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憧れのベボベLOCKS!

スクール・オブ・ロックを小中高時代に聴き、ベボベに最近ドハマリしている大学1年生です。スクール・オブ・ロック20周年おめでとうございます!丁度、ベボベにめちゃくちゃハマっていたところスクール・オブ・ロックに来校されるということを聞き、久しぶりに登校することにしました!僕はベボベLOCKSをリアルタイムで聞いたことがなかったので、ちょうど聞いてみたかったなぁと思っていたところにBase Ball Bear先生が来校されるということを聞き非常に嬉しかったです!
ちなみに、最近モヤモヤしてることは2つあります!笑
1つ目は気になる人と、どうやり取りすれば良いかということです。最近、そろそろ彼女作りたいなぁと思いつつ、どうデートに誘うべきか、どうやったら女性から好感を得られるかと悩みつつ結局、うまくメールしたり、話したりできていません。
2つ目は自分の好きな曲のエッセンスをどう作曲に活かすかということです。僕は少しだけ作曲してみたことがあるのですが、既存のコード進行から曲を作ると、あまり自分の好みではない曲ができたり、どこかで聴いたことのある曲ができて、お世辞にも良い曲とは言えません。BaseBallBearの曲は小出先生が今まで聴いてきた曲のエッセンスをうまく吸収してうまくベボベらしさに変換して活かされておりすごいと思います!
とにかくこの特別な回を逃すことなく、楽しんで聴かせていただきます!そして、改めてスクール・オブ・ロック20周年おめでとうございます!

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ベボベ先生へ!!!!

こんばんは〜初めまして!!!
わたしは15才の時からベボベ先生の音楽を聴いており、今年28才になりました。当時ベボベLOCKSを楽しみに聴いていたのを今でも鮮明に覚えています!

そんなわたしは、中高・大学を卒業して薬剤師になり、結婚し、今年4月に第一子を出産しました。
そして先日8/1に大阪で行われたGalileo Galilei先生との対バンライブに行きました!4年ぶりにベボベ先生をライブで観たのですが、いろんな思いが込み上げてきて大号泣でした、、、!

今夜、ベボベ先生が久しぶりに来校されるということで、高校生ぶりにSOLを聴きます!

わたしはベボベ先生の影響で、高校で水泳部に入りました!
泳ぎなんてほぼ初心者レベルでしたが、毎日必死に、がむしゃらに泳ぎ続けました。
今まで勉強すらちゃんとできなかった自分が、そこで何かに打ち込むことを覚え、次第に勉強も頑張れるようになりました。そのおかげで無事大学にも入ることができ、今に至ります!

わたしの青春時代は、ベボベ先生なしには語れませんっ!
ちなみにsenkou_hanabiのMVで写真を載せていただいたとき、ものすごく嬉しかったです!(まりっしゅで載ってます!)

たくさんの思い出をありがとうございます!大好きです!
これからも応援してます〜!!!

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17才から遠く離れて

ベボベ先生が久しぶりにSOLに戻ってくると聞いて、そりゃあ聴かないわけにはいかないでしょう!!ということで、とうの昔に卒業しましたがまたこの学校に戻ってきました。
永遠のB組である人間にとって今改めて見る学校掲示板の青さが眩しすぎます……。
高校1年生だった16年前、この学校に初めて登校した日のアーティストLOCKS!がベボベ先生でした。冒頭からなにやら”ナルシス国王”という人が登場して「なんなんだこの人達は……」と動揺しながら聴いていましたが、この混沌さと滲み出る狂気が通常運転であることを後に知り、そして自然に慣れていく自分もいました。この世界観怖い。
閃光ライオットはもちろんのこと、スペーストラベラー、緑のガーディアン、お歳暮・マリア、チャットモンチーとのチャボべLOCKS !、(現在のコンプラ的に)ここでは書けないことも含めてラジオの前でベボベと沢山笑った夜の思い出が今では懐かしいです。

この学校に入学して、そして青春時代を過ごす中での幸運の一つがベボベに出会えたことだと思っています。
17歳で『17才』を聴けたこと、ベボベの音楽とともにAでもなくCでもない場所からかけがえのない日々を過ごせたこと、他のB組の生徒に出会えたことは今でも宝物です。
初めてベボベを観たCGDBツアーの時、『檸檬タージュ』を聴きながら仙台darwinまでの道のりをローファーで駆け抜けたあの瞬間、確かに青春の中にいました。

モヤモヤしたBな生徒を経て長らく“青春ゾンビ”だった人間は、あの頃に向けて遠い目をしながらなんとか生きています。歩みを止めず、音を鳴らし続けてくれて本当にありがとう。
またライブハウスで会えることをとても楽しみにしています!

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RIP SLYME先生が来校ーーーーー!!!!!

RIP SLYME先生はじめまして!「熱帯夜」がリリースされた次の年に生まれたRNアんてなと申します!
私がRIP先生の虜になったのは、今年の4月に行われた初代教頭のやしろ教頭と2代目校長とーやま校長コンビがパーソナリティを務められ、再集結後初メディア出演のRIP先生がゲストで登場されたTOKYO FM開局55周年記念番組の公開生放送でした。
RIP先生のトークや曲に釘付けになり、沢山曲を聴くようになり、SNSなどもチェックするようになりました!

