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これで良かったのか悩んでます

「これで良かったのか」と思うことは常日頃からあるけど…中でも1番最近のものは、この前の土曜日に親に「今年の冬のコミケの入場リストバンドを買いに行くか」と提案されたけどなにも言わなかったことです。

今年の夏に人生で初めてコミケに一般・サークル参戦をして、すごく楽しかったんです。
でも大学の漫研サークルでは夏コミしか参加しないし、次の冬コミは別にいいかな〜って思って、この前親に「コミケ行く?」って聞かれたときに答えなかったんですよ。
でもですね!
次の冬コミにはウチのサークルの競合サークルにして完全上位互換である美術サークルがなぜか初参戦するそうなんです‼︎
もちろん彼ら彼女らはコミケのために新刊を作って持ち込むわけではなく、先月の学祭で販売した画集やグッズを持ち込むそうなんですけど…
フツーに考えて、その辺の一般大学の美術サークルに入ってるような子たちがコミケの厳しさ(会場内外と最寄り駅を通る鉄道とその駅のハチャメチャな混雑、みんなが買いすぎてもはや全て売り切れ状態の自販機、極めて一部のサークルしか同人誌が売れない厳しい現実…などなど)を知ってるとはなかなか思えないじゃないですか(暗黒微笑)!
だから(あちらが潰れそうな漫研の会長の存在を認識してるわけないと思うけど)冷やかしに行ってやろうと思いまして‼︎

…と言いましたが、それだけじゃなくて「おそらくコミケの現実をよく分からずに参戦しているだろうからあのサークルは頒布物が売れないという現実に打ちのめされると思う、だからかわいそうだしなんか買いに行ってついでに先達としてアドバイスしに行きたい」とも思ってます!
でもそう思うようになったのは親に「コミケの入場リストバンドを買いに行くか?」と聞かれた翌日(昨日)なんですよ。
親はもう既にリストバンドを調達してしまったので、今さら「やっぱコミケ行く」って言っても「もっと早く言ってよ〜」って言われそうで怖いです。
だから見送ってもいいかなって思ったりもするけど…こうして文章化すると余計行きたくなるんだよなぁ〜(笑)

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自分とSOLの十年祭 〜2017年編 その4

その3の続き。

〈この頃の自分(続き)〉
・この年の初夏から翌年の1月くらいまで、なぜか区の施設でカウンセリングを受けていた。おそらく中学校のスクールカウンセラーがウチの母親に「娘さんにカウンセリングを受けさせてはどうか」と提案したことがきっかけなのだろうが…親がなにか説明していた覚えがないので詳細不明。今思い返せば“明らかに発達障がいの検査としか思えないテスト”をやっていたので、もうこの時点で障がいの疑いがかかっていたこともあるかもしれない(ただしこの時は“異常なし”として診断された)。ちなみに自分はカウンセラーの人を気に入ってていっぱい話せたけど、親はなぜかよく思っていなかった模様。
・7月、SOLにミセス先生が来校したことをきっかけに学校掲示板に3月以来久々に書き込み、それが楽しくてそこから毎日のように書き込むようになる。
・夏休み中(?)のある土曜日、家の近所に住んでいる母方のばーちゃんが新聞の投書欄を何気なく読んでいたら“特定の人の前でしか話せない”自分と同じような人の話が載っていることに気づき、。この症状は“場面緘黙(ばめんかんもく)”と呼ばれるものだと書かれていたが、この一件が重要な意味を持つのはもう少し先のことである…
・10月、中学校の文化祭にて当時所属していた英語演劇部の公演で演者として舞台に立つ。練習はすごく大変だったけど、すごく楽しかった気がする。ちなみにその後、区の英語学芸会にも出場して演劇部門で優勝する。

