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「君を変えてくれた光」

私を変えてくれた光は「学校の先生」です。今は、今週の土曜日にある文化祭の準備に追われている日々で、私が担当している部門の人数が、私含めて7人で、私以外の6人が全然準備をしてくれなくて、私が何でもかんでも背負っている状況がここ1ヶ月ほど続いていました。先週の金曜日の練習が終わり、私が担当する部門の先生に呼び出され、「君、1人でいろいろ背負いすぎじゃない?練習進めたり、みんなに教えたりするのも全部君がやってんじゃん。全部君1人でやってたら、他に担当している人とかが舞台裏で絶対暇してるから、その時間に他の人使っていろいろできたんじゃない?」と言われ、私自身、自分でいっぱいいっぱいになっていて、他の人が何も準備手伝ったりしてくれないことに関してはもうほぼ諦めている状態で、その話を先生からされ、自分が「しんどい」と思っていることをズバッと言われたように感じ、先生の前で泣いてしまいました。すると「君を責めているわけじゃないし、君に対して怒っているわけでもないから泣かなくていいよ。君1人で背負いすぎていたことには自分で気づいているでしょ?今君が1人でやっていること、先生がやる立場になったらできる自信ないもん。他の人も頼っていいんだよ。」と先生から言われ、涙が止まらなくなりました。その後も練習は有りましたが、担任の先生のところに行き、いろいろと話を聞いてもらってました。いろいろ話したことで自分の中でも少しだけスッキリできた部分もあり、本当に助かりました。私に差してくれた光は、私の大切な先生方です。

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「キライな自分となりたい自分!」

アンジー校長、たんぼ教頭、そしてano先生!こんばんは〜!!
私の思うキライな自分は「頼ることができる友達や後輩がいるのにもかかわらず、人を頼ることが苦手で、全部1人で抱え込みがちになってしまう自分」で、なりたい自分は「全部1人で抱え込まないで、少しだけでも誰かを頼って潰れることがない自分」です。
来週の土曜日に文化祭があり、その準備が今、進んでいる状況で、キライな自分が毎日のように出てきていて、そのせいで自分が潰れかけている状態です。人を頼ればいい話なんですが、1度、友達に放課後にしなければならない準備を一緒にしてくれないか頼んだことがありました。すると、「え〜、、、、。まぁいいよ。」というめっちゃ微妙な反応が返ってきて、その後に「早く家に帰ってアニメみたいんだけど。」と若干キレられて、お互いが嫌な気持ちになった場面がありました。このことがあり、私は人を頼ることができなくなりました。この出来事が本当につい最近の話で、文化祭当日まで、まだ期間があるのですが、この期間、また自分で全部やらなければならないと、行動に移す前に考えるだけでも、あの時のことを思い出して押しつぶされそうになります。
私が一番思うのは、人を頼ることができる自分になること。誰かにこの気持ちを吐き出したくて掲示板に書き込みました。

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おめでとう!!

 SCHOOL OF LOCK! 開校21周年おめでとうございます!!
 私がスクールオブロックを毎日のように通い始めたのが、1年前のちょうどこの時期くらいでした。その頃は、「ケイジバン??」「アーティストロックス??」と、まだ右も左もわからないまま入学し、マイジェネが開催された時期くらいからなんとなく分かってきたように感じました。と思ったら、こもり校長が退任されるとのこと。「もっと前から、この面白い学校があることを気づけてれば、、、」と思ってしまう時期が長く続いていました。その頃は、アンジー教頭も退任されるのかと不安で仕方なかったのですが、4月からアンジー〝校長〟となり、たんぼ教頭と一緒にこの学校をまた築いてくれると知り、本当に安心したし、新体制がとっても楽しみになりました。
 今では、昔、登録できなかった掲示板にも登録することができ、入学当初より、生徒の方々とたくさん関わることができる機会が勝手ながら増えたように感じています。この“SCHOOL OF LOCK!”という大切でかけがえのない学校に通えたこと、本当に嬉しく思っています。私をこの学校に入学させてくれた、いや、今でも通わせてくれているアンジー校長、たんぼ教頭、そして生徒の皆様!!本当にありがとうございます!!私は、SCHOOL OF LOCK! が大好きです!!これからもこの学校に通い続けます!!
 そして何度でもいいます、SCHOOL OF LOCK! 開校21周年、本当におめでとう!!

