表示件数
0

こもり校長へ

こもり校長、6年間ありがとうございました!
マイジェネで校長が届けてくれた「ありがとう」の何千、何万倍もの「ありがとう」を、最後に伝えたいです。

15歳の夏、「研究者になりたい」という私の夢を初めて肯定してくれたのが校長でした。
古典の宿題をサボりすぎて、「古典きらーい!」と一緒に叫んでくれたこと。
受験に失敗して泣いていた私に「どんな道を辿っても、その場所に辿り着けることを証明してほしい」と励ましてくれたこと。
去年の夏、一人で研究所で戦う私に、「夢を見失いそうになったら俺のために頑張ってくれ」と背中を押してくれたこと。

何度も「私には無理だ」と諦めかけましたが、校長がどんな私も受け入れて、夢を信じてくれたから、私も自分の未来を信じて、ここまで走ることができました。

中高時代は家に居場所がなくて、学校から帰って「ただいま」と言える場所は、掲示板とラジオしかなかった。でもどこにいても、夜22時になると校長の声が聞こえて、その声に安心して泣く日もありました。

だからこそ、校長は私の「夢」と、そして「命」を繋いでくれた恩人です。あの時、校長が私の居場所を作ってくれたから、今の私は自分の人生を「最高に楽しい!」と胸を張って言えるようになりました。

そんな15歳だった私も、来年から博士課程に進学します。6年前、誰も信じていなかった夢を現実にできたのは、ずっと見守ってくれた校長のおかげです。

次の6年後。
私は博士課程を修了して「博士」になります。絶対にどこかで報告するので、待っていてください!

こもり校長は、永遠に私たちの『校長』です!!

0

この学校に通って変わったこと

私がこの学校に出会って変わったのは、「自分の未来を、自分自身で信じられるようになったこと」です。
15歳の夏。研究者になりたいという私の夢を、大人のなかで初めて応援してくれたのがこもり校長とさかた元校長でした。
15歳の時は、周りに「本気で言ってるの?」という目で見られていたし、失敗や挫折をするたびに、「私には無理かも」と諦めかけたことは何回もあります。でも、この6年間、何度も校長が「虚数のiなら絶対に夢叶えられる!」と言い続けてくれたから、私は自分を信じることができるようになりました。

でも、変わったのは夢への姿勢だけじゃありません。 高校生の頃、親との関係があまりよくなくて、祖母の家で過ごしたり、夜空を見上げて一人で過ごす日がありました。「生きる意味なんてあるのか」と思っていた私を繋ぎ止めてくれたのは、22時に聞こえる校長の声でした。 どこにいても、ラジオをつければ校長がいる。その声を聞くたびに安心できて、明日も生きようと思えました。

去年の夏、憧れの研究所で一人奮闘していた時も、「辛い時は俺のために頑張ってくれ!」という言葉に救われました。「絶対叶う」と信じてくれる人がいることが、どれほど私の力になったか分かりません。そして、校長に、夢と未来を繋いでもらった私は、来年から「5年一貫の博士課程」に進学することを決意できました。

この学校で校長に出会って、自分に自信が持てるようになって、人生が大きく変わったと思います。校長から受け取った「未来の鍵」を握りしめて、これからの研究生活も頑張っていこうと思います!

1

こもり校長に伝えたい!

初めて逆電した時は、高校に入学したばかりの15歳。「研究者になりたい」という私の夢を初めて肯定してくれた大人でした。夏に逆電をもらった時から半年が経ち、ついに本格的な研究生活が始まりました。そして、来年からは5年間の博士課程が始まります。

大学受験に失敗した時、周りの大人が現実的な話ばかりをする中、校長だけは「本当はどうしたい?」と聞いてくれました。「京大で研究者になりたかった」という私の本心を見つけ出してくれたのは校長です。

こもり校長。
私は校長からたくさんのものをもらってきました。
夢を見つけた時、挫折したとき、ずっと見守ってもらいました。研究生活は大変ですが、辛い時には「虚数のiだったら絶対に夢を叶えるし、結果も残せる。辛い時は俺のために頑張ってくれ」と去年の逆電でかけてもらった言葉を思い返して、この春休みも頑張っています。
校長が私の本心を見つけ出してくれて、力強い言葉で導いてくれなかったら、今の私はありません。大学院試験に向けた勉強と研究室、辛いことの方が多い毎日ですが、「どんな道を辿っても、その道には突き進めるってことを証明してほしい」という校長の言葉を胸に、これからもあの日の続きを証明していこうと思います。

少し早いですが6年間、本当にありがとうございました。校長が繋いでくれた未来を、これからも全力で生きていきます!!

