放課後の教室。机に、コトンとあったかい缶コーヒーが置かれた。
「休憩しましょう。お疲れ様です。」
凄まじい勢いで動かしていたペンを一旦置いた英人は、瑛瑠を見上げた。
「お砂糖は要りませんでしたよね。」
そう言って瑛瑠は向かいに座る。『Dandelion』で注文したコーヒーには、砂糖は入れなかったから、そのことを言っているのだろう。
ありがとう。そう微笑んだ英人は、コーヒーに口をつける。瑛瑠も同じものを手にしている。聞けば、瑛瑠も砂糖は使わないと言う。しかし、続きがあった。
「ただ、角砂糖なら入れたくなります。」
「……何故?」
「魅力的な形じゃないですか。立方体って美しいと思いません?」
英人は呆れたように笑った。広げている数学の問題集に目をやる。瑛瑠が数学が得意だということで、教えを乞うていたのだ。別段、数学が不得手というわけでもないのだが、始業早々のテストで点数負けをしたことの悔しさから、こうした待ち時間に付き合ってもらっていた。
瑛瑠の言葉を思い、改めて苦笑する。自分が好きな分野が文学や哲学だから、数学好きはどうにも理解できない。
「待っててくれたの!?遅くなってごめんね!」
教室に飛び込んできた望と歌名。今日はいつもより会議が長引いたようで、外もだいぶ暗くなり、夜が顔を見せ始めている。
缶コーヒーはまだ温かかった。
1番近くに居たい人が、
1番世界で遠い。
それは目の前に透明な壁があって
逆回転に移動しなければ
会えないくらいに。
どうして、眼にうつるのに
こんなにも遠いのか。
どうして、耳にはいるのに
こんなにも遠いのか。
その壁の前に立った時、
人は試されてるのかもしれない。
どれだけ声に出しても届かない思いがある
そう ここは三次元 時間は逆走出来ないんだよね
転ばぬ先の杖 そんなものはもういらないから 今を生きようかな
頭は回っても 後悔の質量変わらない 気付いてほしいだけ ありのままで
思い出を数えるたび 素足が冷えてゆく
他人事みたいな地面を踏みしめる
捨ててきたものは忘れた 忘れたよ
振り返ることができないまま
まだ温度の残る空の珈琲缶を手放す
紺色の波に光が滲んで
きみも ぼくも きっと溶けだした
夜は魔物だ やさしい魔物だ
遠い日の約束を食らいつくして
おとなになれなかった心が
立方体の部屋の隅にうずくまる
夢をみることは忘れた 忘れたんだ
立方体のような夜
全てが同じ様に見えてくる
夜景を見つめる君の瞳に吸い込まれそうになる
肌寒い夜
でも、僕らが握りしめた缶はあったかい
君が持っているのはミルクティーの缶
僕が持っているのはブラックコーヒーの缶
君の前だからカッコつけたくて
苦いのは嫌いなのに
君を見つめていると
「何?」と言われて目を逸らした
照れてるの? と僕をからかう君
別に何も と答えると
嘘だ〜 と言う君
このままでもいいかもな、なんて思った
立方体の夜
今日は大雨だった。ちょうど学校が休みだった。
大雨といっても台風の時のようなヤツだ。
つまり外に歩いている人なんてそうそういない。
だから、外に出た。
一人ぼっちの街が見たくて外に出た
あの日のことを思い出した
「ウソつきッ!」そう言って僕の前からいなくなる君をただ見てることしかできなかった
ホントのことだから
否定できなかった
ハッとして目の前をみる
君がいればなんて思いながら
君を想いながら
君が目の前にいるはずないのはわかっていた
目元が温かい
視界がぼやけていく
僕の頬を濡らしていく
温かい何か
雨は冷たいはずなのに
これは今日の大雨のせい?
一人ぼっちの街の中
ようやく気付く
一人ぼっちだったのは街じゃない
この街にいる僕自身
あなたの街には雨は降りましたか?
あなたには悲しみの雨は降りましたか?
