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Specter children:人形遣いと水潜り その⑪

二人は屋外での行動に備えて一度着替え、慎重な足取りで玄関に向かった。引き戸の擦りガラスには、子どもらしき背丈の影が映っている。
(子供? “鬼”は結構大柄だったはずだけど……)
蒼依は冰華の背後に身体を丸めるように隠れ、【感情人形】を3体召喚した。
「だーれー?」
扉の向こうに向かって、冰華が呼びかける。
『ミクグリちゃーん。あーけーてー。顔が入るくらいで良いからさー』
引き戸の向こうの影が答えた。
冰華は背後の蒼依にアイコンタクトを送る。蒼依は顎で玄関の外を指した。影との会話を続けるようにとの意思に、冰華は再び呼び掛けた。
「だからー、誰なのー?」
『あけてよー。腕が入るだけで良いからさー』
声の主は名乗らず、再び戸を開けるよう要求した。
冰華は再び蒼依を見る。蒼依が外を指差し、冰華は再び引き戸に向き直る。
「もしかして、ササキちゃん?」
『そうだよー。だからあけてー。指が入るだけで良いからさー』
「この村に、『ササキ』なんて家無いよ? 高校の友達にもいないし」
蒼依は思わず冰華を見上げた。
(冰華ちゃん⁉ 何て度胸だよ……⁉)
蒼依は人形3体を右手の上に呼び寄せ、いつでも攻撃に移れるよう身構える。
『あけてー。爪の先が引っかかるくらいで良いからさー』
引き戸に移る影は、いつの間にか異常に背丈が伸び、朧げなシルエットは灰白色に変化していた。
冰華は一度、蒼依に視線を移す。蒼依は無言で頷き、深く腰を落とした。
「……良いよー。爪の先なんて言わず、全身通るくらい開けてあげる」
冰華は蒼依の後ろに隠れるように後ずさり、精一杯腕を伸ばして引き戸に手をかけた。
「ただし……」
勢い良く扉を開くのと同時に、蒼依が屋外に向けて飛び出した。
「こっちの『全身』のことだけどね!」
(……《奇混人形》!)
右手の中の3体の小さな人形が溶けるように混ざり合い、蒼依の手の中で一振りの曲刀に変化する。シルエットの首の辺りを目掛けて振るわれた初撃は、相手の大きく身を屈めた回避動作によって対処された。

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Specter Children:人形遣いと水潜り その⑩

その日の夜、2人は入浴と夕食を終え、冰華の部屋でのんびりと休んでいた。
「冰華ちゃん、寝間着貸してくれてありがとうね?」
「気にしないでー」
「冰華ちゃん、寝間着は結構緩いの着るタイプなんだね。おかげで割とぴったり」
「普通じゃない? パジャマってゆるっとしたの着るものだと思うんだけど。っていうか蒼依ちゃん、手足長いよねー。モデルさんみたい、羨ましいなー」
冰華が剝き出しの蒼依の前腕に触れ、掌を滑らせる。
「こういうのは『蜘蛛みたい』っていうんだよ」
「良いじゃん蜘蛛。益虫だよ?」
「ポジティブだなぁ……」
時刻が午後11時を回った頃。2人が就寝準備を整えていたところ、冰華の母親が声をかけてきた。
「冰華ー? お友達が来てるけどー」
「え? うん分かったー。今行くー」
立ち上がろうとした冰華の肩を、蒼依が無言で掴んで引き寄せた。
「わぁっ」
「……冰華ちゃん」
蒼依はやや俯きがちだったものの、ただならぬ気配は冰華にも感じ取れた。
「えっ何蒼依ちゃん」
「冰華ちゃんには、『夜中にアポなしで家に尋ねてくる友達』がいるの?」
「えっ、いやそれは、…………!?」
蒼依の問いに、一瞬遅れて冰華の気付く。
「い、いや、ほら……もしかしたら、河童のみんなかも……?」
冰華の目は泳いでおり、その言葉があり得ない可能性であることは明白だった。
「……冰華ちゃん、出よう。私も行くから」
「えっ、いいの?」
「もしかしたら、ヤツかもしれないから。ここでぶつかれるなら好都合」
「……分かった。何かあったら守ってくれる?」
「うん」
2人は足音を殺し、揃って部屋を出た。
「……あ、待って冰華ちゃん」
「何よ蒼依ちゃん」
「セーラー服に着替えてからで良い?」
「……カッコつかないなぁ」
言いながら苦笑し、冰華は溜め息を吐いた。

