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F氏の話

F氏の話をしよう。
F氏の友人のR氏が、まだ自分の店を持っていたころの話だ。
F氏は、優雅な日曜日の午後をすごそうと、美術館と行きつけの喫茶店へ向かおうとしていた。駅で汽車を待っている間、そっけないほどに素朴な花壇をぼうっと眺めていた。F氏は、大変花を愛していた。
汽車に乗り、橙色の切符を車掌に渡した。
花売りの少女から、百合を三本ほど買った。コインと共に、かばんに入っていたキャンディをひとつかみ握らせてやった。
F氏は、子供への思いやりにあふれた人物だった。
美術館につくと、中に入る前に、不慮の事故でなくなったある画家の慰霊碑に百合の花を供えた。
美術館の中は、日曜にも関わらず閑散としていた。F氏は、人ごみを好まなかったので、これは良かったと一人微笑んだ。
ゆっくりと絵画鑑賞を楽しみ、資料室で少し居眠りをした後、喫茶店へ足を運んだ。
F氏と喫茶店のマスターは、とても馬が合った。
ブレンドコーヒーと、小腹を満たすためのサラダを頼んだF氏は、マスターに美術館で買った絵ハガキを一枚やった。
マスターはそれを額に入れ、トイレの壁にかけた。
2人は小一時間語り合った。ピカソの天才的な才能について、最近始めたピアノの難しさについて、部屋を掃除したら出てきた数十年前の記念硬貨について。
夕日が沈みかけたころ、F氏は店を後にした。
その夜、F氏は家に帰らなかった。

それ以来、F氏の姿を見たものはいない。

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口裂け女4

あれから逃げに逃げて、ある月極駐車場に辿り着いた。これ幸いとそこに停まっていたトラックの下に滑り込み、やり過ごすことにした。
その直後、『奴』が駐車場に現れた。少しきょろきょろとしながらも、何故かこちらに真っ直ぐ進んでくる。どうしてこういう『追いかけてくる怪異』って奴らは、逃げる奴の場所が分かるんだろうか。
そして隠れていたトラックの前で止まり、その下をバッ、と見た。
しかし、そこに既にこちらの姿は無かった。こうなることを見越して、トラックの陰を利用して、こっそりと移動していたのだ。
『奴』がこちらを探しているうちに、フェンスを乗り越えて逃げようとする。
しかし、うっかり音を立ててしまった。もちろん『奴』はすぐそれに気付く。急いでフェンスを越えるも、バランスを崩して転んでしまった。
これは詰んだか、と半ば諦めながら『奴』を睨みつけていると、不思議なことに『奴』は憎々しげに睨んでくるだけで、こちらに来ようとはしなかった。まあ、それも僅かの間のことで、すぐにフェンスを回り込んで追おうとしてきたが。
(しかし、なぜ奴はフェンスを越えてこなかったんだ?そうすれば簡単に捕まえられただろうに。……まさか、いや、それより早く逃げよう。奴が来てしまう。それに、攻略法も思い付いた。)
そんなことを考えながら、まだ少し遠い我が家に向けて、逃走を再開した。

※この話の設定は、一部こちらで作っている部分があります。そうしないとポマードが唱えられない状況じゃちょっと勝てないので。(『メリーさん』の防御と瞬間移動と流し雛も同じです)万が一口裂け女に遭遇しても、ここに書かれているような方法を試そうとは決して思わないように。素直にポマードするかべっこう飴を差し出しましょう。

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口裂け女

ある日の夕方の事だった。
外出先からの帰り、ちょうど進行方向が西向きだったので、夕日の光を避けるために、地面に目をやりながら歩いていた。
ふと気付くと、目の前の地面に人の影が差していた。どうやら誰かが目の前に立ち止まっているようだ。そして、目を上げてしまった。今思えば、なぜあんな事をしてしまったのだろうか。ほんのちょっとだけ、進路を右か左にずらすだけで、それ以降の出来事を全て回避できたかもしれないのに。
そこには、一人の女性が立っていた。今の季節には合わない、真っ赤なコートを着て、顔の下半分をマスクで覆っている、やけに背の高い女性が。自分も決して背が高い方ではないが、それを鑑みても、185cm以上はあった。
『私、キレイ?』
「ポマ……」
しかし、そこより先を言うことはできなかった。『奴』の隠し持っていた草刈鎌の冷たい刃が、首筋にぴたりと当てられたのだ。
『私、キレイ?』
『奴』が再び訊いてきた。その笑っているようにも怒り狂っているようにも、はたまた泣きそうにも見える不気味で狂気的な目つきは、『普通』だの『まあまあです』だの、そういう中途半端な答えは一切受け付けない、という強い意志を感じさせた。
『私、キレイ?』
『奴』が少しいらいらしたように、再び訊いてきた。先程より首筋に当てられた鎌を持つ手に力が入る。どうやらよく手入れされているらしく、このまますっと刃を引けば、流血沙汰は避けられないだろう。
もはや猶予は無い。
「………答えは『NO』だ」
そう言いながら、『奴』が動き出す前に、持っていた鞄を『奴』の顔面目がけて、思い切り投げつけた。『奴』が咄嗟に空いている左手で顔を覆ったそのタイミングで、首に当てられた鎌の刃を避けて、元来た方向に全力で駆け出した。