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5年間目指していきた高専の入試結果


5年間目指していきた高専の入試結果
今は気持ちがまとまってないので文章がおかしくなると思うけど読んでくれたら嬉しいです

僕は小5の時から5年間高専を目指していました。勉強も高専合格のために勉強しました。努力は人の2、3倍は勉強した自信があります。それくらい高専を諦めたくなかったのです。

でも高専は合格しませんでした。原因は多分インフルにかかったこと。突然のアクシデントで、この5年間の努力は何だったんだろうって思っています。

しかも帰りに高専を受けた人の中で一番仲の良い友達と会いました。彼は合格したそうです。高専合格しないやろってバカにしてきた奴にも会いました。不合格と伝えると「あー、やっぱりね」って自分の予想が当たって満足そうでした。

自分が、学校から高専を受けるメンバーの中で一番行きたがっていたのに、一番勉強したのに、あんなに応援してもらっていたのに落ちました。

入試が終わったあと、感覚的にも自己採点結果からでも落ちたと思ったので、そこで散々落ち込みました。なので、今は気持ちがあの時と比べたら軽いです。でも、落ちたという現実を突きつけられた時はやっぱり落ち込んで…

別に高専合格しなかったら自分の夢が叶わなくなるってことではないんです。ただ、5年間高専に入って、こんなことやろうかなとか自分のイメージを作っていたので、それが一瞬で消えた感覚がとても辛いです。

努力は人を裏切らないって嘘なんだと思いました。

今日は掲示板逆電。決して明るい報告を、大好きなschool of lockのみんなにすることは出来ないけど、いつも心の支えになっている校長と教頭となにか明るい話が出来ればと思います。

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暗闇から手を伸ばせ

今、辛くて苦しい思いをしている人、死んでしまいたいと思っている人へ。
ちょっと周りを見てごらんなさいな。周りの人たちがみんな、あなたのことを嫌っていると思うだろうか?そんなことはない。あなたのことを心配している人たちがいる。みんながみんな、あなたのことを嫌っているわけじゃない。絶対に、そんなことはない。
もし今、辛くて苦しい思いをしている人がいたら、勇気を出して信頼できる人に悩みを打ち明けてほしい。信頼できる人、だ。担任が信頼できなければ他の先生でもいい。親が信頼できなければ友達でもいい。もちろん、ここにいるSOLの仲間でもいい。
暗闇から手を伸ばせ。絶望して最悪な結末を迎えてしまう前に。暗闇から手を伸ばせ。絶対に、誰かがその手を掴んでくれる。
叫べ。自分の想いを、全てを、叫びに変えろ。誰かが必ず、その叫びを聞いてくれる。

最後に、まだ僕が保育園くらいの頃に見ていたヒーロー番組の中から、この言葉を送ります。
『僕たちは生きている。例え昨日までの平和を失い、恐ろしい現実に直面しても、大切なものを無くし心引き裂かれても、思いもよらぬ悪意に立ちすくんだとしても……
僕たちは生きる!何度も傷付き、何度も立ち上がり、僕たちは生きる……僕たちは1人じゃないから。君は、1人じゃないから………諦めるな!』

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今日の予告を見て考えたこと(拙文ですが、是非ご一読下さい)

以前から、いじめに関する書き込みをさせて頂いてます。
6月に行ったいじめの授業で、私は、いじめ問題について、興味を持つようになった。
同時に、いじめ問題に対する考え方も変わった。

まず、人の弱さを馬鹿にするのは宜しくない。
誰だって、出来ないものや失敗することは1つ2つあるし。
そんな感じの「弄り」から始まり、それがやがて、「心身を傷付ける嫌がらせ」に発展することもある。

いじめ問題は、決して、馬鹿に出来たものでもない。
喧嘩じゃないから、簡単にいじめを受けてる側としてる側の間で解決出来るような問題ではない。
喧嘩なら、両成敗だが、いじめにそんなものは存在しない。
弱者とみなした者を虐げる行為であるからだ。

された側が、言葉で言い表せないほど辛いのは勿論のこと、見てる側の事情は様々。
「やめろよ!!」って言ったら自分が標的にされそうと怯える人、「自分には関係ない」と目を背ける人、何が面白いのかよく分かんないけど嘲笑う者…。
放置してる間に、受けてる人への嫌がらせは確実に悪化する。
誰でも出来る方法は、信頼できる大人に伝えることだと思う。
闇雲に色んな人に伝えたって時間と労力を食うだけ。

以前も書いたが、この問題は、目を背けていては解決出来ず、なぁなぁや穏便にとかで片付けられるほど、容易ではない。
受けてる側が話したがらないのもあるが、大人・教師達はもっと子供・生徒達の声を聴いてほしい。
話を聴く、行動する。
この2つを行わない限り、事態の収束には繋がらない。