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑨

「割とガチでヤバいやつじゃん!」
「だから最初に言ったじゃん『殺しに来た』って」
「……そういや言ってたね」
水際に並んで座り、二人は話し合う。集まっていた河童たちは、既に蒼依からの情報をもとに捜索のため散開していた。
「そういえばさぁ、蒼依ちゃん」
「何よ冰華ちゃん」
「子供さらうような凶悪な妖怪が、なんで子供の少ないド田舎にいるの?」
「いや知らないけど。隠れ場所多いからとか?」
「絶妙に頼りない……」
「仕方ないじゃんまだ高校生だぞ?」
しばらく意味の無い雑談を続けた末、二人はどちらともなく立ち上がった。
「取り敢えず……村戻るかぁ」
「何か手がかり無いかなぁー」

結果として、二人は何の成果も得られなかった。農作業の合間に休む老人、商店を利用する大人たち、村の数少ない子供たち、およそ出会えたすべての人間に、蒼依が『自由研究の一環で伝承について知りたい』という体で尋ねたものの、有用な情報は一切なかったのだ。
「……ダメだったねぇ」
「まぁ、仕方ないよなぁ……」
水潜家に帰還した二人は、冰華の自室に入ると揃ってベッドに身を投げ出した。
「疲れたぁ……蒼依ちゃん、今夜はうちに泊まる?」
「えー、あんま迷惑かけられないよ」
「大丈夫だよ、お母さんも蒼依ちゃんのこと気に入ってるし。蒼依ちゃん礼儀正しいんだもん」
「んー? いやぁ……まぁほら、いきなりお邪魔したわけだしねぇ……」
「めっちゃ良い子じゃん。……あ」
「何よ冰華ちゃん」
蒼依の問いかけに、シーツに手を付き、冰華が勢い良く身体を起こす。
「いやマジに何その勢い……」
「ねぇ蒼依ちゃん。今朝初めて会った時の話なんだけどさ」
「ん?」
「蒼依ちゃんの登場の仕方、変じゃなかった? 木から落ちたみたいな落としてたけど」
「あー……それは普通に、昨日の夜この村に着いて、宿も無いし適当な木の上で寝ただけだけど」
答えた瞬間、冰華が素早く蒼依を押し倒した。
「やっぱり今日はうちにお泊りしてもらいます!」
「……なんで?」
「オニがいるかもしれない危ない夜に、友達を外に置いておけるわけ無いでしょ!」
冰華に見下ろされながら蒼依は目を泳がせ、逡巡の末に、観念したように溜息を吐いた。
「あー……うー……うん。分かったよ、分かったから……」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑧

