傘を閉じ、マフラーに顔をうずめ、寒そうに白い息を吐いた瑛瑠を、チャールズは見やる。
雨だったはずの外は白く染まり、冬を実感させられる。蒸気させた頬の彼女は、雪が降ってよかったねと微笑みかける。その既視感に痛みを感じ、そうですねなんて当たり障りのない言葉を吐いた。
雪が降ってよかったねに起因するのは二人の目的地。煌めく光に彩られた夜を目の前に、隣の彼女は眩しそうに目を細めている。その横顔があまりに綺麗だから、思わず笑みが零れる。
チャールズは、ひとりの女性を思い描く。すれ違ったままはぐれてしまった言葉に想いを馳せるけれど、そんな想いはとうに記憶の彼方で。
歯痒かったこの気持ちを、友人は恋と言うけれど、残ったのは今も時々疼く傷だけ。
雪が振り、また彼女を見失う。彼女の影を探しても意味はない。
隣から自分の名前を呼ばれ、やっと浮上したチャールズは、瑛瑠の手をとる。
「行きましょう、お嬢さま。」
――彼女のことは、傷つけない。
轟音とは、こういうもののことを言うんだと知った。
明くる日のこと。
「うーんっ、よく寝たあ」
「ホント?私体がカチコチなんだけど...」
「まさか、今まで岩の上で寝たことがなかったり...」
「ま、普通に暮らしてたらそうある話じゃないわよ」
そう言ったシェキナが首を横に曲げて手で引っ張ると、ゴキゴキっと音がする。うわあ、と顔をしかめるアーネスト。
「どっか折れてるみたいだ」
「何言ってんのよ」
肩、腰、脚と順番に体をほぐしていくシェキナ。そのたびにすごい音がなる。
「さあ、朝食でも探しに行くわよ」
「そうだな、登ってくるときにおそらく鹿の足跡っぽいのが向こうに続いてたからいるかもしれないな。昨日の晩の雪でだいぶ消えちゃってるけど」
「そんなの見つけてたの?」
「まあ、ね。確かあっちの......」
アーネストが岩屋の出口に近づき、外に出ようとする。と、そのとき、はっとアーネストは足を止めた。
「どうしたの、アーネスト」
「シッ.........。何か聞こえないか?」
「??いえ、何も...待って、なんだか低い音がなってるみたい。重たい家具を動かしてるときみたいな......」
「やっぱりそうか、聞き間違いなら良かったんだが...」
「え、何、どうしたの?」
「これはまずいかもしれん......どうする...?」
「ちょっとなんなのよ教えてよねえ!」
オヅタルクニアではこんな音を聞くのは日常茶飯事だった。でも、こんなにも大きな音を聞いたのは初めてだ。それもそうだ、いつも遠くから眺めているだけなのだから。そう、この音の正体は............。
騒々しかった朝が過ぎ、その会話を昼まで引っ張って多いに盛り上がった4人は、帰路を共にする。
「何だかんだ言って、4人で帰るのは初めてかもね。」
歌名の言う通りで、4人で帰るのは初だった。委員会や各自の調べもの、4人のうちの誰かと帰ることはあっても、4人でそういうことはなかった。
春風がふわっと頬を撫でる。
「どうせだから、明日行く『Dandelion』の前を通りましょう、確認です。」
歌名と望は、だいたいの位置しか知らないから。
瑛瑠の提案に3人は頷く。少し寄り道だけれど、反対の声はない。
みんな同じ想いであれば嬉しいと、ひとり微笑む瑛瑠。
もう少し、一緒にいたい。
瑛瑠は腕をさすった。英人でさえ知らないその痕が、消える頃にはもっと心地よい空間になっているのだろう。そう考えると、顔が綻ぶ。
瑛瑠は立ち止まり、3人の名を呼ぶ。1歩前に進んだ3人と、それぞれ視線がぶつかる。
「大好きです。」
微笑みかけた瑛瑠。
風が、吹いた。
時雨視点
雪の降る寒空の下で、イヤホンを付けて、あの曲を聴く。
——相対になるのは夜が明けてから。ほらね、今日は眠るのさ。——
でもなんでこんな時間に外で音楽聴いてるかっていうと、今日は寒くて、眠れないから。
