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五行怪異世巡『肝試し』 その④

「悪霊…………嫌な場所とは思ってたけど、本当にいるんだ」
「は? 見えて……ないんだったな青葉は、面倒くさ……」
「むぅ……」
渋い顔をする青葉に、千ユリはウエストポーチから取り出した物を手渡した。
「……え、何これ」
「飴。あげる。どうせ果汁入りでそんなに好きじゃないやつだし」
「え、ありがと……何か返せるもの……」
「あーいらないから」
「あ、良いなー。私にもちょーだい?」
「はァ? 嫌だよバーカ」
犬神には左の中指を立てて答える。
「えー意地悪ぅ。……けど、マジに何かいるのはマズいな…………」
頬を膨らませながらも、犬神は冷静に呟いた。
「ここにいる一般人の子たちに危害が加わるのはあんまり好ましくないから」
犬神の言葉に、千ユリが反応する。
「…………コイツらが逃げ出すようなことが起きれば、それで良い?」
「ん? そうなれば嬉しいけど……」
犬神の答えに、千ユリはニタリと笑い、ロリ・ポップを咥えた。
「なら、『奴』が姿を見せる前に、軽ぅーく脅して退場してもらおうか」
右手の小指がぴくりと持ち上がる。どこからか現れた、暗紫色の炎を纏った浮かぶ頭蓋骨が中学生らの周囲を飛び回り、千ユリの後頭部に突っ込むようにして消滅した。
「ッヒヒヒ、失せな雑魚共」
右の中指を立てる。敷地を囲む木立の陰で、がさり、と音がする。その場にいる全員がそちらに目をやると同時に、木の陰からぬらり、と武者の霊が現れた。
「う……うわぁああああああ⁉」
誰か1人が叫んだのを皮切りに、恐慌状態がその場のほぼ全員に伝播し、青葉、犬神、千ハルの3人を残して鳥居の方に向けて逃げ出していった。

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五行怪異世巡『肝試し』 その③

3人が追い付いた頃には、他の面々は既に石段を上り切り、朽ちかけた鳥居の前でやや緊張した様子で立ち尽くしていたところだった。
「うっわぁ夜なのもあって不気味じゃん?」
千ユリがけらけらと笑いながら言う。彼女の口調は緊張を和らげ、彼女の言葉は彼らの足を重くした。
「……な、なあ、入らないのかよ?」
先頭の少年に、一人が声を掛ける。
「い、言われなくたって……!」
少年が、深呼吸の後、1歩を踏み出す。瞬間、空気が更に張り詰める。1人「きっかけ」が動いたことで、また一人、更に一人と境内へ踏み入っていく。
不意に、一人の少女がポケットからスマートフォンを取り出し、カメラのシャッターを切った。
「わっ、何だよびっくりした……」
「あはは、心霊写真でも、撮れない、かな……って…………」
撮影した画像を確認しようと画面に目をやった少女の表情が青ざめる。その時、素早く千ユリがスマートフォンをひったくり、わざとらしく口を開いた。
「んぁー? 何これ滅茶苦茶ブレてんじゃーん写真撮るのヘタクソかぁ? 良い? 写真ってのは……こう撮るの」
1枚写真を撮り、画像を表示した状態でスマートフォンを返却する。画面には、何の異常も無く境内の様子を写した画像が表示されていた。
「え、あれ? あ、うん……」
その少女から離れた千ユリに、青葉と犬神が近付く。
「千ユリ? 何が写ってた?」
声を潜めて尋ねる青葉に、千ユリは呆れたように頭を掻きながら小声で答える。
「アイツが撮ったのは消したけど……まあヤバいやつ。平たく言えば……悪霊?」

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五行怪異世巡『肝試し』 その②

集団の最後尾を歩いていた青葉は、背後から肩を叩かれ、立ち止まって持っていた杖を強く握りしめながら振り返った。
「…………あれ」
「や。青葉ちゃん、だっけ?」
「どうも、こんばんはです、犬神さん」
彼女の背後には、犬神が笑顔で立っていた。
「花火大会に来たら偶然見かけちゃったもんだから、ついて来ちゃった」
「そうですか」
「どしたの?」
「……クラスの馬鹿な連中が肝試しするって話してたんで。ここがガチのスポットってことは知ってたので、〈五行会〉として護衛につこうと同行している次第です。……あ」
青葉は不意に思い出したように声を上げ、同じくほぼ最後尾を歩いていた少女を呼んだ。
「犬神さん、ちょうど良い機会なので紹介します。彼女は最近〈五行会〉に入った……」
「特別幹部《陰相》。“霊障遣”の榛名千ユリ。あんたは?」
自ら名乗った千ユリに、犬神は握手を求めるように右手を差し出しながら答えた。
「や、私は《土行》の犬神だよ。キノコちゃんが言ってたのはあなただったんだね」
「キノコ?」
「あれ、会ってないの?」
「……千ユリ。多分種枚さんのことだと思う」
青葉に言われ、千ユリはしばし考え込んでから手を打った。
「あぁ、アイツか」
「ところで2人とも、ここで話してて良いの? 他の子たち、かなり上まで行っちゃったけど」
「あっしまった」
すぐに振り返り、急ぎ足で上り出す青葉を、千ユリと犬神は焦ることも無く悠々と追った。

