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五行怪異世巡『天狗』 その⑩

「……ようやく手が届いた」
そう呟いて青葉は倒木の下から飛び出し、天狗に斬りかかった。天狗は仰向けに倒れ込むようにしてそれを回避する。
「な、なんで⁉ なんで生きてる⁉ お前はただの人間のガキだろ⁉」
動揺してまくし立てる天狗に構わず、青葉は天狗が立ち上がる前に左肩を片足で踏みつけ、喉元に〈薫風〉の切っ先を突き付ける。
「捕まえた」
「ッ……! ば、馬鹿にするなよ! ボクは『天狗』だぞ!」
天狗がそう叫ぶと、青葉の足元の土が風で舞い上がった。土煙の目潰しに思わず身を捩り、足が天狗から離れてしまう。
(離れた! このまま姿を消して仕切り直す!)
“隠れ蓑”を使い、起き上がろうとする。しかし、それは叶わず再び地面に倒れ込んでしまった。何者かに足首を強く掴まれ、片脚が使えなくなっていたのだ。
「なっ……⁉ お前ら、2人しかいなかっただろ! 一人は離れた場所に誘導しておいた! これ以上どこに人手があるっていうんだ! 誰だよ⁉」
「あぁ……それは私も気になってたんだ。さっきは助けてくれてありがとう。名前くらいは聞いておきたいんだけど?」
喚く天狗に便乗するように、青葉は倒木の方に向けて問いかけた。それに応じるように、倒木が粉砕され、身長に対して異様に細身で華奢な印象の和装の少女が現れた。
「ああ、ワタシの可愛い青葉。勿論その質問には答えさせてもらうよ! ワタシの可愛い青葉にワタシを呼んでもらえるなんて、何て素敵なんだ!」

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ただの魔女 その②

3度、4度、5度目の撃破。すぐさま再生。粉微塵程度でどうにかできるような代物じゃあないよ。
「…………けど、いい加減見飽きたなぁ」
ゴーレムに斬りかかろうとする魔法少女を『指差す』。
魔女の指差しは呪術的攻撃力を持つ。魔力と呪詛はあの忌々しい“魔法少女”に真っ直ぐ飛んでいき、ヒット。
殴りかかるゴーレムに反撃しようとした瞬間、私の呪いが届いた。あの子の身体から急激に力が抜け、その場に膝をつく。こうなれば、私のゴーレムは確実に当てられる。
巨大で重厚な拳が見事に命中し、あの子は壁を数枚ほど破壊しながら吹っ飛んでいった。
「さあ行けゴーレムあいつを追って。死体の様子を確かめようか」
魔法少女でぶち破った穴から腕を突っ込ませて、民家の中を探らせる。変形させてできるだけ腕を伸ばさせているけど、どこに入り込んでしまったのかなかなか手応えが無い。
「…………いや」
違う。『見つからない』んじゃない。『既に移動している』んだ。
あのダメージで逃げ出したとは思えない。最低でも動けなくなるくらいの衝撃は与えたはずだから。となると…………。
『もう1人仲間がいて、その子に逃がしてもらった』
背後からの声。咄嗟に振り返ると、何かヌイグルミのような生き物が数m離れたところにちょこんと座っていた。
「誰?」
『君が戦っている魔法少女の上司みたいなものだヨ』
「へぇ」
『しかしまァ……驚いたなァ。君、こちらと無関係に魔法を使うなんて……君、その力を世界のために活か』
指差して呪詛でヌイグルミを撃ち抜く。
『……ひどい、なァ。いきなり……』
「失せろ悪魔が。『その枠』はもう埋まってるんだよ」
護衛用に手近に残していた小型のゴーレムを棘状に変化させ、ヌイグルミの頭部を撃ち貫く。確実に殺したと思ったけど、その姿はすぐに薄れて消えてしまった。どうやら仕留め損ねたみたいだ。

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ただの魔女 その①

粘土・土塊・石ころ・木の根・砕けた舗装のアスファルト。
混ぜてくっつけ捻くれさせて、出来上がりますは自慢のゴーレム。
“emeth”なんて弱点つけて自動化せずに、都度都度指揮るマニュアル操作。
跳んで走って暴れ回って、殴って壊して傷つけて。
こうして“悪事”を働いていれば……。
「…………そら来た」
この猛然たる風切り音。“悪者”を打ち倒さんとする正義の味方。華美な衣装に身を包み、派手な魔法で平和を守る、みんなの憧れ。
「“魔法少女”……!」
街の危機に颯爽と駆け付けた魔法少女は、私の創ったゴーレムを、光を纏った剣で一閃。
たった一撃でやっつけてしまった。周囲の一般市民からも歓声が上がり、彼女も笑顔で手を振って応える。
まさにスター。ヒーロー……ヒロイン? 街のアイドル。みんなが彼女に憧れて、みんながあの子を好いている。
「…………気に食わないなぁ」
ゴーレムに魔力を送り込む。崩れた身体は再び歪に引っ付いて立ち上がる。
ほらほら頑張れ正義の味方。街の脅威がまた立ち上がった。
彼女の剣がまた閃いて、今度は綺麗に3等分。
「その程度?」
再び修復されるゴーレム。どうせ私がいる限り、何回だって再生されるんだから。そろそろ気付かないものかね?

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五行怪異世巡『天狗』 その⑧

(……しかし、驚いたな)
青葉のいる場所から数十mほど離れた木の上に“隠れ蓑”で姿を消しながら立ち、天狗は青葉の様子を観察していた。
(さっきまではあの化け物がいたから目立たなかったけど……何なんだ、あの子?)
天狗は青葉に対して、種枚の直接的な暴力性とはまた異なる脅威を感じ取っていた。それ故に、敢えて距離を取り、頑なに遠隔攻撃のみを仕掛けていたのだ。
(動きは遅いし、ぎこちない。仮に近付いたとして、万が一にも奴がボクに触れられるなんてことはあり得ないだろう。それなのに……何だ? あの子に対して感じている、この『気持ち悪さ』は……)
一瞬、青葉から視線を外し、別方向に目をやる。種枚のことは“天狗倒し”“天狗囃子”という二重の『音の幻術』による誘導で厳重に隔離している。種枚が発生させたものなのか、随所で木が倒れ土煙が上がっているが、この様子ならしばらく2人が合流することは無いだろう。
それを確かめ、天狗は再び天狗火を生成し、青葉に差し向けた。

青葉に向けて倒れた枯木を、彼女は前方に向けて飛び込むようにして、辛うじて回避した。
しかし、倒れ込んで身動きの取れなくなった青葉に、次の天狗火が迫る。
「っ……!」
咄嗟に刀を盾代わりにしようとしたその時だった。
(斬れ!)
『声』ともまた違う、『意思』のようなものが、青葉の脳内に閃光のように走った。刀に目をやると、種枚が鞘と柄を固く結び留めたはずの下げ緒は、転げ回って天狗火から逃げていたためかいつの間にか解けている。
短く、鋭く息を吐きながら、刀を抜き放つ勢いで迫りくる天狗火に斬り付ける。火球は刀身に触れた場所から綺麗に両断され、青葉を外れて地面に着弾した。
「……何だったんだ、今の…………人は無意識に情報を取り入れてるってやつかな」
再び納刀しながら、青葉はよろよろと立ち上がった。