随分と冒頭で寝落ちてしまったようだ。チャールズの声が心地よいのがいけない。
そして、ここから先は思い出せなかった。
「だいぶ序盤でお休みになりましたね。女の子に協力者が現れたところで、私の肩にお嬢さまの頭がのりましたよ。」
「……そこの話知らない。」
「まあ、昔話なので。」
ほら、起きてくださいね,とベッドから離れる。どうやらリビングのソファからここまで運ばれてきたようだ。思った以上に恥ずかしいそれを頭から振り払うように部屋を出た。
随分と細かい昔話だ。どこに伝わるものだろうか。
準備をしてリビングへ入る。席につき、先ほどの昔話について聞いてみる。すると、チャールズは笑う。
「寝る前の読み聞かせですよ。次の日に内容を聞きたがるだなんて。忘れてるものだと思っていたのに。」
すごい子供扱いされた気がする。そう思い、拗ねたように言う。
「だって、あまりにも詳しいんだもの。どこで聞いた昔話なの。」
探りを入れようと思っているわけではない。純粋に興味があるだけだ。この質問を、チャールズがどうとるかはわからないけれど。
「では、また眠れない夜にでもお話ししてあげますね。」
少々むっとするけれど、また聞けることに今は満足しておこう。今日は遅めに起きたから、時間的余裕は昨日よりない。いただきますと手を合わせるのだった。
雨のむこう、電車が駆けてゆく
音だけが聞こえた
傘のなか、今日もあめふり
きみの街にふった雨のことを思い出したよ、あの日
きみはずっと傘をさしたままで、
*
ある女の子がいました。彼女には母親がいました。彼女の母親は凄い方でした。しかし、突然姿を消したのです。
彼女はとうとうひとりになってしまいました。
歩き探し回るも、彼女の味方になってくれるような者は現れません。それどころか、周りの景色は目まぐるしく変わっていくばかり。まるで、自分だけが取り残されるかのように。
*
今 目を覚ます
内に眠る野生の本能
流れてく下らない毎日
全てtarget
燃やしてFire
何もかも撃ち抜いて
鎖から己を解き放て
呼び覚ますBeast
本能のままに
もう縛るものは何もない
本能のまま衝動のまま
駆けていく
「お嬢さま、おはようございます。」
目の前にはチャールズの端正な顔。
「おはよう……? 」
寝ぼける頭をどうにか起こし、思い出そうとする数時間前の記憶。眠れなくて起き、確かチャールズの言う昔話とやらを聞くことになったはずだった。
なんの話だったろう。
「昨日、私どこまで起きてた?」
昨日といってもいいか疑問ではあったが、とりあえず昨日として聞いてみる。
なんだか、不思議な話だったような気がする。
青い空に夕のインクをたらしたら
セカイは夕景、大パノラマに
圧倒されるほかない
夕の世界に夜のインクを一滴
東から藍が近づく
一番星が、きれいに映える
でも、君の顔が見えにくくなるのは、
それだけは勘弁。
だからもっと、近くにいてね。
その人は学業と運動において県内トップクラスの
実力だった。
しかし関係者いわく「日本の学校に魅力を感じない」ということでその人は外国へ行った。
これだけは言っちゃダメなんだけど俺は心の中で思っていた。「よくわかんない理屈だな」と。
だってそうだろう。日本の学校に何一つとして魅力を感じられない人が外国の学校に魅力を感じられるわけない。
単なる強がりでしかないと思うが。
どうやら、触れていいものではないらしい。
だから、ここは素直にごめんなさいと謝っておく。どうやら、小説というわけではないようだ。
聞こうか迷っていると、
「ホットミルクです。蜂蜜はお好みでどうぞ。」
と出されてしまう。そうとう触れられたくないらしい。だから、なかったことにして、ありがとうと伝えた。
チャールズは、元いたところ、瑛瑠の隣に腰を下ろす。
「今日は寝るのやめますか?」
悪戯めいた瞳が揺れる。その、とてつもなく澄んだ碧を見つめながら、瑛瑠も乗っかる。
「何をするの?」
ちょっと考えたチャールズは、静かな声で、昔話を,と言った。
誰も目を見てくれなくなって
僕は学校に行けなくなった
人混みの匂いに吐きそうになって
電車に乗れなくなった
すれ違う人の舌打ちや溜め息が怖くて
街を歩けなくなった
急に自分が最低な人間に思えて
君の顔が見れなくなった
同じ歳の人の話すのを聞いて
話が出来なくなった
輝かしい彼等の生き様を見て
生きていけなくなった
年間三万人の内の
一人にすらなれなかった僕は
真っ白な部屋で
真っ暗な夜と
うつつを抜かす