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対怪談逃避行10

「とにかく、これでこのお話はお終いだ。我々人間は、見事怪異を撃退し、街には平和が戻った。何から何まで万々歳。お疲れ様」
「あ、はい……」
しかし、徹夜で走り通しだったからか、安心すると流石に疲労が一気にやって来た。眠気と疲労とで、膝の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
「ありゃ。まあ、徹夜だったからねえ。軽い休憩以外はずっと走ってたし、緊張が抜ければ、そりゃあそうもなるか。ちょっと待ってな、タクシー呼ぶから。君の家がどこかは分からないから、行き先は自分で運転士に言っておくれよ」
「はい、すいません……」
そこから先の記憶は曖昧だ。気がついたら、自分の家のベッドに突っ伏してた。
「………何だったんだろ、変な夢……?」
水でも飲んで落ち着こうととベッドから立ち上がろうとしたけど、足に上手く力が入らなくて転んでしまった。筋肉痛も酷い。それでやっと、夕べの『あれ』が現実だったと認識できた。
「……マジか。じゃあ、『奴』も……?」
全身の毛が逆立つような感覚。あの時は深夜テンション的なものもあって恐怖が麻痺してたようなところもあったけど、今思い出すと、めちゃくちゃ怖い出来事だったじゃないか。
「………」
とりあえず、枕元に転がっていた双眼鏡を拾い上げる。首にかけるための紐のところを見ると、細く巻いた紙が結んであった。それを解いて広げてみると、『蓮華戸 080-○○○-☓☓☓☓ オカルトに出会ったら相談サレタシ』という走り書きが。
「………まあ、使うことなんて無いだろうけど」
四つ折りにして鞄に放り込み、双眼鏡の方は少し考えてから、押入れに投げ込んでおいた。
「……もう、夜に双眼鏡使うのはやめよ」

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対怪談逃避行9

蓮華戸さん(仮)が言うのと同時に、足元に振動が走る。
「これは……!地震、いや……」
橋の、『奴』のいる側と反対側を支点に、橋がゆっくりと回転しているのだ。それによって道は分断され、『奴』は岸に留まることになった。
「旋回橋だよ。船が橋のあるところを渡れるように、こうやって動くんだよ。いや、逆かな?船の通る場所に架ける橋だから、こうなるのか。まあ良いや」
突然の轟音。驚いてその方向を見ると、中型船が橋のあったところを通過しようとしているところだった。
「もう日が昇る。それで僕らの勝ちなわけなんだけど……。最後に『奴』に何か言っておきたい事とかある?」
言いたいこと、か。正直、恨み言なら山程言いたいと思ってる。こいつのせいで夜通し怖い思いしながら走り続ける羽目に陥ったわけだし。
けど、そういえば蓮華戸さん(仮)は言ってたっけ。『怪異を存在させるのは恐怖』って。だとしたら……。
私は、『奴』のいる岸を正面に立って、船が通り過ぎるのを待った。遂に船は通り過ぎ、『奴』と正面から向き合う。睨んでくるその目を真っ直ぐ見返してやりながら喉の左端に右手の親指を当てて、ピッ、と右に引きながら、言ってやった。
「失せな化け物。あんたの時間は終わったんだ」
恐怖が力になるのなら、『お前なんか怖くない』って気持ちは、きっと武器になるはずだ。
段々と東の空が明らんでいく中、人外の不気味な断末魔が響き、そしてそこには、何も居なくなった。
「…終わった……?」
「うん、お疲れ。しかし、最後の啖呵、なかなか格好良かったじゃないか」

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対怪談逃避行7

「今、3時過ぎ。夜明けまであと……3時間半ってところか。マズいな………」
「ええ……?あれ、追い付かれたらどうなるんでしょう」
「さあ?けど、『んー、んー』って声が聞こえてきたら、それが奴だ」
聞こえたら手遅れなやつでは?
「今の奴の状況は!」
蓮華戸さん(仮)が、さっき奪った双眼鏡を私に返して後ろを指差す。それを取って、これまでに辿ってきた道を探す。
居た。これまでよりもかなり距離が縮まっている。どうやら私達の通った道をそのまま辿っているようだ。
『奴』と目が合う。これまではニタッと笑っていたのが、口を一文字に結んで、目だけギョロッと開いてこちらを睨んでいる。
「こ、こっちを睨んでますけど!」
「そうか、困ったな……。『奴』が変質した。捕まったら何されるかは分からないけど、十中八九逃げ切らなきゃ詰みだよ」
ええ……。とはいえ、なってしまったものはもうどうしようも無いので、ひたすら走る。
「どこか、良い場所あったりしません?」
「良い場所?隠れるのに?逃げるのに?」
「どっちでも!」
蓮華戸さん(仮)は少し考え込んで、何かを思い付いたように手を打った。
「………これから3時間、休まずに走り続ける元気、あるかい?」
「やるだけはやってみます」