表示件数
0

Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その⑥

ハルパ達を追跡しようとしたビーストが、勢い良くその場に倒れ込む。
「よし、着実に『根』が伸びてる」
「うぃ」
ビーストが数秒の苦心の末に右前脚を持ち上げると、その足裏から黒色の枝分かれした長い棘が突き出している。
「……ある伝説に登場する英雄の扱ったとされる、『必殺』と謳われた槍の名だ」
ハルパに担がれたまま、男は誰にともなく呟く。
「その由来は何てことはない。貫いた瞬間、穂先は無数に枝分かれした棘に変形し、敵を体内から破壊する。どんな生き物も、内臓は柔らかいからねぇ」
「はぇー…………」
「あれ、ハルパ知らないでこの技名使ってくれてたのかい」
「マスターが、くれた名前だから……」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
「んひひぃ」
距離を取ろうと走り続けるハルパの背後で、湿った破壊音が響く。2人が振り向くと、棘の増殖によってビーストの前脚が千切れて落下する瞬間だった。棘は更に長く、数を増やしながら伸長を続け、そのうちの1本はビーストの肉体を突き破って山羊頭の脳幹を正確に撃ち抜く。
「おやラッキー」
「んー」
ビーストの獣頭が炎を吐き出そうと口を開くが、伸びてきた棘に縫い合わされ、口腔内で暴発する。

0

Flowering Dolly:アダウチシャッフル その②

煙幕の薄れつつある中、少女キリは片手剣を右手に握り直し、再びビーストに突撃する。閃光手榴弾を投擲しながらビーストと衝突する直前で直角に曲がり、そのまま背後に回り込む。閃光弾の光と音に一瞬気を取られたビーストの隙を突いて振り下ろされた斬撃は、鱗に深い亀裂を走らせた。
「チィッ! まだ軽い、ヴィス!」
「了解!」
“ヴィス”と呼ばれたドーリィは頷いて指を鳴らした。瞬間、キリの手の中に“ドーリィ”ヴィスクムの固有武器、7本の片手剣のうちの1本が現れる。
左手の剣による刺突は、鱗の亀裂を正確に捉え、砕き、その奥の肉に深々と突き刺さった。
想定外の痛覚反応に、ビーストは9つの頭部で咆哮をあげながら、全ての頸で牙を剥き、一斉に頭突きを放つ。
「スワップ!」
ヴィスクムが叫ぶように言い、手を叩く。
瞬間、2人の位置が入れ替わり、ヴィスクムは両手に握っていた剣で敵の攻撃を受け流しきった。
「ぎりぎりセぇーフ……」
短距離転移によって“マスター”キリの隣に移動し、そちらに向き直ったビーストと睨み合う。
「身体の調子は大丈夫、キリちゃん?」
「いや全く。多分内臓駄目になってる。骨と筋肉も」
「全部駄目じゃん」
「ただの人間なんで」
「んー……とりあえず、順番にスワップしていこう。お腹の中から順番に。脚は動く?」
「……動く」
「それじゃ……ゴー!」
ヴィスクムが手を叩くのと同時に、キリはビーストに向けて駆け出した。

0
0

Flowering Dolly:Bamboo Surprise その⑥

ソレの目の前の女性、右手の武器から推測するに“ドーリィ”であろう彼女は、ビーストの拳を回避することも無く胸部を貫かれた。
腕は彼女の肉体を貫通し、背後にまで抜ける。しかし、手応えがおかしい。肉や骨を砕き押し退けた感触が無い。彼女の背中から突き出る腕の長さも、本来想定されるより僅かに長く見える。その差、ちょうど彼女の胴体の厚みに等しい程度。
「っはは、どうだ驚いただろ。お前が言葉を理解できるかは知らないが、勝手に自慢させてもらうよ。私の魔法、『肉体を“門”とした空間歪曲』。ざっくりいうと、『私の身体に触れたものが、私の身体の別の場所から出てくる』。要するに……」
フィロの刺突と同時に、ビーストは飛び退いて回避する。
「お前の攻撃は全て、私を『すり抜ける』」
ビーストが尾で薙ぎ払う。フィロはそれを跳躍して回避し、地面に突き立てた短槍を軸に蹴りを仕掛ける。
「ところで化け物。私の魔法、一見防御にしか使えなさそうに見えるだろ? ところがどっこい、面白い特性があってさ。“門”にするのに必要な『身体の一部』って、切り離されていても適用範囲内でさぁ」
フィロが懐から、小さな骨片を取り出す。
「これ何だと思う? 正解は『私の左腕の尺骨の欠片』」
フィロは骨片をビーストに向けて放り投げ、『自分の足』に槍を突き立てた。その刃は空間歪曲によって骨片から現れ、通常ならば在り得ない角度から刺突が放たれる。身体を折り曲げるようにして回避したビーストは、逃げるようにその場を離脱した。
「む……私にダメージを与える手段が無いからって逃げるのかい。まあ……あとはあの2人に任せるとするかね」

0

Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その⑤

「ありがとうね……。さて、積もる話は色々あるけれど……まずはごめんね。長いこと君を1人にしてしまって。寂しくなかったかい?」
男の言葉に、ハルパは首を傾げた。全く理解できなかったためだ。彼女の左前腕に色濃く刻まれた紋様は、マスターたるその男との明確にして絶対的な繋がりの証であり、ハルパが寂しさを覚えたことなど1度として、また一瞬たりとも無かった。
男の奇妙な謝罪に、純粋な疑問と共にうずうずと湧き上がる言語化できない感情を抱いたハルパは、彼の首筋に噛みつき、鋭い牙を出血するほど深く突き立てた。
「いたたた……何だ、やっぱり寂しかったのかい。ごめんね。この街を離れられない事情があってさ……でも安心しておくれ、もうすぐ帰れると思うから。あと少しだけ辛抱してくれるかい?」
男の言葉にようやく口を放したハルパは、男が右手に握っていた突撃銃に目をやった。
「ん、これかい? ビーストは文明の利器に強い敵意を示すみたいでね……銃や爆弾で攻撃すると、ダメージは与えられないまでも意識は向けられるんだよ」
黒槍のドームが大きく震えた。外からビーストに攻撃されているのだ。
「む、来たね。それじゃあハルパ、久々に君の戦い、見せてもらおうかな」
男の言葉に顔を輝かせ、ハルパは何度も頷いて跳ぶように立ち上がった。ドームを解除すると、ビーストが3つの頭部で覗き込んでいる。
「……〈ガエ=ブルガ〉」
ハルパの口から、掠れた声が漏れる。黒槍を長さ1m強のジャベリンに再形成し、石突を蹴り飛ばした。
彼女の『射出』した槍は、至近距離にいたビーストの右前脚に突き刺さる。
「よし、勝った。逃げよう、ハルパ」
「ぇあ」
ハルパは男を肩に担ぎ、身体強化を利用した高い脚力でその場を離脱した。

0
0