0

後期入試を受ける受験生へ

今日で全ての国公立前期試験の結果が発表されましたね。
合格した受験生の皆さん、本当におめでとう!これまで努力した分、まずは思い切り遊んでほしいです!

でも、気持ちの整理もつかない中で、後期試験に向けて動き出した受験生もきっといると思います。
私は3年前の今日、感情がぐちゃぐちゃの中、初めて1人で飛行機に乗って、涙も出ず放心状態で後期入試に向けて出発しました。あの時の私には、前期のショックとか失敗とかを整理できる状態じゃなかったです。

でも、22時。イヤホンから聞こえてきたのは、いつも通り家で聞くのと同じ「こもり校長の声」でした。
1人で知らない土地にいるはずなのに校長の声を聞いた瞬間、心細かった心がふと軽くなって1人じゃない、って少し安心したのを覚えています。

きっと今日も、最後の戦いに向かってる受験生がいると思います。
今は無理に気持ちを整理しようとしなくて大丈夫です。でも、足を止めずにここまできたみんなは誰よりもかっこいいし、みんなは決して1人じゃない。
そして、今日のことを誇らしく思える日は絶対に来る。
どうか受験生みんなに温かい春が訪れますように。

頑張れ!!
授業テーマと全然違うけど、きっと1人で知らない土地で頑張ってる受験生がいると思うので、応援の声が届くと嬉しいです。
そして、もし1人で不安な受験生いたらレスください。どんな気持ちも受け止めます!

0

こもり校長

こもり校長の退任、とにかく寂しいです。でも、生徒を大切に思っている校長を知っているからこそ、校長の決断を前向きに応援したいと思っています。

今の私は校長がつないでくれた夢の先を生きています。
ぼんやりと抱いていた研究者という夢を、初めて応援してくれた大人がこもり校長とさかた元校長でした。高3で受験で失敗して目標を変えようとした時もありましたが、校長が逆電でかけてくれた当時の言葉のおかげでこれまで頑張ってこれました。
そして、今年の9月には、研究者を目指して京都で一人で頑張っている時に「夢を諦めそうになったら俺のために頑張ってくれ!」と逆電で声をかけてくれました。今は、この言葉を胸に大学院入試に向けて勉強を頑張っています。

どんな時も毎日声を届けてくれた校長。
私は家庭の問題で、祖父母の家で過ごす日もあり、色んな夜を過ごしてきました。正直、高校生の時は人生を終わらせたくなった日も何度もありました。そんな時、ラジオをつけると校長が明るい声で生徒と話していて、その声に心から救われていました。高校を卒業してからも、心が辛くなった時にふとラジオをつけるといつだって校長がいて、救われた夜が何度もありました。

校長から繋いでもらった人生を、私はこれからも自分らしく彩っていこうと思います。
校長もあと5ヶ月、生徒の皆さんと思いっきり楽しんで、校長の人生をさらに彩っていってほしいなと思います!!!

2

20年の賜物逆電!

自分がRADWIMPSと出会ったのは、映画「君の名は。」でお馴染み「前前前世」がSOLで(おそらく)宇宙初オンエアされた2016年の7月の下旬(正確な日付は覚えていない)でした。
あの日、その時期にしては珍しくたまたま生放送教室を最初から聴くことができて、いつものようにギターチャイムからのとーやま校長とあしざわ教頭のオープニングトークを聴いていましたね。
それでその当時は存在した「さーけーべーっ‼︎」の掛け声からのジングルが鳴り終わったと同時にあの衝撃的なイントロが流れ出して、一瞬で耳が釘付けになりました。
当時の自分は今に比べてもたくさん曲を聴いている訳じゃなかったからなのか、iPodに繋いだスピーカーから流れる「前前前世」はとてつもない衝撃で、「これは一体どこのバンドのなんて曲なんだろう?」と気になって仕方がなかったです。
で、当時の掲示板も相当盛り上がったらしくとーやま校長が興奮した口調で掲示板の感想書き込みを読み上げていたこと、そしてCMに入る直前に「RADWIMPS『前前前世』‼︎」と力強くタイトルを言っていたことは今でもよく覚えています…!

それから9年。
SOLでRAD先生が“期間限定の先先先生”として毎週水曜日に授業を持ってくれてすごく嬉しかったのですが、RAD先生が去っていったあとは忙しかったこともありなぜかRAD先生への興味が薄れていきました。
でも一浪して大学に入って、たまたま学祭実行委員会に入ったところ同じ部局の先輩(同い年)がRAD先生大好きで、「セプテンバーさん」や「会心の一撃」をなにかと流しているうちに「あーやっぱりRADっていいなぁ」と思うようになりました。
特に「会心の一撃」は自分がSOLで出会った曲なので思い入れがありますね!
というわけで、RAD先生がひっさびさにSOLに来てくれて嬉しいです‼︎
ありがとうございます〜!

