部,かつて戦争末期に米軍にマニラを再占領された日本軍が無理やり司令部を移した歴史を持つ山あいの街,バギオの学校とセブ・マクタンエリアの学校で合わせても五本の指に収まるのだが、その中にはかつて中学2年の夏に2週間の短期留学でお世話になった学校もある。
もし,本当に昔通ったあの学校に行くことになったら,俺は凱旋したってことになるのか?
というか,それって凱旋に入るのか?

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これは…マズいな

俺が書き上げた『ユーラシア大陸縦横断旅』シリーズの改訂版を大手サイトに投稿しようとして加筆修正していたら自分のリサーチ不足が露呈した!
実在の鉄道や都市,自分の思い出が題材なだけに鉄道の時刻表は見ておかないといけなかったけど、受験が近いせいで突貫工事で書き上げた。
そしたら、スタートのシンガポール到着の段階から行程が狂い出して、経由地である中国の描写に至っては、朝早い時間に北京発モスクワ行きのK3列車が出るのに、本来北京発モスクワ行きのK3列車が出ているはずの時刻には、まだ北京から高速鉄道で4時間近くかかる街に滞在していてホテルで寝ていることになってるから時空が歪んでるような書き振りになってるし、そのせいで「想い人の誕生日に夜景が輝くパリのセーヌ川クルーズでプロポーズする」という1番大切な描写も実際の時間を計算すると全く日付が合わなくなって台無しになり、イギリスのパートでも、滞在することになるバローという街には空港が無いって言う描写があるけど、実際には空港があったという感じでリサーチ不足のせいで完全に一から書き直さないといけなくなってる!
リサーチ不足も「ある程度」はあるから修正が必要って実感してたけど、こんな大規模な書き直しが必要になるのか…
しかも,マレーシアでは知らぬ間に、と言っても昨年の7月の段階で列車の運行系統が変更になっていて、作中で登場したジョホールバル〜クアラルンプール直通便はマレーシアの鉄道事業者公式サイトから調べても出てこないという始末…
そういうリサーチ不足に伴う事実との不一致も作品を通じて多くても3つか4つしか無いと思ってたけど、まさか出だしから書き直さないといけないレベルで齟齬が生じてたなんて思わなかったよ〜(泣)
これじゃ、俺の作品があの娘の目に止まるのはいつになるのか…
あの娘がよく小説読むのに使っているというサイトで、俺も使っているのがあったのを思い出して、そこに投稿しようと思ったけど、そもそも書き始めからやり直すんだから下手するとあと2年かかるんじゃないか?

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卒業へのメッセージ

母校の皆様、本日は「卒業生を送る会」で幾つもの粋な計らいをしてくださり,ありがとうございました。
在校生の生徒会の皆さん、司会の会長さんによる「プレゼントのパフォーマンスの間、卒業生による席の移動は自由です」というアナウンスのおかげで,幼馴染の隣の席が空いて幼馴染と幼稚園時代のように隣同士でパフォーマンスを観ることができました。
中高一貫で中学に校内異動された昨年までの世界史の先生、ビデオレターで名指しこそしなかったものの、卒業生は皆僕のことだと分かる表現で僕のことを後輩達に紹介してくださったおかげで,後輩達との関係が一切無かった僕が最後まで誤解されずに済みました。
今年お世話になった世界史の先生、僕が書き上げたあの大作となった世界史の資料をご覧になった後、僕が感想を伺った際に「前任の先生からのバトンをうまく繋げられたようで嬉しい」と仰ったことは忘れられません!
先生がなさった夏休み中のとあることは、僕達世界史選択のクラスの歴史にしっかりとその名を残しております。
卒業アルバム製作委員会の皆様、僕のことを色々と取り上げてくださり,ありがとうございました。
おかげさまで色々と忘れられない思い出になりました。(流石に実在の紙幣に使われている偉人の肖像の代わりに俺の写真が合成されたのでは向こうの国の人に申し訳ない)

共に高校3年間を過ごした幼馴染の君、俺の卒アルに寄せ書き第1号を書いてくれてありがとう!
寄せ書きの文字の達筆さ、やっぱり君は昔と変わってないね。
君とは幼稚園時代からの付き合いだからこそ、君の卒アルに俺は寄せ書きを必ず書くと決めていたけど,相変わらず字が汚くてごめん。
「君らしいね」と言って笑って時々思い出してくれると嬉しいな。
それから、入学時と卒業時で同じクラスになった阪神ファンの君、君は初登校の日に「阪神ファンだからと言って敵視しないでください」と自己紹介していたのに、常に側で「闘魂こめて」を歌ったこと笑って許してくれてありがとう。
今思うと、俺ってとんでもない男だったんだなw
それから、同級生の皆,俺達はまだまだ若いから,成長し続けるよ!
また明日の卒業式で一緒に会おうな!

