表示件数
0

ただの魔女 その⑥

片目が辛うじて生きてる分、感覚能力では私に分がある。大型ゴーレムが来るまでの推定約3分、持ち堪えれば良い。
「……そんなわけ無いじゃん」
『今』『ここ』で、『私が』殺さなきゃ。
今のダメージを考えると、〈邪視〉はあと1回しか使えない。けど向こうにはどうせ見えてないわけだし、タイミングがあったら積極的に使って行こう。
懐から乾燥させた薬草の粉末を取り出し、地面に投げて火をつける。紫色の煙といやに甘ったるい匂いが辺りに立ち込める。普段から嗅ぎ慣れた、気持ち悪くて安心する匂い。慣れないうちは神経を侵し動作を鈍らせるだけだけど、毒性にさえ慣れてしまえば、高揚感と痛覚麻痺が良い具合に働いてくれる。
「うぅっ……何、この匂い…………」
彼女はやはり、この『毒』には慣れていないらしい。全身の神経が少しずつ麻痺し出して、身体に力が入らなくなってきて、ほら見ろ、どんどんふらついてきてる。
(これなら、殺せる!)
ダガーを取り出し、突撃する。腰だめに構え、全体重をかけて腹を狙い……。
カンッ、と彼女の短槍が足元のコンクリートを打った。かと思うと彼女の姿が消え、背後から風切り音が近付いてきた。咄嗟に倒れ込み、突きを回避する。
足音で気付かれた? にしたって、あの潰れた両目で、『瞬間移動の直後に』、ここまで正確な攻撃ができるわけ……。
カンッ、とまた、短槍がコンクリートを叩く。
「……そういうことか……!」

0

日々鍛錬守護者倶楽部 その⑥

立ち上がろうとする怪物を前に、サホはその場でスタッフを振り回し始めた。その軌道上には闇を凝縮したようなラインが残存し、空間を少しずつ侵食するように広がっていく。やがて直径約10mの半球状に暗闇が広がり、タツタはその闇に溶け込むように姿を消した。
(サホの生み出した“エフェクト”……暗闇と、私の魔法で操る“霊”は相性が良い。この霊障は今、闇に溶けている)
無数の霊体腕が、怪物を“空間上”に“縫い留める”。
「お前の『魂』を掴んだ。この“霊体”と同様に、『障られた』お前もまた、闇と一体化する。そして……」
タツタは素早く闇の中を滑るように移動して、サホの背後に着地した。同時に、サホの振り上げていたスタッフの先端を飾る宝石が光を放ち始める。
「『闇』を切り裂く光の一閃」
振り下ろされて生じた光の軌跡が、一筋の斬撃として空間を占める暗闇を両断し、吹き飛ばす。一瞬遅れて、怪物の残骸が無数の肉片となってその場に降り注いだ。
「…………いやァ……決まったね」
タツタがサホに声を掛ける。
「うん。実践は初めてだったけど……上手く決まって良かったよ…………」
サホも額の冷や汗を拭いながら答え、肉片を回収するタツタの霊体腕に近付く。
「……バラバラだねぇ」
「うん、バラバラだ」
「タツタちゃんが闇から抜け出したタイミングに合わせて斬らないと、タツタちゃんもこうなるってことだよね?」
「ま……そうなるね。スリル満点だ」
「こわぁ……。真っ暗だから、私からはタツタちゃんがどんな状態か見えないんだよ?」
「ダイジョブダイジョブ。何年一緒に戦ってきたと思ってるの。私らの息の合い方なら失敗確率0パーだよォ」

0

五行怪異世巡『竜』 その④

「我らが祭神、爽厨龍神大神でありましたか。ここまでの無礼、こちらの娘の分も含め、深くお詫びしたい」
「えっ、あ、お、おお我が忠臣よ、ようやく理解したか大馬鹿者め」
「面目次第も無く……」
子どもは武器を下ろし、元の和装の普段着の姿に戻った。
「いやしかし、強かったねェ祭神サマ。何つったっけ?」
2人に近付いてきた種枚が、どちらにとも無く話しかけてくる。
「爽厨龍神大神。人の子は我をそう呼ぶのだ」
子どもの答えに、種枚は複雑な表情をした。
「長いな。もっと縮めた愛称とか無いのか?」
「貴様、仮にも神格を『愛称』で呼ぼうって言うのか⁉」
「殺せば死ぬ奴ァ何でも人間と同格だろ?」
「な、お、貴様ぁ⁉ 最早清々しい奴め!」
「で、どう呼べば良い? 『さっちゃん』とでも呼んでやろうか?」
「やめいやめい! そのような我の威光の欠片も感じられぬ渾名を使うのは!」
「チィ……なら『リュウ』で。龍神だから『リュウ』。強そうだしこれで良いか?」
「むぅ……まあ、良かろう。では、我はもう帰るからな! まったく、せっかく顕現してやったのに、こんな手荒な真似をするとは……」
ぼやきながら、リュウは姿を消した。
「……しかしよォ、潜龍の」
「何だ」
「ここの祭神って、龍神だったんだな。“潜龍神社”の名前は祭神とは無関係だと思ってたよ」
「無関係だぞ。祭神が龍なのは単なる偶然だ。そもそもこの街の北にそこそこの川が流れているだろう。龍神信仰が興ること自体は自然な地形なんだよ」
「あー……たしかに」

