「お前らいちゃいちゃばっかしやがって、何だよ」
気持ち悪りぃ、と駅舎の柱に寄りかかる銀髪の少女は白い目を彼女たちに向ける。
「あーら“シルバー”、貴女もあたしによしよしされたいの⁇」
「ンな訳ねーよ‼︎」
スカーレットの言葉に対し、“シルバー”と呼ばれた少女は強く言い返す。
「私はお前らみたいに“魔女”同士で馴れ合うのとかしたくねーんだよ!」
ホント気持ち悪い、とシルバーはそっぽを向く。あららーとスカーレットはシルバーの姿を見て笑った。
「…まぁそんなことは置いといて!」
そろそろ行きましょ!とスカーレットはみんなの顔を見る。4人はそうだねとか言って頷く。スカーレットはその様子を見届けると、駅舎の出入り口に向けて歩き出した。
大きな駅から少し離れた所にある、人気のない路地裏にて。
色とりどりの衣装を着た4人の少女たちが路地の道幅いっぱいの大きさの、頭部に無数の目が付いた爬虫類のような怪物と対峙している。怪物は少女たちを前に威嚇するように唸っていた。
「いやぁ手強いねぇ」
水色の髪を二つ結びにしたセーラー襟ジャケットを着ている少女が大剣を構えながら呟く。
「みんなもそう思わない?」
ねぇと少女は周りの少女たちに目を向けるが、3人の少女たちは今一つな反応をした。
「ちょっとー、みんな反応薄いよ〜」
ここはそうだねとか答える所でしょー?と水色の髪の少女は口を尖らせる。
「…別にどうでもいい」
不意に3人の内の1人、ウグイス色の髪で軍服のような格好の少女がポツリと呟く。
「私たちは目の前のアイツを倒せればいいの」
そんなことを気にしている暇はない、とウグイス色の髪の少女は右手から大きなチャクラムを生成する。そして彼女はチャクラムを目の前の怪物に向かって投げつけた。
しかし怪物は咄嗟に近くの建物によじ登りそれを避ける。少女たちが驚く間もなく怪物は建物伝いに彼女たちの方へ突進していった。
夜、日が暮れた頃。
とある大学構内の廊下を、2人の奇妙な雰囲気のコドモが歩いている。
「…それにしても、お前がここに来るなんて珍しいな」
普段は店のことで付きっきりなのに、と黒髪でゴスファッションのコドモことナツィが、隣を歩くジャンパースカート姿のコドモに目を向ける。
「今日は臨時休業だからね」
暇だろうから外へ行っておいでってマスターが言うから、とジャンパースカートのコドモ…かすみは微笑む。
「ふーん」
ナツィはそう頷いて前を向く。
「…ナツィは、今日も“ご主人”の付き添い?」
今度はかすみが尋ねると、ナツィはまぁと答える。
「別に俺はいいんだけど、あの人が一緒に行こうって言うから…」
ナツィがそう言いかけた時、不意に2人の進行方向から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
2人が声のする方に目を向けると、廊下の角から見覚えのあるコドモたちが歩いてくる。
「…それで、もしもの時はどうするの?」
「もしもの時はベニに…」
わいわい話しながら歩いてくる4人の内の1人である金髪のコドモは、反対方向からやって来るナツィとかすみに気づくとあっ!と手を挙げる。
私が困ったときに救ってくれたあなた
今度は私があなたに救われたように
あなたを救います
“情報屋”チュートリアル.G.M.