0

RADWIMPS先生!

RAD先生20周年おめでとうございます!

RAD先生との出会いは2016年、このスクールオブロックでした!そして、この日はスクールオブロックとの出会いの日でもあります。

あの日、なんとなく周波数を合わせて流れてきたのが、スクールオブロックで初フルオンエアされた「前前前世」だったんです。
当時の私は、小学校に通えておらず、未来なんて全く想像できませんでした。楽しいことなんて1つもない日々の中で、前前前世を聞いた瞬間、「こんな鮮やかな曲があるのか!こんな明るい世界があるんだ!」と衝撃を受けたことを覚えています。
布団の中で聴いていたのに、目の前が明るくなったあの瞬間を忘れることはありません。

それから、またあの音楽に出会いたい‥と思って、毎晩ラジオを聴くうちに、とーやま校長とあしざわ教頭のトークに引きこまれていました笑。これが、スクールオブロックを聴き始めたきっかけです。

それから6年後、高校の卒業式では正解を歌いました。中学の卒業式はコロナでなくなりましたが、必死に生きた学生時代の最後を、RAD先生の曲で締められて本当によかったです。

あの日、前前前世に出会えていなければ、私はスクールオブロックとも出会えていなかったし、何より世界はモノクロのままでした。

人生を変えてくれた前前前世を、9年越しに聞きたいです!!

0

あの時の先生へ

特にお世話になったのは高1の時の担任の先生です。
高1の時はとにかく親とうまくいかなくて、親と一緒にいると辛いことをされて家に居場所がなかったし、親と離れて暮らしていました。
そんな私にとって、唯一の居場所が学校でした。先生は当時25歳でしたが、誰よりも私のことを心配してくれて、ほぼ毎日、朝と放課後に一対一でお話ししてくれました。そして、どんなに先生が忙しくても、私が言葉に詰まって何も話せなくても、先生はとにかくゆっくり待ってくれたし、私の辛さを全部受け止めてくれました。家に帰るのが辛くても、なんとか朝が来て学校に行けば守ってくれる人がいるという安心感があったからなんとか生きられていたんだと思います。

私は今、周りからもお墨付きなポジティブ人間で、好きなことを極めた最高な人生を送っています!
それは先生から、受験で戦う力や進路のアドバイスだけじゃなく、たくさんの愛をもらえたからだと思っています。担任であり、親や兄のようでもあり、そして友達のように好きな音楽の話につきあってくれた先生、本当にありがとうございました!!

卒業して異動になっちゃったけど、成人式にきてくれるらしいから楽しみだな。成長した姿を誰よりも見せたい人です笑

1

しんどー相談室

自分の父親、母親、兄は優秀で世間でも名門校と言われる大学に進学しています。ですが、自分は全然努力が実りません。この夏休み、中学に入ってから初めて塾に通ったのですが、宿題である予習・宿題、自主的に行う復習、すべてをこなし1日14時間机に向かっても、確認テストではうまく行かず空欄が空いてしまうような紙を提出するような形となってしまいました。
それでも母は自分に期待を持ってくれています。その背景には過去、小学生の頃、塾に通った際に3ヶ月で一番上のクラスに登りつめた過去があるからだと思います。
調子に乗って次の年にはクラスは落ち、結局中学受験を見送ることになりました。
自分は塾をやめて友達が後ろから迫って自分を追い抜かしていくのを目の当たりにし、がむしゃらに勉強しましたが努力は実らず。
中学校の定期テストでも、全く上手く行かずこの中学校生活、ずっと自分を攻めてきました。
今年の夏休みにこのようなことがあり、夏期講習が終わった今ではペンすら持つのが嫌です。毎日寝るかテレビかスマホか。そんな毎日が続く中。焦っている自分もいます。自分は今中学2年生なのですが、あと1年間半後高校受験が迫っています。
今年の夏期講習で見てきた自分より遥かに上の頭を持った人と同じ戦場で戦っていくには、やはり今のままでは絶対に不十分です。やる気を無くし、飽き性の自分はすでに高校受験を諦めかけています。
ですが、私はどうしても入社したい会社があります。その会社に一緒に入ることを約束した優秀な兄はすでに就職を考えているそうです。やはり兄弟というのは一番身近な比較対象であるため親や兄にもどう思われているかきにしてしまいます。
「努力は必ず報われる。」そんな言葉がありますが、自分はこの4年間報われた試しがありません。日々暗闇をさまよっている自分がとても嫌いです。