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明日で卒業

在校生はコロナ対策の関係で卒業式に参加できない為、今日在校生に僕らの門出を見送ってもらい、そのまま卒業アルバムを受け取り、幼馴染とお互いに寄せ書き第1号を交換して今後も親友として付き合うことを約束しました。
今まで実感があまり湧いて無かった「卒業」の2文字が今日になって鮮明に浮かび上がり、帰り際、お互いの中学時代(学区は隣同士だが中学は別だった)や、小学6年の夏休みに彼と再会したイギリスのロンドン、その後に滞在したヨーロッパのこと、僕が作った世界史の資料、お互いの高校初登校日、それからお互いの家族の近況について語り合いながら下校し、最後に彼と初めて出会い、苦楽を共にした思い出の幼稚園を見ました。
幼稚園の外見は当時と変わらず、僕らよりも10年ほど前に卒園された先輩方が寄贈してくれた壁の絵もそのままで非常に感慨深かったです。
誕生日、幼稚園のかけっこと彼に先を越されたことは色々ありましたが、まさか大学進学まで先を越されるとは思っておらず、悔しかったけれど、彼になら先を越されても仕方ないと思うようになり、お互いの健康と明日,卒業式本番での再会を約束しました。

最後に、そんな幼馴染へのメッセージを書きたいと思います。

君も知ってると思うけど、俺は外遊びよりも家で本を読む方が好きで、幼稚園に入る迄は俺、友達が1人もいなかった。
でも,年中からと言えど君と同じ幼稚園に入って君が友達になってくれたおかげでお互いに家族絡みの付き合いが生まれて、その後ロンドンまで会いに行くことができた。
俺達が離れ離れになっていた9年間、色々なことがあったね。
俺は東日本大震災の後,卒園式直後に韓国の親戚の元に身を寄せたけど、俺が東京に帰った頃には君は区内の別の小学校に通うようになっていてひっそりとイギリスに飛び立ったね。
そして小6の夏休み、ほんの数十分だったけど、とある駅で6年ぶりに再会した。
その後君同じ高校を受けてお互いに受かってクラスメイトとして仲良くしてくれたことを覚えてるよ。
君とはそれ以降同じクラスになることは無かったけど、君が大学に受かったことは同じ幼稚園の仲間として、嬉しいよ。
合格おめでとう。
俺達は明日で高校卒業するけど、また高校の初登校日や今日の下校時みたいに笑顔で語り合える日が来ることを願ってる。
これからもよろしくな!

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みんな違ってみんな良い…筈なのに…

別に、俺は頭が良いわけではないし、今の流行についていっている訳でもない。
今の音楽に興味があるわけでも,漫画や小説にあるような「青春」に縁があるわけでもない。
ただ、俺には胸を張って言える特技がある。
それは、相手の人が英語か日本語に堪能ならば、俺は世界中の人とお互いの出身国や地域の話をすることができるということだ。
でも,別にそれは俺の頭が良いからではない。
みんなに分かり易く例えるなら、「自分が『好きな人に相応しい自分になるために垢抜けたい』という気持ちがあった」というだけの話さ。
ただ、俺が「垢抜けたい」という思いを実現する為に使った手段がダイエットとか化粧品、SNSでは無くて歴史や地理、国際法といった学問の分野であるというだけのことさ。
ただ、そのせいで俺は同年代との間で話が合う人がほとんどいないし、大規模にガツンと話し合える人が周りにいないことが悩みの種だ…
この悩みってどう解決すれば良いのかなぁ
どうすれば良いんだよ…
想い人のあの娘はSOLに縁がないせいか反応してくれないし、今直接会ったり連絡したりできる間柄の仲間って鉄道ファン仲間しかいないからなぁ…
俺ってメンタルの弱さを歴史上の事柄を引き合いに出して皮肉にしてカバーしてたけど、中々通用しないからなぁ
誰かアドバイスくれないかなぁ

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引退する東京都交通局5300形へ

僕が生まれる前からずっと東京の鉄道ファンの憧れとして走り続けてくれて、そして海外に行く機会が多くて羽田へ行く時にも京急に直通して羽田空港へ、そして失恋した時に傷心で行った浅草や横浜へ僕を運んでくれて辛い時の心の支えになってくれたことや思い出を乗せて走り続けてくれたこと,今でも忘れていません。
本当にありがとうございました。
京急からドレミファインバータの車両が全て消えた後も制御機器の独特な音を響かせてくれた貴方は都営地下鉄ファンのヒーローです。
その奇妙な音から「白い悪魔」と呼んだことを引退前の今、謝ります。
本当に申し訳ありませんでした。
1994年7月からのロングラン、お疲れ様でした。
同期や先輩、そして後輩も旅立ってしまっても、最後まで残って健気に東京の地下を、神奈川県の海の近くを、そして千葉県の大地を走り続けた貴方の勇姿は絶対に忘れません。
貴方がデビューしてから10年経った年のある日,僕は貴方の職場から少し離れた東京の一角で,貴方と軌道幅が同じ大江戸線と関係のある、とある町で生まれました。
それから少しして,東京メトロ副都心線の開通を見に父親に連れられて行った東新宿駅のホームに貼られていた羽田空港の宣伝で飛行機の翼が生えた貴方の画像を見て「浅草線、カッコいいね」と父に語りかけた日を昨日のように覚えています。
あの画像はもう貼られていないけれど、ある時無性に恋しくなって東京中を探し回り、成就しなくて泣きながら帰り際に貴方の後継車両に当たる新型車両に乗り込み、降りる予定の駅で対向ホームに貴方が止まっていたことにショックを受けて翌日寝込んだこともありました。
ともかく,貴方が28年間走り続けたこと、まだ幼いのに震災に伴う節電で辛い思いをしている子供達に、運用を減らされながらも走り続けて勇気を与え励ましたことは素晴らしいです。
そして、僕も貴方の姿に勇気と希望を与えられ,大変な時期を耐え抜いた男の子の1人でした。
貴方をヒーローと同一視したあの小さくてふくよかな男の子は成長して18歳になり,貴方と同じように高校という運用から卒業します。
東京の後輩として、最後に一言言わせてください。

大好きな浅草線のお兄ちゃん、僕の成長を見守ってくれて,僕が高校卒業するまで引退を待って1人で寂しい中走り続けてくれて本当にありがとう!