ネットの世界だし、残念ながらいじめを全て無くすことも何か活動を起こすことも出来ない。
それに、顔も声も知らない人達と文字だけで会話するような世界だし。
それでも、この学校およびこの場所は、いじめに遭ってる生徒が安心して居られるような環境であってほしい。
私は、文字や言葉だけでもその人を救えると思ってる。
いじめではないけど、実際、私がこの学校に来てから、生徒達に何度も救われてる。
そして、一生徒として私は、その人達に寄り添える、手を差し伸べることが出来る人でありたいと思う。
そんなことを思っていました。
以上、翠(すい)でした(・_・)/

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僕的バンドBのベスト

個人的に好きな曲は「初恋」です。ベボベにハマるきっかけになったこの曲。自分の中では史上最高の曲だと思っています。特にラストのギターソロが最高でした。
だけど、僕の中で何よりも特別な曲、僕のバンドBのベストは、「若者のゆくえ(Original Version)です。
この曲を初めて聞いたのは中学2年生の時。当時の僕はパソコン部の部長で、ちょうどその頃は3年生を送る会の時に流すスライドショーを作っていました。卒業生の思い出のつまったスライドショー。それにふさわしい曲はなんだろうと考えていたとき、この曲に出会いました。それはまさに僕が先輩たちに伝えたいメッセージでした。
僕はすぐに顧問と生徒会担当の先生に、この曲を使わせてほしいとお願いしました。先生たちからも快諾され、僕はすぐに作業に取りかかりました。そして無事にスライドショーが完成し、発表の日を迎えました。お世話になった先輩からも、よかったと言われ、とても嬉しかったです。この経験は、今でも僕の大切な思い出です。
その後もどうしようもないくらい苦しいとき、学校にいくのが辛いとき、この曲に救われました。とあるボランティアに参加したときには、子供達にこの曲をピアノで引いたことも…(笑)
どんなときでも、いつも寄り添ってくれたこの曲は、まさに僕のバンドBのベストです。

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僕が生まれるまでと、生まれた後の物語。

僕が生まれるまでの物語、といってもねえ……お父さんとお母さんの恋愛や結婚には、特にこれと言って語るようなことはありません。むしろ、出産直前とそのあとの話が強烈に印象に残っています。初めてこの話を聞かされたのは小学2年生の時でした。生活の授業かなんかで生まれた時の話を聞いてくるという宿題をやってた時のこと。
「ああ、そういえばアンタ本当は2月生まれになるはずだったんよ。」
「ファッ!?」(ちなみに12月生まれ)
なぜ僕が3カ月も早くこの世に生まれてきたのか。それは今でいうところの「高齢出産」にあたっていたというのが大きいみたいですが、はっきりとした原因はわかりません。ただ、それによって何が起きてもおかしくなかったことは事実です。
生まれる数日前から体調は良くなかったみたいですが、当日になっていろいろ急変。母子ともにかなり危険な状態になってしまいました。そこで担当医の先生の判断で、急遽帝王切開で出産することに。そして1998年、12月に僕は誕生しました。しかし親が抱く暇もなく保育器の中へぶち込まれました。そりゃそうでしょうね。

だって体重、1000gにすら達してなかったから。

出産時の体重が1000gに達していないということは、超低出生体重児、昔でいう”超未熟児”に分類されることになります。そして早産の超低出生体重児は合併症を起こす危険性があるのです。しかも生まれた時、僕は泣きませんでした。泣かなかったということはつまり、生まれた直後に呼吸が止まっていたことを意味します。呼吸が止まれば酸欠状態になり、脳に重大な障害が残る可能性がある――リスクにリスクを重ねた、危険な状態でした。ですが、担当医のO先生、そして退院後のフォローアップを担当してくださったN先生のおかげで危機を脱し、半年後くらいに退院することができました。

そして今、僕はこうして生きています。小学4年生くらいまでフォローアップのため1年に1、2回病院に通っていましたが、それもない今は健康に過ごしています。目下の悩みは体重が全然増えないことと体力がないことですかね。これももしかすると超未熟児だったことがほんの少しだけ影響してるのかもしれませんが。ちなみにいまだに体重制限に引っかかるので献血には行けてません。ああ、あと1~2kgくらい体重が増えればなあ……

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多くの人に読んでもらいたい。校長、教頭、職員の人にも読んでもらいたい。そして、思ったことがある人、レスお願いします。

真剣な話
SOLの生徒、いじめしてないよね。もし、いじめてる生徒、いじめを見てどうしたらいいのかわかない生徒、この話聞いて?