なんていう理由をつけて、悲劇のヒロイン演じてみたかっただけ。この曲みたいな失恋をした人になってみたかっただけ。
呆れるような理由でしょ。
恋とやらはキラキラしているだろうか。
腐れ縁みたいな絆しか私たちにはないんだ。
その証拠が白い白いこのマフラー。
結月と美月とお揃いだから。
あ、そうだ。玲にも、あげよう。
特攻班に入ったお祝いとしてもね。
そう思って、嘘の涙を流してみる。
本当の涙がこの先流れないことを祈るよ。
【番外編 終わり】
時雨視点
玲が
「あ、爆弾は見つかって、処理されたらしいですよ。」
なんだ。よかった。ほっと胸をなでおろした。
結月と美月も安心していた。
「あ、で?」
私が言うと、玲が
「は?いや、何がですか?」
「いや、だから、特攻班に入るかどうかだよ。」
「いいんですか?本当に?」
玲が言うと、
結月はオッケーのジェスチャーをして、
美月は「いいと思いますよ。結月姉が言うなら。
あなたの強さなら、結月姉について行けると思います。」と、言いながら微笑んでいた。
てっきり、嫉妬するのかと思っていた。
それを見た玲は、
「ついて行かせてください。」と言った。
これからは、四人か。
楽しみだね。
【続く】
溶け去った夕景
落ちてくる夜
浮かび上がる街灯
恋する雪の予感
鈴の笑い声
締め付ける
足か胸か
安寧の未来
泥濘の去来
恐ろしい、と
独り叫んだ
始まった流星群
身を委ね
僕はただひた走る
息をつかせ
止まらない
降る万軍の星から
逃げていた
知らないんだ、愛を
ヒトフタ:マルマル
何もないから寒いのだ
泣いて逃げている
全力で走っている
過去と未来から
前にも後にも
何も見えねえんだよ
何もないんだ、全部落としたみたいに
忘れないもの
消えないもの
星が光る夜空
双子座流星群
今年はよく見えるんだって
目を輝かせた君
あの日の星空は忘れない
君の眼に映った星空は
どの星よりも綺麗でした
崖っぷちで今にも崩れそうな時
頑張れ って背中を押しても落っこちちゃうだけなんです
頑張れ って言葉が辛いこともあるんです
時雨視点
結月が目を覚ました。玲がびくり、と反応する。
そこで私は班長である結月に、副班長として聞いてみた。
「玲を特攻班に入れていい?」
具合の悪そうな結月は、オッケーのジェスチャーをした。
驚いた美月が
「え?⁉︎いいんですか?裏切り者を?
私達の特攻班に?」
それでも結月は黙ってオッケーのジェスチャーをしている。
ただ、驚いたのは美月だけじゃなかった。
「こんな裏切り者を入れたって、後悔するだけですよ!」
玲が早口で言う。
だーいじょぶだよ、と言わんばかりの笑顔を
見せる。
「じゃあ、これからよろしくね!」
私は、玲に言った。
そして、美月がこう言った。
「ところで、爆弾はどうなったんですか?」
あ、すっかり忘れてた。
【続く】
不惑な横顔から滴る蜜は
私の全てを鷲掴みにした
私にない全てを
あなたは持っていたから
窓の結露をひとりなぞった
指先に伝った一筋の雫
ぽたりと落ちた
冬の朝はこんなに眩しくて
ふっとあなたの温もりが
恋しくなる季節
あなたとわたし
ひとつのマフラーで繋いだ
真っ赤なマフラーに染み付いた
あなたの香りがこんなにも
懐かしくなるだなんてね
小指絡めたあの日
あなたは覚えていますか?
不意に昇華して消えた
一瞬の余韻に止まった街は
なにも無かったかのようにまた忙しなく
動き始めるのね
濡れた指先朝陽に翳して
きらきら光った雫
ぽたりと落ちた
僕、風にのって空を飛んだのなんてはじめてだったよ
にんじん畑をあらしてしまってごめんね
新しいお家もこわしてしまってごめんね
すっかりほどけてしまってたけど
マフラーの糸の先にいるのは君って思ったら
ちっともこわくなんかなかったよ
いや、そりゃ ちょっとはこわかったけどね
今年の冬はさむいね
君は風邪、ひかないようにね