表示件数
0

SCHOOL OF LOCK!と出会った日

私がはじめてスクールオブロックを聴いたのは、2024年7月24日のNiziU先生初来校の日です。ちょうど中学のときに作ったラジオを使いたいなと思っていたときに、NiziU先生がはじめて生放送のラジオに出演されると知り、周波数や聴き方を必死に調べて22時前にスタンバイしました。当時はラジオに全く馴染みがなく、これで合ってるか不安だったので、放送がはじまって、すごく落ち着く声の教頭が「スクールオブロック、今夜もはじまりました」と言うのが聴こえてきて安心したのを覚えています。その後、NiziU先生と校長が音楽番組ですれ違ったことがあると話していて、てっきりTOKYO FMのアナウンサーだと思っていた私はびっくりして、一体この校長教頭を名乗る人物は誰なのかと思い調べたら、こもり校長がGENERATIONS、COCO教頭がお笑い芸人と知ってめちゃくちゃ驚きました。また、本当にちゃんと聴けるかの不安が大きすぎて時間割を調べていなかったので、途中で景井LOCKS!がはじまったときは困惑しました笑
本格的に登校しはじめたのはこの約1ヶ月後、ふとまたスクールオブロックを聴いてみようと思ってラジオをつけたときに聴こえた校長と教頭の暖かい声で、直感的にここが私の新しい居場所になるかもしれないと思ったときからでした。
今年の4月からは毎月2週目にNiziU LOCKS!も開講して、毎日部活で忙しいですが、今は自分のペースで出席しています(アプリの申請が親にうまく届かなくて全然radikoがインストールできないのが辛いですが…)
これからもできる限り聴き続けたい大好きな私の居場所です!

0

SCHOOL OF LOCK! と出会った日

私がこの学校と出会ったのはたまたまラジオをつけていた時にラジオの学校の「学校」という所に惹かれたからです。私が初めて聴いたのは去年の7月23日です。この日の授業は「君の夏はもう始まってるか逆電」の日でした。(本格的にSOL!について日記を書いたのは9月ですがこの日は新しいラジオに出会ったという事で書いていました。なので私の日記が間違えていなければきっとこの授業テーマだったと思います。)私は、学校が大好きです。学校は、色々な事が学べてそれを友達と教えあったりしたり、友達と話したりできるからです。そして、私は、あまり家に居場所といえる場所がありませんでした。なので私には学校が居場所でした。なので夏休みが始まった途端私の居場所がなくなってしまいました。中1や中2は部活でほぼ毎日学校に行っていたので平気でしたが中3の時には部活がなかったので学校に行く日がありませんでした。でも、約30日くらいなら大丈夫かなと思っていました。しかし、夏休みが始まってから4日くらいで限界をむかえました。本当は勉強をしたくないけど夏休み明けにテストがあるので勉強はしないといけないなと思い自分のラジカセでラジオを流しながらやろうと思っていました。でもやる気がでず、ずっと空ばかり見ていました。その時ラジオから『ラジオの中の学校』という名前を聴きつい「学校だ!」と思い音量を上げてそのラジオを聴きました。それがこの学校でした。それからSOL!は私の学校以外の唯一の居場所になりました。と日記に書いてありました。(学校の部分は書いていませんが、それ以外は書いてあったので、本当にあの日の気持ちが書いてあります。)

0
0

舞台の上から見えたもの

私が舞台上でみたものとして印象に残っているのは、涙で目がぼやけて見たときの先輩方の顔です。私は、2年前在校生代表として先輩がへメッセージを送りました。先輩には、たくさんお世話になったのでそのお礼とこれから私達が中学校を背負って頑張っていくことを伝えました。この年の卒業生に私のお姉ちゃんもいたので、お姉ちゃん、お父さん、お母さんも見ていた卒業式だったので余計に緊張していました。そして卒業式当日の朝先生に原稿を見ないで話した方が私の感謝が伝わるからと言われました。そして、名前を呼ばれた瞬間私は大きな返事をしてステージ上に上がると先輩方が目にそして、そして、最初は原稿を見ずに話していました。しかし、読んでいると先輩がいなくなるのが悲しくて話している途中で泣いてしまいました。その瞬間涙を我慢していた先輩方も泣いてしまいました。泣いているので、内容を忘れてしまいました。そして、涙でぼやけて原稿が読めませんでした。しかし、私なりの文章で先輩方に感謝を伝えました。全然考えていま文章とは異なるものでしがちゃんと感謝を伝えられたなと思いました。卒業式が終わった後に先生や友達、先輩方から素敵だったよ!と褒めてもらいました。その時完璧でなくてもちゃんと感謝は伝わるんだなと思いました。

0

Oh…

今さっき自分のスマホに電話がかかってきて、明らかに大学からの電話だから出ようかなぁって迷ってたらすぐに切れたんだよね。
まぁ電車内だから電話に出にくいってのもあったんだけど、またサークル宛に荷物が届いたのかなーって思ってた。
でもGメールアプリにメールが届いてて、何の気なしにちょっと開いたら、大学の学生生活課から「大学オリジナル水筒デザインコンテストであなたの作品が優秀賞に選ばれました」ってメールが届いてたの。
フツーにびっくりした。

