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皇帝の目_4

「チトニア、頼らせてもらう」
「うん!指示ぷりーず!」
いつの間にかチトニアは梓の腕にべったりくっついていて、はしゃぎながら斧を渡した。
「じゃあ早速だけど。ゴルフの要領であの看護師を飛ばしてほしい」
短い指示だが、チトニアはその意味を正確に理解した。梓は常に片手を塞がないと目が見えない。更に、貧弱な梓は片手で斧を振るうことはできないため任されたのだ、と。チトニアは斧を振りかぶり、平らな面を看護師の腰に当てた。
「きゃっ!」
うまい角度で飛ばされ、看護師は病室の外へ。すかさずチトニアはベッドをひっくり返して病室の入口を塞いだ。幸いこの病室には梓しかいなかったのでベッドは有り余っていた。
「…強いな」
「パワー型だからね!」
梓が戦うのを宣言してからこの会話まで、およそ30秒。ビーストは蛇口から出切った。それは細長いおびただしい量の人間の腕の塊に、頭や胴体と呼べるものはなく、魚の尾びれのようなものが大きく一つついている姿をしていた。
「ビーストってなんか能力使う?」
「使う子もいるよ?ビーストって皆大型だけどこいつ小型だから、こいつには『大きさを変える』みたいな能力があるかも」
「なるほど…」
ビーストは、悲鳴ともつかない雄叫びをあげた。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その⑤

「ありがとうね……。さて、積もる話は色々あるけれど……まずはごめんね。長いこと君を1人にしてしまって。寂しくなかったかい?」
男の言葉に、ハルパは首を傾げた。全く理解できなかったためだ。彼女の左前腕に色濃く刻まれた紋様は、マスターたるその男との明確にして絶対的な繋がりの証であり、ハルパが寂しさを覚えたことなど1度として、また一瞬たりとも無かった。
男の奇妙な謝罪に、純粋な疑問と共にうずうずと湧き上がる言語化できない感情を抱いたハルパは、彼の首筋に噛みつき、鋭い牙を出血するほど深く突き立てた。
「いたたた……何だ、やっぱり寂しかったのかい。ごめんね。この街を離れられない事情があってさ……でも安心しておくれ、もうすぐ帰れると思うから。あと少しだけ辛抱してくれるかい?」
男の言葉にようやく口を放したハルパは、男が右手に握っていた突撃銃に目をやった。
「ん、これかい? ビーストは文明の利器に強い敵意を示すみたいでね……銃や爆弾で攻撃すると、ダメージは与えられないまでも意識は向けられるんだよ」
黒槍のドームが大きく震えた。外からビーストに攻撃されているのだ。
「む、来たね。それじゃあハルパ、久々に君の戦い、見せてもらおうかな」
男の言葉に顔を輝かせ、ハルパは何度も頷いて跳ぶように立ち上がった。ドームを解除すると、ビーストが3つの頭部で覗き込んでいる。
「……〈ガエ=ブルガ〉」
ハルパの口から、掠れた声が漏れる。黒槍を長さ1m強のジャベリンに再形成し、石突を蹴り飛ばした。
彼女の『射出』した槍は、至近距離にいたビーストの右前脚に突き刺さる。
「よし、勝った。逃げよう、ハルパ」
「ぇあ」
ハルパは男を肩に担ぎ、身体強化を利用した高い脚力でその場を離脱した。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑨