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五行怪異世巡『肝試し』 その①

8月某日。世間の子供たちが夏休みの只中にあるとある日の夕方ごろ。
数人の中学生の男女が連れ立って、河原への道を歩いていた。
その河原は、この日19時から始まる花火大会を眺めるには絶好のスポットであり、夜店なども多く出店し、ある種の祭りのような様相を呈していた。
しかし、彼らの主目的はそこには無い。出店の隙間を埋める人ごみの中を彼らは迷い無く通り抜け、上流の方向へ、ひと気の少ない方へ只管歩き続ける。
土手を上がり、まばらな街灯の下を進み、深い木々の中に埋もれた石段の前に辿り着き、そこで一度立ち止まる。
先頭に立っていた少年が腕時計を確認し、残りの面々に向き直る。
「現在午後6時40分、花火大会が終わるまでは1時間以上余裕である…………それじゃ、行くぞ! 肝試し!」
少年の言葉に歓声を上げ、子供たちは石段を上り始めた。

“廃神社”と呼ばれるその心霊スポットは、その呼称の通り数十年前に放棄された廃神社である。
周辺をオフィス街や住宅地、幹線道路などに囲まれている中、不自然に小高く盛り上がった丘の上に建っており、丘陵全体は雑多な木や雑草に覆われ、辛うじて名残を見せる石段と境内も、処々に荒廃や劣化が現れ、不気味な雰囲気を演出している。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑯

「ふゥーん……? 大分おイタを働いたようじゃあないか。ンで、青葉ちゃんに負けたと」
「何か悪い?」
「いやァ? ……で」
少女千ユリから離れ、種枚は青葉の顔を覗き込んだ。
「そんな危険人物連れて私の前に現れて、どうしたいのさね」
「彼女を〈五行会〉に引き入れます。彼女の『悪霊を封じ、使役する』異能は、必ず人類のためになりますから」
「…………へェ。青葉ちゃんや、随分と強くなったねェ?」
「……そうですかね?」
「いや、元からタフなところはあったっけか……。あー、ユリちゃんだっけ?」
「千ユリだバカ野郎」
「女郎だよ。千ユリちゃんね。じゃ、青葉ちゃんの下で面倒見てもらうとするかね……」
「はぁ⁉」
種枚の言葉に、千ユリが食い気味に反応する。
「誰が誰の下だって⁉」
「いや実際負けたんじゃあねェのかィ?」
「こんな霊感の1つも無しに外付けの武器だけでどうこうしてる奴の下とかあり得ないんだけど⁉」
「えー……面倒な娘だなァ…………」
種枚はしばし瞑目しながら思案し、不意に指を鳴らした。
「じゃ、いっそ新しく役職作っちまうかィ。面白い異能持ってるようだし、たしかに誰かの下につけとくべきタマじゃねェやな」
「ようやく理解したか……」
半ば呆れたように溜め息を吐く千ユリにからからと笑い、種枚は天を仰ぎながら考え始めた。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑮

「潜龍さん? 何をしているんですか?」
短刀の刃を掴み、青葉が低い声で尋ねる。
「……こいつの異能は危険だ。その根源たる十指を、切断する」
平坂は平然と答えた。
「……そうですか。なら、私の手諸共、斬ってみますか?」
「……離せ」
「離しません」
平坂が短刀に込める力を強め、それと同時に青葉の握る力も強まる。
「こいつの遣う霊障によって、既に人が死んでいる。こいつの異能は封じられなければならない」
「だとしても、私はその手段を許しません」
青葉の掌と刃の隙間から、血が滲み出る。
「……ほう。ならば、何か他の手段があるとでも? こいつの力を、確実に封印できる手立てが」
「はい。『私達』が手段です」

翌日。
少女の手を引いて街中を歩く青葉の前に、種枚が現れた。
「あ、クサビラさん。ちょうど探してたところだったんですよ」
「そりゃちょうど良かった。で、その娘は何者だい?」
少女に顔をずい、と寄せながら、種枚が青葉に尋ねる。
「えっと、最近悪霊について騒ぎが起きていたことについては、御存じで?」
「そりゃあ、ここいらで起きる怪異絡みの出来事に関しちゃ大体把握はしてるがね」
「その犯人です」
「……へェ? お前、何て名だい?」
種枚に臆する事無く睨み返しながら、少女は答えた。
「榛名千ユリ(ハルナ・チユリ)。霊障遣い」

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑭

少女が叫ぶように言うのと同時に、背後から青葉の心臓近くを武者霊の刀が貫いた。更に、女性霊の手が後ろから首を掴み、力を込める。
「…………」
「ッハハ、ザマァ見ろ……! 霊障は直接魂を害し、肉体にダメージを誤認させ、現出させる!」
「なんだ、結構斬ったのにまだ動くのか。そういう力か?」
「……は?」
悪霊2体の攻撃を意にも介さず前進する青葉に、少女は呆然とする。その隙に、青葉は少女の胸倉を掴み、仰向けに転がした。
「な……おい、やめろ……止まれ!」
少女の言葉を無視し、青葉は片足を高く持ち上げ、勢い良く振り下ろした。
「…………悪いけど、こっちも才能以外は数百年分背負ってるんで」
失神した少女の頭の真横に下ろした足をゆっくりと退かしながら呟き、背後の悪霊たちに目を向ける。それらは呆然と立ち尽くしていたが、やがて倒れた少女にじりじりと近付いていき、そのまま掻き消えた。
「……はぁ、緊張した…………」
腰を抜かしてその場にへたり込んだ青葉の隣に、平坂が歩み寄って来た。
「あ、潜龍さん」
「すまんな。お前に最も危険な仕事を任せることになった」
「いえ別に……潜龍さん?」
平坂は徐に地面に捨てられたままになっていた短刀を拾い上げ、刀身をしばらく眺めてから握り直し、少女の前に屈み込んだ。
「潜龍さん?」
青葉の呼びかけには答えず、平坂は脱力して開かれた少女の右手の指の付け根に、刃を当てた。