性別:女 年齢:不詳 身長:161㎝
〈ブラックマーケット〉で『情報屋』として働いている女性。トレードマークは濃紺のフライトキャップとゴーグル。せっかくの可愛らしいふわふわなショートヘアの茶髪は帽子の下に隠れて殆どお目にかかれない。特徴的な眼をしており、白目の部分が真っ黒で、虹彩は金色。瞳孔は日の下のネコのそれのように縦長。
ノースリーブのシャツと裾が広がったショートパンツからはかわいそうになるほど細っこい手足が伸びており、大きい手袋と履き口の広いショートブーツのせいで実数値よりチビッ子に見える。
最も重視しているものは「〈ブラックマーケット〉の住人になる意思」であり、新入りには快く様々な情報を教えてくれたり、人脈を紹介してくれたりする。
ちなみに名前はもちろん本名では無く、通り名とか二つ名みたいなもの。そもそも〈ブラックマーケット〉において名前自体は大した価値が無いため、少なくない人数が本名を捨て、自分の『価値』や『生業』が分かりやすい『通り名』で通している。本名は価値なんて関係ない家族やお友達くらいの関係性でしか使われない。
ミドリちゃんの方に向き直ってみると、彼女は回り込むようにして私と一定の距離を保ちつつ、倒れたアオイちゃんに駆け寄った。
「アオイちゃん! 無事?」
「何とか……威力はそんなに無かったっぽい」
「良かった……」
ミドリちゃんがこっちを睨みつけてくる。
……しかし、これ以上撃たれるのも嫌だし、いつまでも戦い続けるのも面倒だな……。
「…………もう、終わらせようか」
私に残ったイマジネーションを確認する。貯蓄は十分。
棍棒を投げ捨てる。4脚を開いて強く踏みしめ、機械腕を大きく真横に広げる。
「……〈Iron Horse〉」
脚部と両腕の機械装甲が捻じれ膨らみ、私の全身を少しずつ覆い隠していく。『鎧』として、そして、敵を殺す『刃』として。変形しながら形成されていく。
「〈Bicorne〉」
最後に頭部が完全に覆われる。額からは大きく湾曲した悪魔のような角が2本。鋼鉄故の黒色の装甲も合わさり、これじゃあ丸っきり見た目が化け物だ。
「ま、良いか。今日のところはここで退散してね」
全力を4脚に注いで踏み切り、機械装甲の補助によって全身のバネの力が100%乗った加速で2人に接近する。
アオイちゃんが咄嗟に前に出て防御しようとしたみたいだけど、今の私には関係ない。闘牛の角のように構えた腕の片方で引っかけるように轢き飛ばし、ついでにその後ろにいたミドリちゃんも巻き込んで吹き飛ばした。
「…………ふぅ」
2人が見えなくなるまで飛んでいくのを待ってからブレーキをかける。
「ひゃく……いや300mくらいは飛んだかな?」
〈Iron Horse : Bicorne〉を解除し、2人の飛んでいった方を眺める。これだけ痛めつければ、今日のうちくらいはこれ以上突っかかってこないだろう。刃は立てなかったからきっと生きてるだろうし。そんなことより、散歩を再開しようか。
…
……
大きく揺れた。
「…?」
ゆずの意識が覚醒する。どうやらせんちゃんごと横向きに倒れているようだ。
「せんちゃん?どうしたの?」
「起こした?すまん、下山目前なんだがな…『神隠し』に見つかった」
そう言うが早いかせんちゃんはゆずを庇いつつ転がって体制を立て直した。
「えっ!?うわぁ!?」
ゆずの眠気が飛んだ。確かに目の前の大きな影は『神隠し』である。勢いよくこちらに突っ込んで来、ごろりと一回転し、黒板を爪でひっかくような奇声をあげた。
「…全く降りられない」
ゆずを米俵式に抱え、ぽつりと呟く。
「撒けないの?」
「撒ける…けど、朝までには帰れないな。あまり時間が経つといろいろとまずい」
せんちゃんの声に焦りが滲む。
「家までは送ってやれないけど、山からの道は分かる?」
「わ、分かる…山からは流石に大丈夫だよ」
「…そう」
せんちゃんはゆずを、投げた。
「ええ!?また_」
せんちゃんの方を見ると、神隠しの足がせんちゃんの頭を踏み潰そうとしている。刹那、せんちゃんが左腕を振りかぶった。ゆずの額に、まっすぐ何かが飛んでくる。
そして3つ目。どんな世界でも、どんな社会でも、必ず「あぶれずにはいられない者」というのは現れるものですが、そんな人たちが追いやられ、死にさえしなければ辿り着ける最後の希望。“危険なセーフティ・ネット”……これは私だけが呼んでる異名ですけど。ヒロマレヒロマレ。そのエリアを人呼んで、〈ブラックマーケット〉。基本的には地表から広がっていますが、時々他のエリアが位置するはずの高さにまで侵食し、食い込んでいることもありますね。正確な規模や面積すら把握しきれていない、世界の暗黒面ですよ。
このエリアでは、“地上”や“天界”の法なんて意味を持ちません。ここで意味を持つのはたった一つ簡単なもの。『商品価値』です。
「才能」でも「人手」でも「物品」でも、価値ある『何か』が提供できること。それが〈ブラックマーケット〉で生きるための条件です。ああ、別に無くても良いんですよ? 『価値』は客観的なものですから。人間、生きているだけで如何様にも使えるものです。
……それで、何の話でしたっけ? ああ、そうでしたそうでした。戸籍も記憶も何も無い。そんな貴方に『世界』のことと『生き方』を教えてあげるって話でしたね。
ようこそ我らが唯一最後の居場所〈ブラックマーケット〉へ。私たちはあなたを歓迎しますよ。分からないことがあったら何でも聞いてください。私は“情報屋”ですから、あなたの『商品価値』の限り、喜んで私の『価値』―情報をお返ししましょう。
今からおおよそ200年ほど前の事だったでしょうか。世界は軽く滅亡しました。
理由ですか? いえ、私はその頃生まれてすらいませんでしたので……。資料? 残っているわけ無いじゃないですか。紙の書類や書物はどれもこれも真っ先に燃料になっちゃいましたし。もしかしたら誰かがデジタルメモリで保存しているかもしれませんが……少なくとも私は知りませんね。情報が欲しいなら〈アッパーヤード〉にでも行ってみたらいかがです?