0

ただの魔女 その⑤

背後に気配と足音。咄嗟に振り向きざま、〈指差し〉を放つ。けど、奴は既にそこにはいなかった。
「……うん。何となく分かってきた」
また背後から声がする。きっと次振り向いても、あの転移の術で消えるんだろう。
「あなたは、私達のこと心配してくれてたんだね」
「はあぁあっ!?」
奴のふざけた言葉に思わずそちらを向き、〈邪視〉を使おうとした。けど無理だった。それより早く、あいつの短槍が、私のこめかみの辺りに直撃した。
視界に火花が散り、そのままコンクリートに叩きつけられる。この鈍痛と熱、きっと頭が割れたな。
「あなたは、『仲間』のことが心配だったんだ。同じ“魔女”である私達が。きっと“魔女”って存在にも思い入れがあるんだろうね」
頭上から声が掛けられる。私が倒れてるんだから当然だけど、気に食わない。睨み返そうとしたけど駄目だ。血が目に入るのと殴られた衝撃とで視界が定まらない。
「…………私があなたの心にどこまで寄り添えるかは分からないけど」
あいつの短槍の石突が、私の顎を持ち上げる。
「今から私は1人の“魔女”として、友人を傷つけるあなたを何としても止めるから」
「…………あぁ、畜生」
頭が痛くて熱い。目も見えない。何より大嫌いな『魔法少女』に見下されているこの状況が腹立たしい。
それなのに。
「何だよ…………嬉しいじゃんか」
震える両腕をどうにか踏ん張って、身体を起こす。
「ねぇ。名前、教えてよ」
「…………? えっと、サツキ。中山サツキ」
「そっか……オーケイ、サツキ」
右目に溜まった血を拭い、ありったけの敬意と殺意を込めて彼女を睨み返す。
「私の愛しい同志! 憎むべき敵! 私の全力を以て、呪い殺してやる!」

0

ロジカル・シンキング その⑪

「〈Parameters〉」
炎の中を駆けるアリストテレスの手の上に、魔力塊とウィンドウが再び展開される。
(威力を光と音に振って、射程を削る。代わりに硬度に振って安定化……射撃じゃなく、投擲を主体としたプリセット)
「〈Preset : Stan Grenade〉」
炎の向こうにいるであろう怪物に向けて、手の中に生成された拳大の楕円球を投げつけた。
強烈な光と甲高い音が炸裂し、怪物の注意はそちらに向かう。しかし命中したのは怪物の位置からは僅かに外れた瓦礫の山であり、怪物はすぐにアリストテレスを探し始めた。
それを物陰から観察していたフレイムコードは、ニタリと口角を上げた。
(…………あー、なぁるほどぉ。ヒオ先輩が言いたかったこと、なーんとなく分かっちゃった。『火炎』を使う私だからこそ、この場でできる事。普段は周りを焼きかねないから、簡単には使えない私の『魔法』。けど……今は周囲が炎で埋め尽くされている。他人が生み出した炎を操るのは流石に私にも無理だよ? けど!)
「同じ炎なら『飲み込める』! なんてったって私は、炎を自在に奏でる魔法少女【フレイムコード】なんだから!」
フレイムコードがスタッフを振り回し、炎の帯を数本展開する。それらは渦を巻きながら周囲の火の海に突っ込んでいき、その勢いで巻き込むように取り込み、その勢いを増しながら変形していった。
周囲の火炎の挙動の不自然さに気付いたのか、怪物はフレイムコードに意識を向ける。しかし、その姿は炎のうねりに目隠しされて目視できず、滅多矢鱈と振り回した尾も直撃には至らない。
「ひひ、こっちに気を取られてて良いの? 私はただ、『火を揺らしている』だけなんだよ。お前が私達の姿を見られないように。『先輩がお前を狙う邪魔になる壁』を剥がせるように!」
怪物の頭の周囲を取り巻いていた炎が一瞬揺らぎ、その隙間から魔力性の閃光弾が投げ込まれ、怪物のまさに眼前で炸裂した。周囲の炎を更に上回る光量を瞬間的に浴びた視覚は瞬間的に麻痺し、それによる動揺か、怪物は一層激しくその場で暴れ狂う。