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沼貝(後編)

 妹の手のひらから転がり落ち、湖につかった沼貝たちは息を吹き返した。
「ほらね。元気になったでしょう」と得意げに妹は言ったが、オキクルミには、とくに何か変わったようには感じられなかった。    
 しばらくして、自分たちを虐待したのはサマユンクルの妹、助けてくれたのはオキクルミの妹だと知った沼貝たちはその年、サマユンクルの妹の村は凶作にして、オキクルミの妹の村には豊作をもたらした。
 これはあのときの貝の力によるものだと気づいたサマユンクルの妹の村の人たちとオキクルミの妹の村の人たちは、畏怖の念から沼貝の殻を加工し、あわ、ひえ、もちきびの穂を摘む農具とした。  
 以来、どこの村でも収穫には、沼貝の殻を使うようになった。    
 収穫をコントロールする能力があるのに自力で湖に移動する能力はないなんておかしくないかと突っ込みたくなるだろうが、この話で本当に伝えたいのは、すべては連鎖していて、ちっぽけな貝といえども雑に扱ったら報復を受け、逆にていねいに扱えば恵みが与えられるということなのである。だからこれでいいのだ。    
 ところでこのエピソードは、知里幸惠(ちりゆきえ)のアイヌ神謡集をもとにしているのだが、地域によってサマユンクル側が助けるバージョンがあることをつけ加えておく。

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沼貝(前編)

 アイヌは畑作は行っていたが、水稲には手を出さなかった。これはもっぱら民族的な気質によるものだろう。そのおかげでアイヌは自らが神になることはなく、自然神(カムイ)とともに生きることになった。
 雑穀を収穫するのにアイヌは、貝で作った穂摘み具を使っていた。紐を通し、フラメンコのカスタネットのようにした二枚貝でちぎり取るのである。鎌を使ったほうがはかどる思うが、鎌は魔を断つためのもので、神の恵みである食物には使用しなかった。  
 なぜ貝を用いるようになったのかについて、こんなエピソードがある。    
 日照り続きで沼の水が枯れ、パニックにおちいった沼貝たちは、口ぐちに助けを求めた。
「誰かー」
「どうかわたしたちを水のある場所に移してくださーい!」    
 と、そこにサマユンクルとその妹が通りかかった。    
 生理前でいらいらしていた妹は、手を差し伸べようとしたサマユンクルを制し、「おめーら、うるせえんだよ!」と言って沼貝たちを踏みつけ、蹴飛ばし、「はー、すっきりした。お兄ちゃん、お昼ごはんはかわうその脳みそがいいなー」と言って、兄の手を引き、去った。
 まさに踏んだり蹴ったりで、救助を呼ぶ気力まで奪われ、瀕死の沼貝たちのもとに、今度はオキクルミとその妹が通りかかった。
 沼貝たちを見下ろして妹は言った。
「お兄ちゃん、なんだかこの貝、ぐったりしてるように見えない?」    
 妹がそう言うとオキクルミは、「貝なんてみんなこんなもんだろ」とめんどくさそうにこたえた。
 すると頑固な性格の妹はオキクルミをきっとにらんで、「絶対ぐったりしてる! わかるもん、わたし」と言って沼貝たちを両手ですくい上げ、湖の方向に歩き出した。オキクルミは、「なぜわかるのかエビデンスを示せ」などとぶつぶつ言いながらも、妹について行った。

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飯杖

 ダンボールを開けると、ハリーポッターに出てくるような杖が入っていた。    
 親の反対を押し切り、女優を目指して上京したものの、バイトをクビになって、お金も食料も底をつき、途方にくれていたところに一筋の光。数年ぶりにお婆ちゃんから電話があったので、親に内緒でお米を送ってくれるよう頼んだのだが、ダンボールには木の杖。    
 わたしはうなだれ、肩を落とした。    
 お婆ちゃんはもう、ぼけてしまったのか。    
 女が手っ取り早く稼げる方法といえば、キャバクラ、風俗、立ちんぼ。  
 こうやって落ちてゆくのだ。    
 お婆ちゃんがぼけてしまったことによるショックと落ちぶれたダブルパンチで涙が出た。  
 こんなふうにオーディションでも上手く泣ければ合格してたかもしれないなあ。    
 お腹減ったなあ。
 などと考えながら再びダンボールに目を向ける。
 おや。蓋の内側に封筒がへばりついているではないか。    
 急いで中身を確認すると、やったあ。三万円入ってた。    
 そうかそうか、これは孫を喜ばせるためのお婆ちゃんジョークだったのだ。そしてわたしはこの三万円で当座をしのいでオーディションを受け、泣きの演技が素晴らしいと絶賛されてヒロインに選ばれ、めでたしめでたし。    
 あ、手紙も入ってた。    

 なっちゃんへ
 この杖は先祖代々伝わる宝物です。飯杖といって、神に選ばれた者だけが使えるそうです。お茶碗に向けてひと振りすれば、あら不思議。ほかほかごはんが現れるのだとか。どうぞ試してみてください。じゃあまたね。  