さて閑話休題。種の滅亡を目前にしたとき、本能的にそれを回避しようとするのが生物というものです。幸い、『ヒト』という種族にとってもそれは同じだったようですね。
世界各地の大都市(メトロポリス)を拠点として、スカイ・スクレイパー群の上層へと逃げるように移住した人間たちは、争ったり協力したり、ウヨキョクセツを経た結果、やがて収斂進化的におおよそ3つのエリアが成立しました。
1つ目に〈アッパーヤード〉。さっきちらっと口にしましたね。最低でも地表から100m以上の高さに位置し、そのメトロポリスの有力者や権力者の居住区と、図書館や情報関係の施設など、人類にとって重要になる施設が多く見られるエリアです。“天界”なんて呼び方をする人たちもいますね。
2つ目に〈グラウンド〉。目安として、地表から40m以上に位置し、生き残りの子孫のおよそ7割が暮らしています。ちなみに〈アッパーヤード〉の人口比率はおおよそ2割ほどです。
“地上”とも呼ばれるこのエリアの特徴はスカイ・スクレイパー群の間に橋渡しするように増築された迷路のような居住区です。ぱっと見、本当にそこが地表みたいに見えるんですよ。下から見上げたり遠くから眺めると壮観ですよ、おすすめです。
・200年前:人類が軽く滅亡したあの一件。詳細は不明。病気かもしれないし、戦争かもしれないし、地球外生命体かもしれないし、ロボットとAIの反乱かもしれない。真相は〈アッパーヤード〉の情報保管施設で厳重に保存されており、それと過去の様々な記録を基に、有力者の人たちが社会維持のための様々な方策を考える。これに関する無断での情報閲覧は違法。死刑。すごく面倒で長ったらしい手続きをこなせば、監視付きで閲覧可能。公表されていない理由は、無用なパニックでただでさえギリギリで持ち堪えている人類が崩れてしまったらマズいから。人類の危機を救うため、本気で知りたがっている人間だけが面倒な手続きの果てに知ることができる。ただの尋常じゃない好奇心でも、手続きさえほっぽり出さなければ閲覧できる。
・『商品価値』:〈ブラックマーケット〉の『掟』において最重要視されているもの。所持品、才能、技術、人脈、人徳、その他もろもろ、金を稼ぐあるいは食いつなぐことができるだけの何か。無くても大丈夫。『肉体』と『生命』の価値は誰かが見出してくれる。
・〈ブラックマーケット〉の掟
この地において上界の法は適用されない。我々は法的に「死人」である。
この地を出る際、身の振り方には注意すべし。我々は法的に「死人」である。
他者の持つ『商品価値』には相応の『商品価値』を対価として差し出すべし。
『商品価値』無き者の価値は、それを最初に見出した者の自由とする。
片手で扱える短いメイスを手にしていたミドリちゃんが、大回りで私の背後に回ろうと駆け出す。なるほどこれは長く重いランスを持ったアオイちゃんには難しい動きだろう。そう思ってアオイちゃんの方に視線を戻そうとしたときだった。
「あぐっ……」
脇腹に何かが勢い良く突き刺さった。アオイちゃんのランスじゃない。あれほど重くは無い、むしろ軽く速度だけのある弾丸でも食らったみたいな……。
「うっ、がっ、あがっ」
その『弾丸』は更に撃ち込まれる。アオイちゃんの仕業みたいだ。首や背中にも『弾丸』が突き刺さり、その度に鋭い痛みが走る。
「痛いなァ……ごふっ」
アオイちゃんに向き直ろうとして、後頭部に強い衝撃を受けた。ミドリちゃんに殴られたんだ。
「うぐぅぇぇ…………ひどいことするゥ……」
これ以上殴られても困るので、取り敢えず棍棒を振り回して牽制する。と、またアオイちゃんの射撃だ。流石に慣れてきたので、機械腕で防ぎながら、彼女の方に馬脚を走らせる。アオイちゃんが反応する前に距離を詰め、棍棒で掬い上げるように吹き飛ばした。しかし彼女もただじゃやられてくれないみたい。向こうもきっちり、弾丸で反撃してきた。痛い。