私は、高校2年生なってから学校生活や人間関係に疲れることが増え、深く物事を考えすぎたり、自分に自信がなくなり、自分にずっと嘘をついて過ごしているような気持ちになることが増え、過去の自分を責める日が続いていました。

そんな時。RIP先生の「One」に出会いました。イントロを聞いた瞬間涙が止まらくなり、嗚咽をして泣いてしまいました。全てのリリックが自分へブッ刺さり、「ちょっと遊んでいかない?」とRIP先生が背中を押してくれて、RIP SLYMEの世界へ引き込まれていくような気持ちになり、私の人生になくてはならない楽曲になりました。

RIP先生に出会えたことが私が今年一番の出来事だといっても過言ではありません。何年経っても、私の17歳の年はRIP SLYME先生の年です。
絶対にお小遣い貯めてオレンジのつなぎを着て、RIP先生のライブ見に行きます!
本当に大好きです!お体に気をつけてこれからも頑張ってください!RIP先生最高!

(まだまだ書き足りないヨォ!)

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RIP SLYME先生!ご来校!!!

School of Lockはずーっと聴いてきたラジオ。
何度となく励まされ、元気をもらった番組。
この番組に、な、なんと、RIP SLYME先生達が登壇なると、もう黙っちゃいられないですわ!
こちトラ、既に卒業生。しかし、現役と魂は変わりません!!なんで、おだって、初メッセージ♪ポチっ。
どうか、どうか、伝えさせてください。。。
「よくぞ、帰ってきてくださいました!ご無事で何よりです!」
ツアー初日10月3日、Zepp横浜、目に焼き付けました。
わたしは、周りから確かな引きを感じながらも、年甲斐もなく断固として団扇を作りました。もう、何十年ぶりでしょうか。
団扇を作りたいと思えるほどの、アーティストがいる喜びを噛み締め、制作に夢中になっているといつの間にやら日をまたぎ、10月3日、自分の誕生日を迎えていました。
何やら好きな人へ、手編みのセーターを作る気持ちが分かりました。こんなに幸せな誕生日を迎えられるなんて、生きてきてよかった!とRockさせてください!スミコよ!この日に産んでくれてありがとう!!!
RIP SLYME先生、Zepp横浜ステージから見えたでしょうか?
わたしの、「おかえり」の文字が!!!

まだまだ、ツアーが続きますので
お身体に気をつけて頑張ってください!
わたしは、活力をいただきましたのでまだまだ元気にやらせていただきます。

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これからも

ログインできなくなってしまって、もう一度登録し直し、ラジオネームも今の自分のぴったりのものに更新しました!

余白のままは、これからの日々、将来のことをまだ考えている途中で、あまり定まっていないところもあるので、これからそこを埋めていって自分色に染めていけたらなっていう思いから、このラジオネームにしました。(説明がうまくなくてごめんなさい。)

スクールオブロックは、2021年の1月頃から聴き始めて、今もずっと聴いています。
聴き始めたきっかけは、ちょうど高校卒業したときで、とても寂しくて辛い気持ちだったときです。家にデッキがあるんですけど、それまではCDで音楽しか聴いてなかったんですけど、ラジオのボタン押したら繋がるのかと興味本意で押したら繋がったので、それがきっかけです。
それ以降、毎日夜10時を楽しみに過ごしています。
学生時代も今もですが、ほんとにいろんなことがあって心身も辛く苦しくて、精神疾患抱えてたりするんですけど、スクールオブロックにくると安心感がとてもあり、校長、教頭、生徒の方々にいっぱい救われていて、いつの間にか居場所になっていました。

少し遅くなってしまいましたが、スクールオブロック20周年おめでとうございます!!
これから先もずっとずっと続いていくことを願っていますし、これからも毎日登校します!!

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おめでとうございます

お久しぶりです!覚えている方はいらっしゃるでしょうか、フローリストと申します!!
ただいま!!

スクールオブロックにて、あいみょん先生と逆電させていただいたり、非公式半公認の閃光ライオットあるあるbotを先代から引き継いでいったり、邦ロック紹介コーナーを作ったり、ポエム掲示板にて詩を綴らせてもらったりと本当に第3の居場所、我が青春としてこのラジオの中の学校で素敵な時間を過ごさせていただきました。

フローリストの名前の由来は花屋になりたいからという理由でつけましたが、途中から花にまつわる研究者、園芸学者という意味もフローリストにあることを知りまして、そこから花屋ではなく研究者としての「フローリスト」になることを決め、未来の鍵を掴むべく日々を過ごしておりました。

あれから数年、現在この春から無事園芸・農業関係の研究員として採用が決まり、文字通り広義の意味での「フローリスト」としての道、未来の鍵を握り、己の夢を叶えることができました。このラジオには感謝の気持ちが尽きません。

ラジオと出会ったことがきっかけで、詩に出会い、音楽に出会い、自分の夢をも掴むことが出来ました。ポエム掲示板で出会った仲間たちと今では詩人として詩集を作ったり、音楽好きが高じてライブハウスに出入りし、ライブカメラマンとして活動するなど、趣味が趣味を呼ぶ生き方をしており、社会人になった今でも、いや今だからこそ、充実した日々を送っております。

そして、当時この場所で出会った仲間達との結束の強さは何年経っても健在です。もう一つの同級生ができたような気がして、本当に嬉しいです。
これからも、今の時代を生きる10代の生徒達の居場所が、ここでありますように。数年前の10代の私たちが、そうであったように、そうした場所と出会いと思い出が、ずっと共にありますように!これからも卒業生として、OGとして胸を張って生きていきます。ありがとう!!

20周年おめでとう
ありったけの感謝と愛を、一筆に込めて。

2025年10月9日 フローリスト 22歳