学生生活課による一次審査の突破をしているのはわかってたけど、「優秀賞か…」とは思う。
ちなみに応募作品が商品化するには“最優秀賞”に選ばれないといけないので、ウチのデザインは最終審査の学内投票で1位にならなかったってことね。
まぁでも、自分の作品が商品化しなくて逆に安心した(笑)
あとから見返すと「ちょっと微妙だな」って思うデザインが商品化するのはなんか違うからさ。
…だけど同じく最終審査まで残った他の人の“割と万人ウケしそうな普通のデザイン”が採用されたって考えると、自分のセンスは普通の人のそれとはズレているのかな〜って思う。
高校の時にクラスTシャツをデザインした時もデザイン性に極振りしたからなのかクラスメイトからのウケは微妙だったし。
自分は“デザイナー”というよりも“アーティスト”的な要素が強いのかもね(でもマトモに絵の勉強をしたことがない。美術部にいたことはあってもコロナ禍で活動がだいぶ制限されていたし、デッサンなんて未だにやったことがない)。

とにかくメールには「学部・学年・名前を公表してもいいですか?」と書いてあったから、親バレも怖いけど大学で仲のいい子たちを驚かしてみたいし「いいですよ」って返信しようかな。

0

あの逆電の続き逆電

自分は何気に4回ほど逆電させて頂いているのですが、生放送教室での逆電は1回だけなんです。
その1回というのが2022年11月7日の「SOCIAL LOCKS! スペシャル」でのことでした。
その頃、今の「どっちのCat or Dog」の時間帯に障がいのことや性のことなどで悩んでいる生徒の声を流すコーナー「SOCIAL LOCKS!」をやっていて、その日の放送は「SOCIAL LOCKS!」が終了するということで総決算的な授業をしていたんです。
その時の掲示板では「障がいや性のことで悩んでいる生徒」からのメッセージを募集していて、自分はおそらく何遍もここに書いたであろう“自分の自閉症と場面緘黙のこと”や当時浪人中で親から「その状態で普通の大学に進学するのは難しい」と言われて通信制の大学を勧められている、みたいな話を書き込みました。
こんな複雑でわかりにくい障がいなのに逆電の依頼電話がかかってきたのは不思議でしたが、障がいで思うように喋れないのにかかってきた電話だけは出られる体質だった(あと生放送教室での逆電ということで興奮していた)ので逆電に出られて、こもり校長やぺえ教頭、当時ゲストで来ていたryuchell先生、DAIKI先生とお話しさせて頂きました。
当時どんな話をしたかっていうと興奮しすぎていたのかあまり覚えていないのですが、確かこもり校長に背中を押してもらった上、逆電の少しあとにたまたま親に「普通の大学に行くのか?」と聞かれて「行く」と答えることができて、そのことを書き込んだら生放送教室の皆さんが(確か)「よくやった!」と言ってくれたことは覚えています。
ホントのことを言えば通信制大学だけでなく就職も(かなり強引に)勧められていて、どうしようって思っていたタイミングでの逆電でしたからすごく背中を押してもらえました。

その後第一志望の大学には落ちたものの、なんとか入った大学で障がい学生支援室という学生生活課の部署の職員さんに助けてもらったり、たまたま入った学祭実行委員会ですごくいい仲間に出会って、少しですが健常者のように喋ったり、挨拶したりできるようになりました。
正直、今も親とか完全に初対面の人とは思うように話せなくて怒られることもあるけど、今いる場所にいられるのはあの時の校長たちのお陰です。
本当に、ありがとうございます。

0

あの続き

こんばんは。

スマホって凄いですね笑
一回調べるとどんどん授業内容の情報が………。。。。笑
今日は卒業生にもぴったりな授業内容だったので、今日まで書き込みさせていただきます。

私が書き込みを読んでもらったり、逆電をしてもらったりしてよく覚えているのは、とーやま校長時代のSOLです。
よく、学校が嫌だという書き込みを読んでもらっていました。
ある時には、とある生徒さんから楽曲のプレゼントを貰ったり、ある時はとーやま校長の黒歴史なんかを教えて貰ったりもしました。笑
高校生だったあの頃から私は大人になり、社会人2年目です。
今の私の悩みは、会社をいつ辞めるか、と言ったところでしょうか。笑
私の働いている業界では、お給料は良い方だし、働いている人間関係もそんなに悪い方ではありません。
きっと、恵まれている方に入ると思います。
それでも、職場の人間関係で辛い事もあるし、子どもと接する仕事をしているので、何十人もの子どもたちと接することはとても辛いです。
保護者との問題もあったりします。
去年受け持った子と比べてしまう事もあります。
何せ、去年の子たちとは何もかもが間反対で、毎日てんやわんやして、イライラしてしまって、これでいいのだろうかと悩んでしまうからです。

毎日辞めたい、辞めたいと言いながらも、次の働き先が見つかるまでは辞めたらダメと親にも言われているので、この子たちを送り出すまでは……。となんとか1日1日を繋いでいます。

あの頃とはまた違うような、似ているような悩みに振り回されながら、私の青春だったSOLをここ数ヶ月でよく思い出すようになりました。

生きている限り、辛い事は続くもんだなとお年寄りみたいな事を考えたりもします。笑

未来の鍵を見つけたいと思っていたけれど、私にとって未来の鍵は、簡単には見つかりませんでした。
私が見つけられなかった鍵を、誰かが見つけてくれていたらいいなと思います。

私には辞める勇気はない。
いつまで続くだろうかと毎日ため息ばかりです。