水面の半球状の物体は、続々とその数を増し、じわじわと川辺の二人に接近してくる。
蒼依がよく観察してみれば、藻のような頭髪と頭頂部に剥き出しになった白い皿、髪の下に隠れた鋭い両目、濁った黄色の平たい嘴などが見られる。
(マジでちゃんと河童なんだなぁ……)
蒼依が興味深げに観察している横で、冰華はしゃがみ込み、河童たちに呼びかけた。
「ねぇみんな。私たちね、鬼を探してるの、オニ」
両手の人差し指を額の前で立てながら言うと、河童たちは互いに顔を見合わせる。
「それっぽい生き物、見てない? 何か心当たりがあったら教えてほしいな」
河童の1体が僅かに沈み込み、口元の水面に小さな泡沫が浮かび上がる。彼らにとっての『言語』である。
「うーん……たしかに、探すの手伝ってもらえたら嬉しいけど」
小さな泡が4つ、立て続けに弾ける。
「良いの? じゃあ、お願いしようかな」
「ねぇ冰華ちゃん、何言ってるか分かるの?」
横入りしてきた蒼依に冰華は頷き、更に尋ねる。
「ねぇ蒼依ちゃん。鬼の見た目について、もっと詳しく分からない?」
蒼依は俯いてしばらく考え込み、口を開いた。
「聞いた話によると……背丈は多分2mいかないくらい。あと、爪が長いらしい。詳しい情報までは、ごめん。……あぁそうだ」
「どしたの蒼依ちゃん?」
「冰華ちゃん、村で子供が消えたりしてない?」
「そもそも子供が少ないかな」
「アイツについて聞いたことがもう一つ。アイツは、『子供を攫う』らしい」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑦

およそ2時間後、冰華の予想より遅く帰ってきた母親に出かけることを伝え、二人は村に繰り出した。
「そういえば蒼依ちゃん、この村に、その……鬼? がいるんだっけ? なんでそんなの分かるの?」
「そこそこ信用できる筋からの情報」
「何かかっこいい。どこにいるの?」
「そこまでは……少なくとも、この山のどこか」
「広いよ。人手いる?」
「めっちゃ欲しい」
「分かった! じゃあこっち来て」
冰華の案内で訪れたのは、早朝二人が出会った川辺だった。
「ここで、みんなに手伝ってもらいます!」
「……河童に?」
「うん」
冰華は大きく息を吸い込み、口元に手のメガホンを当てた。
「みぃーんなぁーっ! 来ぃーてぇー!」
残響に応え、水面に複数の波紋が浮かんだ。
「……冰華ちゃん?」
「ん?」
「この川、結構深いわりに滅茶苦茶水きれいだよね」
「そうだね。良い場所でしょ?」
「うん。河童……いるの? 姿見えないけど」
「いるよー。河童は水泳上手いから、隠れるのも得意なんだよ。ほら、ちゃんと波紋が出てるでしょ」
「姿が無いのが怖いんだけど」
二人が話していると、波紋の一つを突き破り、緑色の半球が水面に現れた。
「ほら出てきた」
「うっわマジじゃん。初めて河童の本物見た」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑥

部屋の外から、冰華の母親が呼びかける。曰く、用事があって家を出るため、留守番を頼むとのこと。
「りょーかい」
冰華が答えると足音が部屋から遠ざかり、やや時間をおいて玄関が開き、また閉じた。
「……じゃ、私も鬼探しに行くから」
「あ、待って。私も一緒に行く!」
蒼依に続いて立ち上がった冰華の頭に、蒼依の軽いチョップが刺さった。
「痛いっ」
「さっき留守番頼まれてたでしょうが。親の言うことはちゃんと聞きなさいな。せっかくいい親御さんなんだから」
「でも……蒼依ちゃんのこと手伝いたいし……」
「危ないんだよ? あんまり無理しないで」
「危ないのは蒼依ちゃんも一緒じゃん」
「いやまぁほら、私は慣れてるから」
「それなら私はこの辺一帯に慣れてるよ? 土地勘!」
「……なんでそんなについて来たがるの」
「えー……お友達だから? あと面白そうだし」
「おいコラ冰華ちゃん」
「それに! 私だってそんなに弱くないんだよ!」
両腕で力こぶを作るジェスチャーをする冰華に、蒼依は溜め息を吐いた。
「……冰華ちゃんのお母さん、どれくらいで帰ってくると思う?」
「1時間くらいかな?」
「じゃ、その後出ようか。それまで、この村と周りのこと教えてよ」
「やったっ。私に分かることならなんでも聞いて!」
「うん。頼りにしてるよ」
「あっ、一応今のうちに番号交換しておこ? 何かあった時に便利だし」
冰華がスマートフォンを顔の前で軽く振った。
「スマホ持ってたんだ……」
「さすがに田舎舐めないで?」

