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憧憬に泣く 4

「それで、善くん。彼自身の心身もそうですが、やはり業務に参加しないのも問題ではありませんか」
 少年が質問すると、部隊長は「ふうん」と溜め息を吐いて立ち上がった。代わりに今まで座っていた場所に磨いていた獲物を放り投げる。いつも少し訓練中に目を離しているだけでこっ酷く怒られているので、それを見て少年は反射的にビクッとした。
 そんな様子も気にせず彼は窓際まで行って、巡視当番のスパークラーがせわしなく辺りを見回す様子を見下ろした。ここは5階なので地上にいる人間がずいぶん小さい。
「では君、この2日間、彼がいないことで業務に支障が出たことはあったか」
 至極冷静に訪ねた。窓の外を向いていたので、表情は見えない。
「そ、それは……」
 部隊長が何ということもないように投げた問いに、言葉が詰まった。
 そうだ。自分でした問いながら、本当は答えは出ていたのだ。
 もともと善は補充枠ではなく追加枠で入隊してきた者。その上9自成隊は人手不足だった訳ではない。今回も補充枠から溢れた人員をおおよそ名前の順に割り当てていったと、そのパターンであることは想像に難くない。また、単純に彼は新人だ。つまり、善が業務に参加しなかったところで、何ら問題はないのである。
 それでも、少年は引き下がりたくなかった。善は15歳。まだ子供だ。そんな未熟な人間に一人でこれを乗り切れというなど、余りに酷だ。自分と年も近いため余計他人事とは思えない。
「行ってあげましょう。こんなの、善くんには耐えられません」
 少年は半ば懇願するような口調になる。
「行かねえよ。言ったろ、ほっとけって」
 しかし部隊長はいとも容易く申し出を突っ撥ねる。
「じゃあ自分が行きます」
「いや、それは駄目だ」
「何故です」
「命令だからだ。子供は黙って優秀な大人の言うこと聞いてればいーの。さ、分かったら自分の部屋に帰った帰った。分かってなくても帰ったー」
 そう言って部隊長はシッシといい加減に片手で追い払う仕草をして、そっぽを向いてしまった。少年はまだ少しも納得していなかったが、言い返すこともできず「失礼しました」と娯楽室を出た。

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憧憬に泣く 3

 部隊長は少年がやって来る前にすでに娯楽室で待っていて自らの弓矢型フォトニック・アームズを磨いていた。『開けたら必ず閉めろ!』『内鍵使用禁止!』 の張り紙がされた扉のドアノブを捻り彼を正面に見受けると、驚きつつも電気を点け一礼する。
 娯楽室は教室より一回りか二回り小さい部屋で、グレーの2、3人掛けのソファが2つ向かい合い、その間に木製の小さなテーブルが置かれている。また、部屋の南には折りたたみテーブルとパイプ椅子、ホワイトボード、スクリーンが並ぶ。窓は部隊長の座る北側に1つあるが、採光機能はなく、電気を点けない昼間は薄暗い。だからこの娯楽室はスライドで作戦を確認するか、映画を見るか、大人数でボードゲーム大会をする以外には殆ど使われない。
「おっせーなぁ、待ちくたびれちまったぜ。……んで、用ってなんだよ。俺ァこれからアイスタ(アイドル・スターズというスマートフォンゲームの略称)のイベントに参加しなきゃいけねーんだよ、だから手短に頼む」
「善くんこと放ってゲームですか」
 少年は彼にしては低い声で呟いた。いい加減な上官への憤りを物理的攻撃に自動変換しないようにするので精一杯だった。
「上官のこと呼び出しといて態度がでかいぞ。これが一昔前なら往復ビンタもんだぞ」
 不満を垂れ流す部隊長を無視して、少年は手が出る前に単刀直入に本題に入る。
「隊長、善くんのこと、良いんですか?」
「いーんだよ。ああいうのは新人にはよくあんだよ……特に、憧れだけでスパークラーになった、絵に描いたようなプロパガンダ坊やには」
 依然フォトニック・アームズに目をやったまま、変わらぬ緊張感のない顔で言い放った。おちゃらけた言い方ではあったが、どこか淡々としている。やはり多くの下っ端スパークラー(部隊長も下っ端だが)と違い大学進学後の除隊期限延期組なだけあって、余裕と冷淡さが見て取れた。
「そんな言い方ないじゃないですか」
「あるね。ありありのオオアリクイ」
「やめてください古いです」
「え、そうか?だってあの児童書の……」
「それはパロです。元ネタはもう少し前の芸人の……じゃなくて!」
「どっちが古いんだか」
 部隊長がわざと聞こえる程度に呟くと、少年はキッと余裕そうに薄ら笑うその男を睨んだ。
 それから形式的に咳を一つして気を取り直すと、また真面目な顔に戻る。

