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この先

僕は高校を3月1日に卒業し、春から大学生になります。
でも、高校入学当初は就職を考えていました。理由は、少しでもはやく稼いで、親の負担を減らすため。僕は商業高校に通っていて、そこで簿記やビジネスを学び、県内でも名のある企業に就職しようと思っていました。全部家族のためになるならと思っていました。
しかし、高校1年の頃に考えていたことで、当時はまだまだ幼く、将来を考えると自分自身辛く、余裕もなくなり、担任と部活の顧問に相談したとき
「本当にやりたいことは?」「まだ焦らなくていい」「お前の人生だから自分でいろいろやったらいい」
たくさん考えなおすきっかけができ、「俺の人生、やりたいことやって、挑戦したい」と今までとは別の道を示してもらえました。今ではやりたいことがはっきりしてます。「道標は本心なんだ」これがこれからの人生を示してくれています。
でも、今思うことは先生と話したことが分岐点だったからあの日がなければ今頃就職する企業が決まっていて、準備していたんだろうなと思います。
だからこそ、今日就職を選んだ人達の気持ちをききたい。未来に正解なんてないからこそ違う道を選ぶ人の気持ちをききたい。そう思っています。
SOLの生徒のみなさんは道は違えど、同じ世代に生まれた仲間だと思ってます。みんなこの掲示板で繋がっています。新生活、春からお互いに頑張りましょう!

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やっとわかった

今日も親の提案で料理して、何度もヘマをして怒られるうちに突然気づいたんだよね。
自分はずっと「母親に慰めてほしかった」って。

自分は鈍臭くて無力でなにもできない(とされる)障がい者だから、障がいの診断を受ける前からずっと母親に怒られてばかりだった。
喋りたくてもなぜか身体が動かなくて、話せなくて怒られて、それで泣いてまた余計に怒られてってことを繰り返してたんだけど、母親は(自分の記憶する限り)一度も慰めてくれなかった。
「自分の口で言え」って言うばかりで、なにもしてくれなかった。
慰めるどころか、背中をさすってもくれなかった。
学校で嫌な思いをしたことを知っても「お前が悪い」としか言わなかった。
学校で本当にいじめられても「喋れないお前が悪い」「もっと早く言え」と突き放した。
だから苦しかったんだ。
だから親が怖かったんだ。
だから信じられなくなったんだ。

それに突然気づいたら、涙も嗚咽も止まらなくなって、自室に行って今は落ち着いてきたから記録としてここに書き込んでいる。
でも今さら母親に慰めてもらえるわけないし、「慰めてほしい」だなんて言えないし、そもそもそんなこと言えるわけない。

だけど、わかったことがもう1つある。
大学で出会った人たちが信用できるのは“優しい”からだけじゃなくて、“見知った人にもちゃんと挨拶ができたり感謝や謝罪ができたりする”から信用できるんだって思った。
もちろんみんながみんなじゃないけど、信用できる人たちは思うように口の利けない自分にも挨拶してくれて、なにか手伝ったらちゃんと感謝してくれて、なんかしでかしてもすぐに怒らず心配してくれる。
それくらい暖かかった。
親はそんなことを家族にあまりしてくれないけど、そういう基礎的なことを忘れずにいられる人たちはすごいなと思ったし、自分もそうでありたいと感じた、ただそれだけ。