「おいビースト来てんぞ。どうする?」
「どうするって言われても、私がこの状態じゃ応戦は無理だし……」
「じゃあ駄目じゃねーか」
「私のプランじゃあんたが増援呼んでくれるはずだったのー」
「それはごめん……」
「あ、そういえば、けーちゃんの家、かなり喰われたよ。守れなくてごめん」
「初撃で既にぶっ壊されてたから問題ない」
「さて……どうしよっかなー」
さっき吹き飛んだ右手を見る。まだ4分の1も再生していない。
「けーちゃん、私重い? 物理的に」
「いや、半分くらいになってるから結構軽い」
「それは良かった。じゃ、私のこと抱えてしばらく逃げ回ってくれる?」
「了解」
彼は私のことを小脇に抱えて駆け出した。直後、さっきまで私たちがいた場所にビーストの踏み付けが突き刺さる。
そんなことより、今は回復に努めよう。あんまり重くなってもケーパの逃げる邪魔になるから、足や頭、お腹の傷は放置して、右手の治癒だけに集中する。今欲しいのはここだけだから。
「……あ、やべっ」
突然ケーパが私を放り投げた。
「むぐっ……どしたの、けーちゃ……」
あいつはすぐに私を抱え直して、逃走を再開する。
「あっぶな……踏み潰されるところだった」
「大変だったじゃん。怪我とかしてない?」
「してない。ギリセーフ」
「それは良かった」
右手の治癒は掌全体の再生にまで至った。これだけあれば、大丈夫かな。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その④

ハルパが走って約1時間。目的の都市は既に戦火に包まれていた。
「………………」
ハルパは転移魔法でその中心地にまで移動し、ビーストを探した。それはすぐに発見される。
体長約20mの巨大な猛獣。その口の端からは炎が漏れ、背中から生えた山羊と竜の頭部は不吉な咆哮をあげている。
ニタリ、と口角を吊り上げ、ハルパがそちらに突撃しようとしたその時、鋭い破裂音と共に銃弾がビーストの胴体に直撃した。
「…………?」
ビースト、ハルパ共に、銃弾の飛んできた方向に目をやる。
『おいビースト、こっちだ! これ以上好き勝手させてなるものか!』
拡声器を通した男声が、辺りに響き渡る。
ビーストがそちらに向かおうとするより速く、ハルパは飛び出していた。身体強化による超加速でその声の主の元まで駆け、勢いのままに飛びつく。
「えっうわあ!」
彼を押し倒し馬乗りになったハルパに、声の主は一瞬動揺を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「なんだ……ハルパじゃないか。久しぶりだね。もう5年……6年くらい会っていなかったかな?」
その男がワイシャツの左袖をまくり上げると、ハルパの左前腕にあるのと同じ位置に、獣の咢を模した紋様が刻まれていた。
「それより、一度退いてもらえるかな。ビーストが来ているから……」
そう言うその男の目には、間近にまで迫っているビーストの姿が映っていた。
「…………」
ハルパは黒槍を取り出し、形状変化によってドーム状の防壁を作り出す。
「いや、僕らだけ守られていても駄目なんだけど…………、1回下りてくれる?」
再び頼まれ、ハルパはしぶしぶ男を解放した。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その④

少女が固く抱きしめるテディベアの右腕が、ビーストを捕捉する。それと同時に、ビーストは少女から距離を取るように跳躍した。高速で伸長したテディベアの腕が、いち早く回避行動を取っていたビーストの脇を通り過ぎ、元の長さに縮んでいく。
そして、テディベアの腕が完全に縮み切ったと同時に、ビーストの背後にもう1人、ビーストの正面でテディベアを抱えているのと『全く同じ外見の』少女が、虚空から出現した。
突然の事態に対応する前に、その少女は身体強化を乗せた拳を直撃させ、ビーストを遥か下方の地面に叩きつけた。
少女は短距離転移によって尖塔の上に移動し、自身と同じ姿の少女に抱き着く。
「ササ、クマ座さん貸してくれてありがとう」
抱き着かれた側が、テディベアを抱き着いた側、“ドーリィ”ササに差し出す。
「ありがと、サヤ。私もこれ、返すね」
ササも腰にリボンで結い留めていた『クマ座さん』に瓜二つのテディベアを“マスター”サヤに差し出した。
テディベアの交換を終えた2人は、屋根の端から顔を覗かせビーストの様子を見ることにした。地面に叩きつけられ、相当のダメージを受けたはずの怪物は、しかして大したダメージを受けた様子は無く、起き上がって上方の2人を眼の無い顔で睨みつけている。
「ササぁ……あんまり効いてないよ……」
「だ、大丈夫だよサヤ……クマ座さんの攻撃は1回当たって腕を片方切れたし、私のパンチもちゃんと命中したし……」
顔を見合わせて話す2人の耳に、石材を突き砕く激しく断続的な音が入ってくる。
「「?」」
再び見下ろすと、ビーストが壁面を駆け上ってきている。
「ぴゃあぁっ!?」
「に、にげ、にげようサヤ!」
ササはサヤを抱き締め、そのままビーストの向かってくるのと反対側に屋根を転げ落ちる。端に転がっていた何者かの指に触れると同時に、2人の身体は空間歪曲に飲み込まれ、そこから数十m離れた廃墟の陰に転がり出た。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その⑤