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全然タイムリープじゃないですが、昔の話をさせてください、、、。

親戚の家に私の住所を移せば、自分の住んでいる家の校区じゃなくても他の学校に行ける制度を利用すると、私は3つの学校のどれかに通うことが可能でした。結論は、自分の家の校区にある学校に通うことにしたのですが、他に通うことができた2つの学校には、幼稚園のお友達がそれぞれ5人ずつくらい通うことが決まっていて、私だけ、住んでいるところがみんなより少し離れている場所だったため、私が通っていた小学校には幼稚園のお友達が誰一人行きませんでした。行くことができた学校すべて、小学1年生になる前に見学しに行きました。すると、私の家の校区にある学校の雰囲気や校舎がとても素敵でどこよりも綺麗で、それに小中学校ということもあり、1つしかない小中学校という特別感なども感じ、その小中学校に通いました。他では体験できない「中学生とのふれあい」を経験して6年間育ちました。学校はとても素敵だけど、幼稚園の友達が誰一人いない学校に行くか、幼稚園の友達がいる学校に行くか、その決断が私にとって人生初めての大きな決断でした。結果、小中学校に通って不正解だったと思うことはありませんでした。その次は中学校はどこに通うかの決断。幼稚園の友達みんなと分かれたからこそ、「また友達と会いたい」と思うようになりました。でも、6年間、通ってきたからこそ、ずっと同じメンバーと同じクラスで過ごしてきて中学校も同じメンバーでまた過ごせるということがあったり「9年間通うことができる学校に今せっかくいるのにここで離れるのはもったいない」と思い、中学校も小学校と同じ校舎で学ぶことを決断しました。私は生徒会に所属していて、市内で行われる生徒会のイベントでまさかの幼稚園の友達数名と再会することができました。その後は、修学旅行先でまたもや再会。幼稚園の友達にまさか会うことができたり、ずっと仲良しの友達と9年間一緒に同じ校舎で学べたこと、本当に嬉しかったです。私が2回経験した大きな決断はどれも正解でした。次は、高校の選択。市内にある学校に今は通うつもりです。通う理由は、3年間だけでも10年ぶりに友達みんなと会いたいから。選ぶ理由が真っ当ではないことは分かってます。ですが、何度も寂しい思いをしています。高校だけでもあの子達に会いたい。
※後悔はしていませんが、幼稚園の友達と過ごす学校生活も送ってみたいと思いました。(ウラギリ、、、??)

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れじぇんど!!

私の学校にいるレジェンドは、、、「私」です!!(???)
というのも、思い込みとかではなく、同級生含め、下級生や先生方から「一発ギャグのレジェンド」と呼ばれています笑
このことの始まりは、5月末にあった運動会で、徒競走があり、そこで名前を呼ばれたときの返事として何かボケなければならないという謎の伝統が2年前くらいからあり、そこで私は「日本海にジャッパーン」という一発ギャグを披露しました。ジェスチャー付きの。そうしたら結構ウケていたみたいで会場から笑い声が飛び交いました。小中学校のため、その運動会当日に中学生や先生方はもちろんのこと、小学生からも一発ギャグについていろいろ話しかけられ、過去9回参加した運動会の中で一番笑ったなと思いました笑笑
そこから一発ギャグを極め、今では40コくらいレパートリーができました。
ちなみ、いろいろな人から好評だったものは、運動会当日に披露したものと、
「屋根がないと、やーねー。」「よう噛んで羊羹食えよ。」「クレヨン俺にくれよーん。」「ボクサーは僕さ。」で、一番好評だったのは、「校長先生、絶好調。」でした。(これは、修学旅行の日に初披露して、校長先生本人がハマったみたいでした笑)