次にあなたに降るものが幸せでありますように
雨の降る街で逢いましょう
球のようには転がらない
サイコロのような日々
6面を囲む正方形には
どうやら1しかないようで
にっちもさっちもいかなくなれど
一つ前にすら戻れない
一回休みもないなんて、と
独りごちてはまたススム
ふと立ち寄った自動販売機。周囲に明かりはなく、目の前のLEDライトだけが独りぽつんと立っている。
「コーヒーはいかが」
とその自販機が無愛想に話しかけてきた。
気付けば深々と冷え込んでいる。ホットを買うことにした。
「毎度あり」と無愛想な声。
がこんとでてきた缶コーヒーをその場で開けて、自販機によっかかってひとくち啜った。
幾許か経ったとき。缶はすでに冷えている。
なあお前は、と自販機に話しかけようとして
僕は何を話そうとしたのだろうか。
自販機はまるで始めからそうであったかのように夜に静かに佇んでいた。
イチのサイコロを振り続ける日々に帰ろうとして、後ろから、
「また買いに来い」
と無愛想な聞こえた気がした。
自販機がしゃべる訳ないので、きっと気のせいだろう。
静かな自販機は、あの場所で今も佇んでいるのだろう。缶コーヒーを温めつつ。
モッズコートで夜を歩く
温かい缶コーヒーを口元まで
両手で上手に丁寧に運ぶ
右手に見えてきた
あの子を初めて見かけた
小さなカフェ
扉には立方体のCloseのかんばん
窓のカーテンの向こう側で
いつものように甘ったるい口元のきみを
想像する僕にささやかな胸焼け
微糖派の僕には
ウィンナーココアは甘すぎる。
薔薇→ラピスラズリ→リナリア→アイオライト
薔薇の花言葉…愛
ラピスラズリの石言葉…愛、永遠の誓い
リナリアの花言葉…この恋に気付いて
アイオライトの石言葉…初めての愛
僕らは今日も
立方体の夜に閉じ込められ
やみくもに出口を探す
平行
直角
正解はただひとつと
几帳面に夜を区切った君は
妖美な口元を歪める
単純な立方体さ
それなのに
どこにも出口が見つからないの
君はふと
温かい缶コーヒーをひっくり返して
焦げ茶の液体を床に流す
夜に溶けた
芳ばしい
懐かしい匂いを
真っ白に立った湯気は
あっという間に消え失せて
冷たい冷たい
ただの液体
それが床を伝う様を
僕はただただ眺めるだけ
君はまた
妖しい微笑みを僕に向け
缶さえも投げ捨てる
「私たち、境遇は似ていると思うんだ。たぶん、自由に色んなことできるのって、今だけだよ。」
瑛瑠が姫ということをとっても、英人が王子だということをとっても、戻ってしまえば公務に追われるだろうことは予想するに易い。四人のうちの二人がこうなのだから、望も歌名も似た境遇だろうことも簡単に想像できる。
「それに、みんなのこともっと知りたいもん。」
その言葉の裏には、眼と同じ想いが滲んでいるようで。瑛瑠は言葉につまった。
「それはいいが、言外に含む意味としては気が早いな。」
「そうだね。言っておくけど、まだ春だからね。」
しっかりと、湿った空気を追い払った男子ふたりはご飯を食べ進める。
ふたりともそういうとこあるよね,とむくれた歌名に、瑛瑠はやっと笑う。
そう、まだ気が早い。
「はいはい。これあげるから元気出して、歌名。」
揶揄うように言い放ち、お弁当の中にある、ほうれん草のベーコン巻きを歌名の口に入れる。
ぱっと顔を輝かせた歌名に、瑛瑠も笑いを堪えられない。
望も欲しがったのは、また別の話。
雨は嫌い
濡れた靴下も湿ったブレザーの袖も。
暗くて重い雲も。
暗くなるのが早くなった帰り道の雨
なんて最悪ね。
前も見えない
後ろも見えない
ヘッドライトが魅力的に見えてくるわ。
傘を差すのが下手だから
涙と雨の見分けがつかなくなるの。
それだけはいいことかしら。
無言で出た教室
いつもはゆっくりなのに。
足が勝手に動いた久しぶりの感覚
息が詰まるのもきっと暗い雲のせいかな
今日はあなたの誕生日。
花を贈っても不思議じゃないかな。
腕の中にある12本のバラ。
目の前のあなたに贈る。
12は私のラッキーナンバーなんだよねっ
そう言ってあなたは嬉しそうにはにかむ。
知ってたよ。
12はあなたのラッキーナンバーだって。
だけどラッキーナンバーなんて嘘。
ダイスキだったらダイジョウブ!
好きな曲が歌ってる。
ホントにそうならいいけどな。
あなたとはただの親友。
それ以上の関係にはなれない。
だから。
どうか、この気持ちに気づかないで。
12本のバラには「愛の誓い」っていう意味があるらしいです!
愛は哀しい
君が突然呟いた
笑って流そうとしたけど
君は続けた
「こんなにも君が愛しくて愛(かな)しい」
そんなこと言われたらずっと寄り添いたくなる
じゃんか
だって私も君といると愛(かな)しくて
仕方ないんだ
いつか終わっちゃうんじゃないかって。
雨が降ったと思ったら寒さで雪に変わっていた
憂鬱な気分も雪になったと知って晴れてきた
なかなか見れない雪景色に心を染めて後ろ姿のマフラーの君を見送った
助手席を開けると、いつもバニラの匂いがした。
あまり好きじゃないから
バニラなんてわからないほど
君の胸に顔を埋めた。
朝買ったときは
あったかかった缶コーヒー
夜になって冷めきった
一昨日から空っぽの
立方体のウィスキーグラス
大して好きでもない酒は
ほっぽり出してまた明日
あったかいうちに飲み干そうと
心に誓う缶コーヒー