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憧憬に泣く 2



 和樹がカゲになった。
 和樹はSTIの基礎教育修了後一ヶ月もしない内に九州カゲ大規模出現のため遠征に行った。和樹は同級生たちの心配する声も真面目に聞かず(聞いたところで遠征メンバーから外れることはできないが)、憧れの一人前のスパークラーへの第一歩だと喜び勇んで輸送機に乗って行った。それももう先月のことだ。
 そして2日前、カゲになったという知らせが鏡都の同級生らのもとに届いた。
 今年の1年生の中では初めての殉死者であった。
 彼らの間に衝撃が走り、彼の友人や家族は静かに泣き崩れた。
 善もその中のひとりだった。
 ――善は和樹と小学生のときからの友人だった。2人は幼い頃から、命を賭して人々を守る若き勇士たちに憧れた。一緒に立派なスパークラーになって世界を守るのだという大それたことを誓い合った。そして2人は優秀なスパークラーを輩出していることで有名な地元のSTIに入学した。 基礎教育期間が終わると、善が鏡都宮下中隊第9自主結成部隊、和樹は第4自主結成部隊に配属されしばしの別れを告げた。その『しばしの別れ』が『今生の別れ』となるとは――
 善はその結果に至る度、頭を抱えて奥歯を割れるほど強く噛み低い唸り声を上げた。全身が震えて、何かを殺してしまいたいような気分だった。
 この2日間で何十回とこの思考回路を繰り返し、何十回と和樹が死んだという事実を否が応でも反芻し、もう善の頭はショート寸前だった。
 彼は寮の一室で、ベッドに潜り込んで縮こまっている。2日前から訓練にも巡視にも行かず、食事にも殆ど手を付けず。
 部隊のメンバーは、部隊長に放っておけと命じられているため何もせずにいた。それでもやはり弱りきった後輩の姿は見るに堪えない。9自成隊(自結隊は響き的に縁起が悪いためこの辺りではこう略す)のメンバー、去年入ってきた少年が部隊長に遂にそのわだかまりを打ち明けるため、彼を呼び出した。

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輝ける新しい時代の君へ ⅩⅪ

「でも、逃げていたとはいえ、戦傷で死ねただけ幸せだったでしょうね」
「それは、もっと良くないことがあるのか」
「あるわよ。勇んで出征したのに、病気や飢餓で亡くなる方が沢山居たの。チフスや結核なんかはよく聞いたわ。前線に行っても病や飢餓や……仲間内の争いで亡くなられる人が相当いたそうだけど。……邦明さんと同じ班の方が……先達さんが伝えに来てくれた。だからあたし苦しくなって、折角教えてくださったのに、あたしあの人に酷いこと言って……」
「?」
「すまないね、脱線しちゃったわね。この手紙は、その時持ってきてくださったのよ」
 祖母は『妻子へ』と書かれた茶色の封筒を手に取った。
 満州から届けられた物は手紙だけのようだ。遺品がないことには少し疑問を持った。何か事情があって他のものが届かなかったのかもしれないが、それにしてもこの家に何も残っていないというとこはない筈だ。何か理由があるのだろうか。
 遺品がなかったからと言って、だからどうしたという話になるので尋ねるのはやめてしまった。
 祖母は「これ、読んでみる?」と少年に『妻子へ』の手紙を渡した。
「い、良いのか」
 少年は困惑した。読んでみたいという気持ちは勿論あったが、これは祖母に宛てたものだ。同時に抵抗もあった。
「ええ、きっと邦明さんも望んでいるんじゃないかしら。分からないけれど」
「てきとうだな」
「良いのよ、あの人がてきとうな人だったから」
「それなら……」
 少年はおずおずとそれを受け取ると、そっと二枚の便箋を取り出した。