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Specter children:人形遣いと水潜り その⑤

「おい何だその反応は。あんた人間でしょうが」
蒼依の怪訝な視線に、冰華はぎこちなく顔を背ける。
「な……何でもないよ……? あははァ……」
「おうコラ正直に吐けぃ。モチモチするぞ」
2体の【感情人形】が姿を現し、冰華の顔に飛びついて彼女の両頬をもみくちゃにする。
「あひゃひゃひゃ、やめてやめてー!」
【感情人形】たちと蒼依本人に組み伏せられた冰華は、息を吐き出し両手を投げ出した。
「こ、降参降参……」
「で?」
「私……友達に妖怪がいるの」
「種は?」
「河童」
「河童もいたの?」
「えっ、標的じゃなかったの? 私、この辺の妖怪で思い当たるのそれだけなんだけど……」
「ちなみに送り狼も道中にいたよ」
「世界は広いねぇ……」
蒼依が身体の上から退いたことで、冰華も起き上がる。
「ねぇ蒼依ちゃん……私の友達、殺さない?」
冰華の不安げな問いかけに、蒼依は人形の1体を冰華の頭に乗せながら答えた。
「河童のこと? 河童たちの前科は?」
「一番新しいのだと、私が襲われた時のことくらいかなぁ。大体5年くらい前? それ以降は、特に悪さしてる河童はいないかな」
「……自分を殺しかけた奴らと、友達? 妙だな……」
「私を襲った河童以外はみんな優しいよ?」
「うーん純粋」
「わーい褒めてもらった。それで? 蒼依ちゃんのターゲットって何者?」
「あーうん。何か、何かしらの鬼らしいよ。角も生えてるって」
言いながら、蒼依は両手の人差し指を立てて額の前に当てた。

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Specter children:人形遣いと水潜り その④

朝食を済ませた二人は、冰華の私室でしばしの食休みをとっていた。
「それで? 蒼依ちゃんはなんでこの村に来たの?」
「んー? んー…………これ言っていいやつかなー……」
「何、犯罪?」
「合法。っていうか現行法で多分裁けないやつ」
「つまり倫理的にはアウトなんだ」
「私はセーフだと思ってるよ」
「ふーん? まぁ正直に言いなよ」
「うーん……」
蒼依は言い淀みながら頭を搔き、髪の毛の中から掌大の人型ぬいぐるみを取り出した。
「斬新な髪留めだね?」
「違うわ。ほら」
人形を掌に載せたまま、それを冰華の眼前に差し出す。冰華がそれを見つめていると、人形はひとりでに動き出し、蒼依の掌に両腕の先端をつき、もたもたと立ち上がった。そのままバランスを崩し、床上に落下する。人形は数瞬震えた後、再び立ち上がり蒼依の肩までよじ登った。
「わぁすごい玩具。都会の流行り? 可愛いねぇ」
「……まぁ、うん」
目を伏せた蒼依に、冰華は堪えきれず笑いを漏らしてしまう。
「あははっ、ごめんごめん! 冗談だよ冗談! ちゃんと『視えてる』から!」
その言葉に、蒼依はきょとんとした表情を見せた。
「それ何? 式神的なやつ? 幽霊?」
「……えっと……私の『感情』を材料にした…………何か、そういうヤツ」
「へー。感情って、喜怒哀楽みたいなやつ?」
「うん。感情を1個ずつ切り離して、人形の形で動かすの。名付けて【感情人形】」
「わぁかっこいい。その人形、強いの?」
「弱いよ」
「弱いんだ」
蒼依が人形を指先でつまんで放り投げると、そのまま空中で溶けるように消滅した。
「……それで? 蒼依ちゃんなんでここに来たんだっけ?」
「あぁうんその話ね」
一瞬口をつぐみ、息を吸って再び口を開く。
「妖怪を殺しに来たの」
淡々と放たれたその言葉に、冰華は硬直した。