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指定席 #2

三両目、一番前のドアから電車に乗る。
この時間はどの席にもいつも同じ人が座っている。
不思議なものだな、と思いながらもいつもの『自分の席』に座る。
四人掛けシートの通路側。進行方向と反対側の席。この席は正直、少し座りづらい。それでもこれまで守り抜いてきた、俺の特等席だ。

最近学校の先生はやたらと話を「将来」に繋げたがる。この勉強が将来何に役立つか、を教えてくれるのではなく、「提出期限を守れていない人が多いけれど、もしそれが大学や会社に出す書類の時でも、同じように期限を守らないのですか?」とか。それが間違っているとも、否定したいとも思っていない。
でもあまりぴんとこないのだ。将来のことを考えようとしても、自分が「今」に夢中になりすぎているからだ。
起きて、学校で朝練をして、授業で寝て、昼休みは昼練で午後の授業も寝る。そして放課後は部活。気づけばずっと、この生活を送っていた。俺には部活しかなかった。進路指導のための学年集会の後に皆が将来のことを話している時も、俺はその横で愛想笑いを浮かべながら(今日のシュートはなかなか良かった)とか(明日は久しぶりに走るだけの日にしよう)とかを考えるだけで、目の前のことに精一杯になっていた。
電車に揺られながら、考える。
俺って何になりたいんだろう……。

車内放送が駅に到着したことを告げる。隣の席の女子が慌てて立ち上がる。彼女が降りやすいように、なるべく足を折りたたむ。向かいでも会社員の男性が同じようにしている。これもいつものことだ。


もうすぐ俺の学校の最寄り駅に着く。
今日も部活のことだけを考えていたい、と思う。


「自分」の中の悩みが、「俺」には気づかれないように。



【悠 Matsuno Yu】
高校二年生
バスケットボール部員
大学のことを考えるのが嫌

2

指定席

三両目、一番前のドアから電車に乗る。
この時間はどの席にもいつも同じ人が座っている。
不思議なものだな、と思いながらもいつもの『自分の席』に座る。
四人掛けシートの窓側。進行方向と反対側の席。この席は朝日を眺める特等席だ。

単語帳を広げてもやる気が起きない。赤シートに朝日が反射して眩しい。あの朝日をうっとうしいと思ったのはこれが初めてだ。今まではぼーっと朝日を眺めながら音楽を聴くのが楽しみだったのに。頭に入らないアルファベットの羅列を眺めながら、私は何がしたいんだろう、と考える。
したいことが見つからない。行きたい高校が見つからない。好きなことも見つからない。学校に行って、部活に行って、友達付き合いも忘れずに。そうして家に帰ればまた次の日も学校だ。全て誰かに敷かれたレールの上を進んでいるようで、ぞっとする。私でなくても私という存在が成り立ってしまうのではないかと、矛盾しているような想像をしては一人で落ち込む。その頃には、気づけば手元の単語帳は閉じられていて、車内放送が最寄り駅に到着したことを告げる。

慌てて「すみません」と言いながら席を立つ。隣の高校生の男の人は軽く会釈しながら長い脚を折りたたんで、私が通れるように最善を尽くしてくれる。
電車から降りると笑顔でいなければならない。
いつも通り、後ろから軽快な足音がする。
「和花ちゃんおはよー」
「おはよー、今日寒いね」

悩みを悟られないように、明るく。



【和花 Sakura Nodoka】
中学三年生
吹奏楽部員
高校受験に悩む

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手にしている缶コーヒーはまだ温かい。その温もりはいつまで続くだろう。冷めちゃうね、と呟くが返事は軽い頷きだけで、この人との間は詰められない。詰めてはいけないような隙間がある。その隙間を風は容赦なく通り抜けていく。この缶コーヒーを買った自販機はどこだっただろう、一体どれくらいの距離を歩いたか。何も話さずに二人が黙々と歩いているのが不気味だと思われないだろうか。今はそんなことも気にならない。ただ目の前にある背中を頼もしいなぁと眺めながらも、冷やかしてくる夕陽に目を細める。今日も良い一日になった。明日も晴れだといいな。そんな視線も気にせずに目の前の背中は遠ざかっていく。小走りで追いかける。この日々がいつまでも続くと思うのは間違いだろうが、そう願うのはきっと素敵なことだ。あの人の背中に手を伸ばす。まだ触れる勇気は出ない。缶コーヒーが冷めた。飲まずにポケットにしまう。家に帰って温めよう、と思ったそのとき手の冷たさに気づく。思わずあの人の手を見る、指先が微かに揺れている。この寒さが共有できた気がして、心がすこし温まる。まだ冷たい風が耳を撫でていく、背中に向けていた視線を足元に落として、少しひとりで笑みを浮かべる。