何だろうこの先生。先生が去り、ひとり残された瑛瑠。
おかしい。とりあえずどちらかはおかしい。いっそ、どちらもおかしい。
先生に頼まれて図書室に来たという望と、望を探していた先生。これだけではおかしくない。
瑛瑠は言葉を探る。
頼まれ事のために図書室に来たのに何もせず教室へ戻ってしまった望と、頼み事をそもそも忘れていた先生。どちらもボケるには程がある。そもそもそんなものはなかった、とすると。
加えて、先生はわざわざ瑛瑠のことを呼んでまで言う台詞だったのだろうか。あの単刀直入簡潔大先生が、意味の無いことを口にするとは思えなかった。
35℃/晴天
何もない今日の生活
こんな事言うのは良くないのかな
でもいい人から死んでいくっていうのは
いつも嘘に思えないんだよ
生きる意味なんかなくとも
生きないといけない理由があるのかもしれない
いつも上の空のテレビが
どうしても今回は生々しい
鼻のあたりがしょっぱくなってく
平成最悪の更新
「え?」
思ってもみなかった返答に一瞬つまる。
その一瞬の沈黙を破ったのは先生。
「さっき長谷川に会ったのか?」
様子は いたって普通。
だから、そう言っているではないか。
「はい。」
すると、これまた いたって普通に、
「あれ頼んでいたの忘れてたな。」
踵を返した。
扉の前で振り向く。
「図書室で調べものなんて殊勝な心がけだが、ほどほどにな。」
言い終えたと思うと、思い出したように瑛瑠の名を呼ぶ。
「あと、祝。」
一気に言えばいいものを。
「はい?」
瑛瑠の頭は絶賛混乱中である。
「体調管理、しっかりしろよ。」
嫌いって言ったら嫌いって
好きって言ったら好きって
真似っこしないでよって
そう僕が言ったら
君は
笑顔で
「じゃあ大好き」
だってさ
いつかの哀しみも
いつかの喜びも
ただの一日だと言えるのだろうか。
いつかの笑顔も
いつかの涙も
ただの思い出だと言えるのだろうか。
人の知りうるものは、一歩先の円の中だけ
君がどうなっているのか
僕にはわからないが
無事であるなら
それでいい。
コーヒーよりもサイダー
すっきりと甘く、刺激がきりり
真っ青な空を映して、純粋に輝くの
でもきっとコーヒーみたいに
深く深く、その香りと苦みの奥に
気持ちをそっと包み込むことが必要な時も
あるかもしれないから
私が君に、シュガーとミルクをいれてあげよう
やさしくやさしく、掻きまぜてあげよう
良いのか悪いのか、タイミングは重なるもので。
「祝。」
本日2度目。瑛瑠の心臓は、今日は労働過多である。
「せ、先生……」
振り返ると同時に、思いきりねめつける。
「先生まで急に声をかけないでください。心臓が止まってしまいます。」
そう思う一方、昨日と同じ意味で驚く。やはり、チャールズ以外の大人にこんな態度をとったことはなかった。
「すまん。でも、俺の他にも同じことする奴がいたんだな。」
面白そうに笑って受け流される。
「何してる?」
「調べものを。」
そこで瑛瑠は聞いた。
「先生は、何しにここへ?」
「そうだ。長谷川を探してたんだ。見なかったか?」
きっと、先の頼み事の件なのだろう。
「ついさっき出ていきましたよ。
先生、長谷川に何を頼んだんですか?」
すると、訝しげな顔をされたのだ。
「放課後はまだ長谷川に会ってないぞ?」
このまま待っていてもしょうがないと思い、その地域文化のコーナーから1冊取り出してみる。目次を見ると、この地区の地図や、地域にまつわる言い伝えが載っているようであった。
言い伝え。なんとなく気になって、一旦目次からそこへとんでみる。
あなたはどうしてますか
また一年後 だなんて
私が死んだらどうする 聞くと
そんなこと、やめてよ 困った顔で
今日もかわいいね 言ったから
そんなことない 赤くなった
思い出して にやけてる
また 来年も とびきりの笑顔とおしゃれで
「今日もかっこいいね」
きっと君は
なにげなく送ったのかもしれない。
でも、私にとって
それは1番悲しいものであって
1番寂しいもの。
アタシ、15歳。
好きな人は、出来たことはない。
だから、人を好きになる感覚。
つまり、「恋」を知らない平凡女子。
-4月6日。高校入学。
私は、県外の高校へ入学した。
この高校は、中庭の大きな桜の木が有名だ。
入学式とHRが終わって早々、見に行った。
桜の花びらが優雅に舞い散る。
「わぁ…きれい…」
しばらく見上げていると、