 なんとなんと、わたしはその神に選ばれた者だった。なのでもう、ごはんには困らない。  
 オーディションでは、まだ一度も選ばれてないけど。  
 ごはんの上でひと振りすると、ふりかけの出てくるふりかけ杖を使える男の人がいたら結婚しようかな、と最近思っています。  

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裸の王様

 むかし、ある王国に、とってもおしゃれな王様がいた。  
 トレンドはすべてキャッチし、また自らもトレンドを生み出すファッションアイコンになっているにもかかわらず、まだまだもの足りないなあ、なんて思っていたところに、世界各国を放浪して服飾ビジネスの勉強をしてきたという仕立て屋が現れた。  仕立て屋が王様にすすめたのは賢い者にしか見えない生地で作ったスーツ。王様はスーツが仕上がるとさっそくおひろめパレードを行った。  
 城門から王が姿を現すと、国民はちょっとざわついたが、賢い者にしか見えない生地というおふれが出ていたのでみな神妙な顔で見送った。誰も王様は裸だ、などと声をあげたりはしなかった。パレードは無事終了した。  
 仮に王様は裸だ、なんて言うやからがいたとしても、王様は動揺しなかっただろう。何代も続いている王族からしてみたら庶民など犬猫同然、裸を見られたところで恥ずかしくも何ともない。だったらファッションを自慢する意味もないのでは、とおっしゃるかたもおられるだろうが、そこはそれ。代々続いた王族なんてものは著しく精神のバランスを欠いた存在なのだ。一般人の常識を当てはめてはいけない。

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フランクフルト

 スマートウォッチなど、ウェアラブルが当たり前の世のなかになって久しい。  
 近い将来、デバイスは体内埋め込み式が主流になるのだとか。  
 などとのんきにかまえていたらなんということだ。すでに実用化されているのであった。  
 つい先ほどのできごと。イヤホンも何もしていない、前歯のない、ワンカップを片手に持った老紳士が一人で大声で話しながら、駅の改札とイルミネーションで飾られたロータリーを行ったり来たりしていた。  
 便利だからついやっちゃうんだろうけど、マナーは大事だよなぁ。  
 などと考えつつ、小腹が減ったのでコンビニでフランクフルトを買い、食べながら歩いていると、角からナイフを持った男が現れた。
「あ、お父さん」
「おかえり」
 残りのひとかけらをのみ込み、「会社は?」とわたしはきいた。
「辞めた」
「そうなんだ。お母さん、家にいるの?」
「断食修行に出た」
「そんな……食欲の秋なのに」
「一二月は秋じゃない」
「もうすぐクリスマスだね」
「クリスマスはどうするつもりだ」
「今年もあなたと過ごしたい」
「カレン、もうこんな関係は終わりにしよう」
 そう言ってお父さんはわたしを刺した。意識がなくなる直前、フランクフルトの串が地面に落ちる音をきいた。

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五行怪異世巡『覚』 その⑦

「む……鬱陶……しい!」
白神さんの振るった爪を、覚妖怪は飛び退いて回避した。
「うぅー……!」
白神さんが苛立たし気に唸っている。彼女の手元をよく見てみると、奇妙な形で固定されていた。五指を大きく広げ、人差し指と薬指だけを根元から垂直に近い角度で折り曲げている。
「もー怒った!」
そう言って、白神さんは自分を素早く捕まえ、所謂『お姫様抱っこ』の形で抱きかかえた。
「痺り死ね!」
白神さんの足下から電光が迸り、地面を伝って周囲全方向に駆け抜けていく。なるほど、これなら覚妖怪でも回避しようが無い。
『「これで仕留められる」、そう思ったな?』
覚妖怪が口を開いた。その意味を量りかねていると、妖怪は猿のような肉体を活かして手近な木を物凄い速度で登り始めた。電撃は妖怪を追うが、多くの枝葉が避雷針のように機能することで、覚妖怪まで電撃が届かない。更に悪いことに、頭上を隙間なく覆う樹の中に妖怪が姿を隠してしまい、どこにいるのか分からなくなってしまった。
「し、白神さん。これじゃあ」
「大丈夫、もう1回……!」
白神さんが片脚を持ち上げたところで、頭上を強風が吹き抜けた。直後、少し離れた地面に覚妖怪が着地する。
『…………ふむ。“風”の思考を読んだのは、初めてだな』
「あれっ、そいつは驚いたな。どうせ何百年も生きてんだろーに、初めてか? “鎌鼬”と喧嘩すんのは」
自分と白神さんを庇うように立ち塞がったのは、種枚さんの弟子、鎌鼬少年だった。