白神が足元を照らしながら、2人は街灯すら無い暗闇の中を進む。道に沿って歩くと、小さな商店、廃業したコンビニエンスストア、人の住んでいる気配が無い何軒かの民家が見られた。
「すっごいド田舎だぁ」
軽い口調で言う白神の袖を握りしめたまま、青葉も答える。
「何か、不気味ですね」
「このまま奥へ進むほど、なんだか引き返せなくなりそうな気がしない?」
「……怖いこと言わないでください」
2人は一度立ち止まり、駅の方へ振り返った。駅舎は暗闇の中に沈み、輪郭もぼんやりとしか見えない。
「……1度戻ろっか?」
「そうしてもらえると助かります」
「その前に……もしかしたら一瞬痛い思いするかもだけど、ごめんね?」
白神がそう言ってスマートフォンを、青葉が掴まっている左手に持ち替えてから右手を掲げた。その周りにパチパチと音を立てながら電光が走り、その手を前方に向けると、駅の方に向けて雷のように電撃が走っていった。その光に、来た道が一瞬照らされる。
「うん、道はまだちゃんとある。少し急ごっか」
2人は駆け足で駅舎の方へ戻り、無事に辿り着いた。
「さて……どうしようね。振り出しに戻っちゃった」
「状況が悪化するよりはマシだと思いましょう」
「そうだね。……ところでアオバちゃん?」
白神が、青葉の背後を指しながら尋ねた。
「その子、誰?」

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑧

防御に使っていた右腕が、遂に限界を迎えた。7発目を弾いたのと同時に、爆風が右の手首から先を消し飛ばした。
「あっまずっ」
撃ち落とさなきゃならない弾はまだまだあるってのに……。
もう1度、あいつの方を見る。距離は…………十分かな?
「なら、いっか……」
頭が生体ミサイルに貫かれ、衝撃で弾け飛ぶ。脳を破壊されたことで、一瞬意識が薄れ、反動のままにその場に落下する。
「……ぅー…………」
家の方からガラガラと崩れる音。目を向けると、ビーストがこっちに近付いて来ていた。見てみると前脚だけじゃなく、頭もほとんど再生してきている。あいつの家を随分喰って回復したみたいだ。
目が合った。彼我の距離約3m。3対6つの眼が、私を見下ろしている。
「ぁー……うー……そうだな…………」
生憎とこちらは片方しか眼が残っていないけど、しっかりと睨み返してやる。
「くたばりやがれ、ばーか」
奴が片方の前脚を持ち上げ、私に向けて振り下ろす。全身が潰される直線、私の身体はぐいと引っ張られ、辛うじて抜け出すことができた。
「誰……?」
「俺ぇ」
私を助けてくれたのは、ついさっき逃がしたはずのケーパだった。
「はぇ……え、なんで⁉」
「いやだって、お前死にそうだったし……」
「ドーリィが死ぬわけ無いんだけど⁉ むしろあんたの方が……もう良いや。私のことしっかり摑まえといて」
「え、わ、分かった」
瞬間移動。ビーストの視界から外れない程度に1度距離を取る。ヤツはすぐに私達を見つけて、バタバタとこっちに突進してきた。