「桜、髪についてるよ」
という声と共に、誰かの手が私の髪に触れた。
振り向くと、若い男の人。
先生だ。
「新入生か。遅くならないうちに帰りなよ」
そう言い、笑いながら校舎の方へ行ってしまった。
その笑った顔に、心を奪われた。
風に吹かれ、触れられた髪が頬に触れる。
-キュ…。
胸の音が耳にこだまする。
「これが-…。」
澄んだ空に、桜舞う。
春風のなか、アタシは、
教師に、初恋を捧げます。
ハニーワークスの「花に赤い糸」をBGMにして読んでみてください。
いきなりの呼び掛けに、それはもう心臓が止まってしまうかのごとく驚いた瑛瑠。
「は、長谷川さん……」
止まりかけた心臓は、慌てたようにすごい勢いで動き出す。
瑛瑠は思わずしゃがみこんだ。
「びっくりしたー……急に後ろから声かけないでください。」
恨みがましく見上げる。昨日チャールズに止められたうわめづかだということには気付かない。
望は一瞬固まり、困ったように微笑んで、ごめんねと手を差し出す。瑛瑠は、ありがとうございますと、手をとった。
「どうしたんですか?」
瑛瑠が聞くと、望は少し肩を竦める。
「先生に頼まれちゃって。瑛瑠さんは?」
学級委員長の仕事だろうか。
「ちょっと調べものを。」
あながち間違いではない。
「終わった?」
何も調べてはいないが、なんだかよくなってしまった。私、どこまで考えていたっけ。
「はい、もう大丈夫です。」
望は重ねて聞いてくる。
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろう?」
断る理由はない。頷くと、後ろに華が舞う勢いで笑顔になる。
「教室から物とってくるから待ってて!」
「ちょっと、長谷川さん!」
瑛瑠の呼び掛けには振り返らずに行ってしまった。先生からの頼まれ事はいいのだろうか。
誰にでもみせたくないモノがあって
誰にでもみせられないモノがあって
それは過去の自分の過ちだったり、
自分の裏の顔だったり、
自分の弱みだったり、
片付けられない部屋だったりする。
無理にみせなくていいものばかりだし、
隠したければ一生隠していけるモノだけれど。
そういうモノをみせられる人が
きっと僕の運命の人なんじゃないか
と思った帰り道。
我ながら良い仮説だと思う。人間界というなら、こんな狭い範囲に自分たちを送り込む意味がわからない。
ただ、そうしてまた立ち止まる。この地域とは、どこからどこまでの範囲をいうのだろうか。隣の学校にも同種がいるなんて言われてはたまったものじゃない。
速まる鼓動を抑えたがるように言い聞かせる。焦るな、祝 瑛瑠。
ゆっくりと深呼吸をする。どうしてここまで焦って考えているのだろう。そう思うけれど、それはわからないものに操られている恐怖なんだろうと思う。
やはり、共有者が欲しい。一緒に考えてくれる人。
霧 英人の顔がちらつく。あの漆黒の瞳。正体が割れているのは彼だけ。しかし、思いきりがつかない。
「瑛瑠さん?」
君が好きって事さ、バレちゃったよ。
友達に言われたんだよ
「あいつが好きなんでしょう??」って
なんか毎度毎度だけど慣れないなぁ
この感覚だけは
誰かに私の恋の鍵が解かれる時だけは
どうしても胸がくすぐったいの。
あんまり削りたくないんだけど
届かないよりはマシだから
ちょっとくらいはしょうがないよね
だって違うひとなんだもん
結局僕らは
この生暖かく湿ったはこをでられない
じっとりと重たい、湿気を吸い込んで…
洗ったばかりの車が雨に打たれるのをマゾヒスティックに眺めながら、落ちてきた一粒ひとつぶの水が凶暴なひとつの塊になったことについてぼんやりと考える。
手が届くほどの町がテレヴィに映った朝、人目もはばからずに泪を流したかった。ハンカチを噛み締めて泣きじゃくるのではなく、頬を伝っていく涙滴のころがりをくすぐったく思いながらただ、唇を噛んでいたかった。
このつまらぬ我が家が流れず、あの美しい町が呑まれたのは何故か。あの愛しい人々が途方に暮れ、この俺がのほほんと生きているのは何故か。命の重みを比べるほど傲慢ではないけれど…
(ご心配かけてしまった皆様、ごめんなさいとありがとう。)
(ぼくは一晩と少し、家に閉じ込められただけでまったく無事です… )
(でも、テレヴィに映ったあの町はほんの十数キロの距離で、)
(まだ気持ちの整理がつかないままぼんやりと生きています)