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蛍雪の功

窓枠 ひとつ 灯りが燈る
数多の光 数多の命 揺蕩う縁側
寄り集まって 離れて戻る 無常なり

秒針が動く間 地面と靴との間
また命が消えた また命を生んだ

そんな灯りに 私はなりたい
雪ほど暗く 夜闇より明るい
影になりきれぬ 優しき努めの光

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12年前、10歳でSCHOOL OF LOCK!を聴き始め、14歳の時にポエム掲示板と出会い、言葉を綴り始めました。今読み返せば、当初は拙い言葉の集合体であり、感情や衝動がそのままあけすけで、大変読みにくかったろうと思います。それでも、必死で言葉を綴り、毎日何編も投稿しました。言いたいことがうまく言えなかったから、私は詩の世界で、ただ1人雄弁に語る神々しい弁士となることを夢見て、詩を書いていました。やがて、私は詩の世界だけに満足出来ず、人との付き合い方、向き合い方、話し方、自分の身なりなど色んなことを一つ一つ努力して改善して来ました。あの頃から、私は随分人として成長したなと己を振り返ります。詩の世界だけではなく、すべての世界に影響を与えたい。そう思うようになった私は、ここ掲示板で出会った仲間と詩集を作り、別の居場所で絵や小説を書き始めたり、親しい人と俳句や短歌を詠み合ったりと、様々な経験をして来ました。その中で、己の感受性を褒められる機会が多く、貴方の原点は何ですかと聞かれるたびに、この居場所を答えて来ました。ここ数年、大学入学を機に未来の鍵を握り、SOLの卒業を決め、ポエム掲示板への書き込みを殆どして来ませんでした。しかし、今一度言葉を綴って、本当の意味で『大人』になったことを詩で表現したいと思い、今日大学4回生22歳の誕生日に筆を取らせていただきました。本当にありがとうございました。小学5年生10歳の頃、未来の鍵を握るこのラジオに相応しく、花屋という意味だけではなく、大好きな花を守る、花を研究する人、そういう意味で未来の鍵『フローリスト』をラジオネームとして己に名付けました。そして今、私は春から無事に花・植物を守る人として無事に未来の鍵をしっかりと自分の手に掴んでいます。これからも、更なる高みと理想を夢見て、表現者としても社会人としても愚直に努力してきます。

2024年12月17日 フローリスト

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特別なクリスマスのために

「今からクリスマスデートしよう、愛しい人!」
「……クリスマスは2週間後ですよ愛しい人」
「いや違うんだよ、来たるクリスマスを最っ高に特別なものにするために、私は完璧なプランを考え付いたんだよ」
「ほう。聞こうか」
「クリスマス当日、クリスマスっぽいことは何もしないで、浮ついた世間をけらけら笑いながら、2人でこの部屋でぐっだぐだにトロけてやるの。こんなん逆に特別でしょ」
「……なるほど? そのために今年のクリスマスっぽいことは今日のうちに済ませちまおうと」
「そゆこと」
「……俺、いつも思ってたことがあるんだよ」
「なになに?」
「駅前とかのクリスマス向けのイルミネーションあるじゃん。ひと月くらい前にはもう付き始めてるやつ。あれ、毎年毎年気が早えぇなぁーって思ってたんだけどさ……今回ばっかりは、あれって早くて正解だったんだなって」
「そう来なくっちゃ! どこ行く? あ、プレゼント何欲しい?」
「あー…………有線ヘッドセット」
「くっ……w、ふふっ…………w クリスマスっぽくない……www」
「るっせぇなぁ、今使ってるのが駄目になってきてんだよ。で、そっちは何か欲しい物あんのか?」
「フライヤー!」
「そっちも大概だな!」
「あはは! 電器屋行こう電器屋! じゃ、着替えるから外出てて。女の子の着替えを覗くもんじゃないよー」
「へいへい」

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五行怪異世巡『覚』 その④

山中の道なき道を進む千葉・白神の2人を、杉の木の樹冠近くで1つの人影が眺めていた。
「……何だ、この辺りじゃ見ない顔だと思ったら」
そこに、背後から声がかかる。
「うおっ……何だ、青葉ちゃんに負けて手下になった天狗じゃねッスか」
子どもの姿の天狗に軽口で答えたのは、種枚の弟子、鎌鼬であった。
「おまっ、仮にも大妖怪に向けて無礼だな!? お前こそあの鬼子と古い仲なのに〈木行〉の座を余所の妖怪に奪われた未熟者のくせに!」
「まーまー、細かいことは良いでしょ」
「むぐ……ところで貴様、こんなところで何をしている?」
「いやぁ……ほら、俺って師匠から白神さんの見張り命じられてるわけじゃないッスか。だからこうして出張って来てるわけで。そういう天狗ちゃんこそ、こんなところで何してンスか?」
「ボクはここいらの山間部の妖怪の中じゃ、一応最高位の格だからね。〈金行〉に言われて雑魚共があまり『お痛』をやらかさないように見てやってるのさ」
「へぇ……ま、今日は師匠がいるわけだし、師匠の手の届く範囲なら、俺らの出る幕も無いでしょうね」
「だと良いけどね。それじゃ、ボクは行くよ」
「うーいお互い頑張ろうぜー」
天狗は“隠れ蓑”によって姿を消し、その場から飛び去った。それを見送って、鎌鼬は白神と千葉の姿を探す。枝葉の隙間に、やや離れた2人の姿を発見した鎌鼬少年は、自身の異能によって風に姿を変え、上空からの追跡を再開した。