ちなみに「2016年編」の〈この頃のSOL〉に追記。
・7月〜9月にかけて金曜日の23時台に「SCHOOL OF LOCK! 18‘s PROJECT!」という18歳の生徒たちに向けた派生番組が放送された(こちらにもとーやま校長・あしざわ教頭が登場するので、この頃のFRIDAYの最後の挨拶は『またあとで!』だった)。
・7月10日、選挙権が18歳からになってから初めての参議院選挙の投開票日にちなんで放送された特別番組「2016年参議院選挙特別番組 列島タイムライン」の中で「SCHOOL OF LOCK! 〜18歳からの選挙権スペシャル〜」が夜中の0時から放送された(ちなみにこの頃は選挙権が18歳になったことの啓発で生放送教室でもそれにちなんだ授業が行われていた)。

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自分とSOLの十年祭 〜2017年編 その3

その2の続き。

〈この頃の自分〉
・3月下旬、ずっと憧れだったSOL掲示板に書き込むためにアカウントを作る。本当はもっとシンプルなRNにしようと思っていたが、悩みに悩んでサービス終了したソシャゲの名前を借りて「テトモンよ永遠に!」にする。そして初書き込みをしたのである。
・中学に入って初めてのクラス替え。1年生のときに(一応)いじめ事案があったことを聞いている先生たちの忖度によってクラスは小学校が一緒だった子たちで固められる(ちなみにこのことに気づいているのはウチとウチの親くらい)。が、それ以外のよその小学校出身の子たちからいじめられるようになる(なお小学校が一緒だった子たちにはバレないようにいじめっ子たちはやっていた)。
・ある日曜日の朝、何の気なしに居間のテレビを見ていたらその時やっていた特撮番組に衝撃を受ける。これがあの「アイドル×戦士 ミラクルちゅーんず!」であり、今に続く自分の特撮趣味の始まりである。
・この頃、親が毎号買ってくる「月刊Newtype」に連載しているマンガ「ファイブスター物語」の単行本(正確には“リブート”と呼ばれるマンガを連載当時の状態で収録した形態のもの)を読むようになる。最初の方は難しいし絵柄も最近のマンガとだいぶ違うから慣れるまで大変だったけど、だんだんハマってきてしまった(ちなみにこの作品のキャラデザインは今の自分の絵にも少なからず影響を与えている)。
・5月に林間学校で長野と山梨の境目へ行く。たまたま小学校で一緒だった子たちしかいない班になったので傷つくことはほぼない宿泊行事だった(ただ2日目の晩に別の班にいるいじめっ子が『自分の班の居心地が悪い』と言って仲のいい子がいるウチらの部屋に来て結局先生にバレずに一夜を過ごしたことはある。いじめっ子も大変なんだね)。

その4に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2017年編 その2

その1の続き。

〈この頃のSOL〉
・乃木坂46の橋本奈々未ちゃんが乃木坂を卒業・芸能界引退をしてGIRLS LOCKSも引退日の前日に終了した。しかしその後もなにかととーやまおじさんが「旭川の女」として言及することが暫く続いた。
・4月の上旬ごろ、「Catch the Moment」を引っ提げLiSA先生が初来校。この時は“アニソンの女王”ととーやま校長が紹介していた。
・5月か6月ごろ、「プロミスザスター」を引っ提げてBiSH先生が初来校。確か最初のうちはメンバー全員ではなく3人だけ(誰だったかは忘れた)が生放送教室に来ていたが、最後は残りの3人も駆けつけ「プロミスザスター」を生で歌唱、逆電で繋いでいた生徒が感涙していた…気がする(うろ覚え)。
・確かこの頃(前の年辺りかもしれない)、米津玄師先生が来校した際になんとピザの宅配を生放送教室へ頼み、みんなでピザを食べていた回があった。
・ユニゾンLOCKSの企画で(企画名は忘れてしまったが)“生徒が誰かに伝えたい感謝をユニゾン先生が曲にする“といったものがあり、ユニゾン先生が生放送教室に来た時に募集をかけた結果、翌年の春に閉校が決まっていた「北海道旭川東栄高等学校」の生徒のために曲を書き下ろすことが決定する。この時作られた曲というのが「学び舎の春〜LAST RUNNERS〜」である。

その3に続く。