私は、学校でいじめられてる。毎朝学校行くとね、上履きとか机の中に6角形におられた小さい手紙が入ってる。この中には学校くるな、消えろ、死ね、自殺しろ、殺すとか書かれてる。はっきり言って、学校行きたくない。こんなことやられるならいっそ死んじゃえばって思うよ。私だって自殺しようとしたこともある。ついこの前だって自傷行為しようとした。しかも、これだけじゃない。階段から落とされたり、カッター、はさみが飛んできたり色々ある。

いじめてる人へ。
SOLにいじめてる人はいないと信じてる。でも、やめたいけどやめられない人いると思う。そんな時はいじめを程々にしながらいじめられてる側にそっと近寄ってほしい。放課後でもこっそり謝って、
程々ににいじめをしながらでも少しづつ味方になってあげて?

いじめを見て困ってる人へ。
これも、同じ。少しづつ、少しづつ味方に変わってあげてほしい。


私も実際、助けてほしい。学校で助けてほしいと思ってもなかなか…だからSOLの生徒、職員に助けを求めることしかできない。
校長、教頭助けてほしい。職員の人。チームKGBの人。いつも、私の書き込みを乗せてくれてありがとう。でも、助けを待っているのは事実。今まで、逆電のチャンスあったけど無理だったから。KGBの人には、私が傷つけてるかもしれないって思って、書き込み書いてやめることもある。いつもごめんなさい。

校長、教頭。助けてくれると信じてる。味方だと信じてる。校長、教頭が味方じゃないと私は生きてけないよ。

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お祝いのスピーチ

あしざわ教頭、史香さん、このたびはご結婚おめでとうございます。
あしざわ教頭が着任した時、教頭の声がガッチガチに緊張していたのを今でも鮮明に覚えています。最初は正直、「この人で大丈夫かな…?」という気持ちもちょっとありました。ですが、1週間くらいたって、教頭が一人で授業をした時。一人でしっかり授業を回していて、「ああ、この人なら大丈夫だ」と思いました。それからも、パイプの話だったり、フテネコの話だったり、「DJ出汁」だったり、いろんなことを通して、ますます教頭のことが好きになりました。そして何より、生徒と真剣に向き合っている姿が、一番印象に残っています。生徒の相談に真剣にのるその姿は、歴代の校長・教頭に引けを取らない、とても立派な姿でした。これからも教頭として、校長と一緒に僕たち生徒と向き合ってください。
史香さんはリジッター企画の主宰だそうですが、リジッター企画の名前だけは何度か聞いたことがありました。機会があればぜひ演劇を観に行きたいと思います。これからも、素晴らしい演劇作品を届けてください。
最後に、お二人のご健康とご多幸をお祈りいたします。これからもどうぞ末永くお幸せにお過ごしください。

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中学2年生の時

ラジオを聞いてて、ふと思い出した。中学2年生の時、祖父を亡くした。
夏休みのころから様子がおかしくなり、病院に行ったら即入院。末期の肺がんに軽い脳梗塞。余命宣告。祖父はヘビースモーカーだったから、肺がんになったのはある意味自業自得ともいえるかも知れない。僕自身もいつか祖父が肺がんになるんじゃないかと、覚悟はしていた。だけど、いきなり末期なんて……先週まであんなに元気だったのに。やっぱりショックだった。
祖父は認知症だったので、とにかく暴れた。手の付けようがないほど。病院の廊下まで僕を呼ぶ祖父の大声が聞こえてきた。だけどそれはある意味元気な証。一時は退院の可能性もあった。だけど、祖父は誤嚥性肺炎を発症してしまった。食べ物が気管に入って、肺炎を起こしてしまった。そこから祖父はどんどん弱っていった。心電図モニターがつけられ、酸素マスクをつけられ…痛ましくて見てられなかった。
入院から3か月くらいたったある日の朝、僕が起きると全身に鋭い痛みが走った。今までこんなことは1度もなかった。何か悪いことが起きるかも知れない。そう思いながら学校に行った。午後の授業中、先生に言われた。「ソライヌ君、行って」と。僕にはその意味がすぐに分かった。全速力で家に帰り、親と合流して病院に向かった。だけど、間に合わなかった。最期を看取れなかった。前日の夜、習い事に行く前に、一目顔を見たのが最後だった。家族の前では強がってたけど、一人でSOLを聞いていた時、涙が止まらなくなった。

正直、後悔していることはたくさんあります。もっと会いに行けばよかった。もっと優しくすればよかった……だけど、過ぎた日々は戻ってきません。もし身近に病気の人がいたら、しっかり向き合ってあげてください。僕みたいに、後悔してほしくない。長文失礼しました。