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輝ける新しい時代の君へ ⅩⅩ

「あなた、満州って知ってるでしょ?」
「知っている」
「あの人、歩兵の一等兵として満州に行ってたのよ。南支の方。そこでね、死んじゃったの」
「戦死してしまったと聞いている」
「そうよ。あの人、転進中に自分の中隊を見失って班の人、先達さんというんだけどね、その人と二人で迷子になってたの。頭悪いわよねぇ」
「……」少年は何を思えばいいか分からなくなって沈黙した。
「それで二人で南下した中隊を探しているときに、八路軍に遭遇して応戦中に被弾したって。右腕の、上の方に一発と、おなかに一発——。邦明さんたら、おっちょこちょいなのは分かるけど、本当に、出征したならちゃんとしてくれないと。でも先達さんを助けて死んだって。先達さんも兵站病院を見つけて駆け込んだらしいのだけど、翌日には……。蒸し暑くって雨が降っていて、あの頃は、前線じゃ病院は酷い環境なのよ。まともに休めやしない。外にいた方がましだったくらいらしくてね……沢山苦しんだでしょうね……あの人はもっと幸せになるべきだったのに」
 祖母は冷静に振舞っているが、何かへの深い憎悪がその目からは感じられた。しかしその『何か』とは、鉄のように凝固しているのに掴みどころがなく、憎悪を持て余した虚しさに駆られているようでもあった。
 同時に、話を聞いて、あの頃梅雨の雨の日にだけ姿を現さなかった理由が分かった。あの時現れなかったのは、梅雨が嫌いだったからというより、怖かったからだったのだろう。
当然自分はまだ死んだことがないので、どれほど恐怖を感じていたのかは計り知れない。どんなに彼が痛くて辛くて死にたくなくて逃げ出したくて、しかし逃げ場がないという絶望の淵に居たとしても、あの時の少年には知る由もなかった。今だってどうやっても分からない。彼からすれば『分かる』など無責任な言葉で一蹴されるよりは良いのかもしれないが、少年はどうにも解消しようがない後悔の念にさいなまれた。

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輝ける新しい時代の君へ ⅩⅨ

(やはり、訊いてはいけなかったのか)
 今の質問をするために持てる勇気を使い切って、少年の心の中にはもう不安しか残っていなかった。急に後悔が膨張して、「いや、今のは無しだ。ごめんなさっ……」と慌てて前言撤回しようとした。
 すると、祖母は何も言わずに立ち上がり、奥の襖の向こうに手招きした。
 襖の奥に入ると、そこは六畳半の和室だった。あるのは正面に押し入れと仏壇、小さい座卓に箪笥に旧式テレビにと、誰かの部屋の様な雰囲気だった。障子を閉めているとはいえ、妙な静けさが部屋を包んでいる様に感じた。空気が悄然としていた。襖のところに立って、少年は動けなくなった。
 祖母はこちらに目配せし、仏壇の前に正座した。それを見て正気に戻ったようにハッとして彼女の横に立った。
「座りな」
 祖母は静かに言った。
 仏壇には一枚の写真が、黒い写真立てに収められている。それは白黒で、見たことのある顔だった。微塵も敵意を感じられない垂れ目が特徴的な坊主頭の男。
 あの男だった。幼少期、あの公園で出会った……幸田邦明。
「この人……」
「睦葵のお祖父さんよ」
 祖母は愛おしそうに写真を眺めた。 
 徐に線香を上げ、合掌をした。少年も見様見真似でワンテンポ遅れて拝んだ。
「少し待ってなさい」
 そう言って、古い箪笥から桐箱を出してきた。B5コピー用紙くらいの大きさで、中には封筒や葉書がいくつか入っているだけだった。随分丁寧に保存している。これが男の、幸田邦明の、祖父の書いた手紙だということはすぐに分かった。
 一番上の封筒には草書体かと思う程崩して、堂々たる『妻子へ』の文字が書かれていた。
 にわかに祖母が口を開いた。