表示件数
0

面談週間

彼女はわたしを見つけると、にへらっと笑いながらこちらへ来た。肩までの黒髪が左だけはねている。席に着くなり彼女は話し始めた。こんなに喋る子だっただろうか。息をつく間もなく、次から次へと言葉を放つ。私がだまってメニューを広げると、彼女のこだわりであった斜めの前髪についている金色のピンが反射してきらきらと目の縁で光る。アイスコーヒーをふたつと言いかけると、アイスティーにしてと怒られた。ああ、まだ子供だった、しばらく会っていないと、忘れ
てしまうものだ。
たのしいの?と聞かれて、顔を上げると、焦げ茶色の瞳がふたつ、こちらを見ていた。ああ、うん、すごく、といいかけて、さっき言われたことを思い出した。そうだ、できるだけつまらなそうにしろと、言われたのだ。黙って、ストローを弄んでいたら、はああっと彼女はため息をついて、わたしを憐れみのこもった目でゆっくりと見た。聞かないでおく。あんたがそんな風になったのはあたしのせいだもんね。そう、あなたのせいかもね。ニヤリと唇の端を上げてみる。恋人にもらった赤い口紅は、今日のために彼がくれたものだった。わたしががんばる、そう宣言した少女の桜色の唇は、あと少しで彼に奪われる。そう思ったらちょっぴり可笑しな気分になった。大丈夫よ、あなたは、きっとうまくやっていけるから。大丈夫。

0

面談週間

お元気ですか?あーっ、こんな他人行儀な言葉使うと変な感じするから、タメ口でいい?いいよね、いまハタチなんだ、うっそ、見えない。強いていえば口紅赤くした、よね、ちょっと髪明るくした!どうせならもっと分かりやすく変えなよ。ほら、言ってたじゃん、金色にするって。ほんと変わってないね、そういう無駄に真面目なところ、嫌んなるわ〜、あ、あたしコーヒー飲めない。アイスティーにして。でさ、なんでわたしがここに来たのかっていうとさ、昨日電話きたの、富士川から。富士川、覚えてる?あの化粧も服もバッチリなのに、そうそう、うっすら眉毛繋がってる!!!で、なんか面談でよくわかんない連発してたら、ここにいますぐ電話しろって、あ、ケーキ食べていいの?やった、さすが稼ぎが違いますねー。じゃあ、レモンチーズタルト。えーっと、どこまで話したっけ、あ、そうだ、で、電話した訳。で、先輩に話を聞けるように機会を設けた、とか言われたから来たらさ、まさかね〜。どう最近、たのしいの?なにその顔、すごい不安になるんですけど。じゃあ、話を変えるわ。あたしね、詩を書いてるの。歌も歌いたい。お芝居したり、写真撮ったり、そうして大人になろうと思ってんの。だけどさ、こんなこと親にも先生にも言えないし、だから、ここに来たんだよね。でも、その感じだったら、ちょっと聞かないでおく。あんたがそんな風になったのはあたしのせいだもんね。わかった。うん。あたしががんばる。あ、はい、わー、きたきた。美味しそう。え、同じなの。空気読んでよ〜。ま、2人しかいないし、いっか。ま、2人でもないし。ほんとは、ね。

2

人魚のふりして夢をみる

今、わたしがここで卵パックを落としたなら、じゅわっと音を立てて、アスファルトに無数の目玉焼きが姿を表すだろう。そんなことを考えてしまうほど、暑い。アイス食べたい。早足でぺたぺたするビーチサンダルは去年、あの人と行った海の砂をぽとぽと、こぼす。ギラギラしたやつだった。眩しいほどに、焼けそうなほどに。立ちくらみしたら波が押し寄せてきて、これじゃいけない。小石を蹴飛ばす、剥き出しの赤い爪が夏に喧嘩を売り飛ばす。
強引な人がいい。クーラーの効いた部屋でだんだん駄目になっていくわたしを無理矢理外に連れ出して、海に投げ込むくらいの人がいい。でも、優しくしてほしい。地球の中心に引っ張り込まれて、空気をなくして、状況が飲み込めない、ずぶ濡れでブスなわたしを笑って浮き輪を投げてよ。そしたら君も飛び込んで、ふたりで海になろう。
夏みたいな男は最後は台風になって、どこか知らない北の国へ去って行った。激しい雨はこの胸にためておいて、干からびた時、飲み水にでもしますよ。

扇風機の前、わたしだけの場所。首筋に張り付く一筋の黒髪。うっすら霜のついたソーダアイスの袋、痛いくらい冷たい舌の先。この夏。わたしだけのもの。わたしだけのもの。

2

ファミリー

「やっぱりレストランのほうがいいんじゃない?」
「いいの。りょう君、家庭の味に飢えてるっていつも言ってるから」
「サラダが欲しいわねぇ。かなちゃん、レタス買ってきてくれる?」

「買ってきたぁ」
「じゃあ半分に切ってちぎっといて」
「はあい。……お母さーん」
「なあに?」
「レタスの中からあかちゃんが」
「あらおめでとう」
「どうしたらいいの?」
「あなたが育てるのよ」
「えっ⁉︎ なんで?」
「当たり前でしょ。あなたが買ってきたんだから」
「当たり前って……」
「あなたのときはかぼちゃだったわ。おばあちゃんが送ってきてね」
「わたし、かぼちゃから生まれたの⁉︎」
「そうよ」
「こんにちはー」
「あっ。りょう君きちゃった」
「どうぞ上がってくださいな」
「おじゃましまーす。……おー、生まれたんだー」
「ごめんなさいりょう君、わたしが買ったレタスから出てきたの」
「出生届出さなきゃなー。あ、婚姻届が先か。名前どうする?」
「どうするって……」
「二人の子どもなんだから二人で考えるべきだろ?」
「こんなに早く孫の顔が見られるなんて思ってなかったわぁ」
「ほら、お前のおばあちゃんだよ〜」
「よろちくね〜」
「あっはっはっは」
「おっほっほっほ」
「…………」

2

続・シューアイス

「ドロドロに溶けてしまったね。」僕は目を覚ます。ベニヤと埃の匂いがする。ぼんやりとした視界が段々ハッキリしてきて、目の前には神崎がいる。麗しの神崎照美。1組のマドンナ。僕がシューアイスの次の次くらいに好きだった女性。霧がかかったような思考で僕は何が起こったか必死に思い出そうとしてみる。そうだ、僕はあの下劣極まる加藤をボコボコにぶっ倒したあと、やつが食べていたシューアイスを救おうとしたんだ。「こんな、形の無いクズみたいなもののために人の彼氏殴ってんじゃねえぞ、落とし前つけろよ。」ドスの効いた声が響き、咄嗟に逃げようとするが動けない。ロープで縛られ、地面に転がされている。僕はあの時、今にも崩れてしまいそうなシューアイスを掴もうと手を伸ばした。あと少しでその純白の肌を劣悪な環境から救ってやれる、そう思ったとき、背後から何者かに殴られ昏倒したんだ。「そんなに大切ならくれてやるよ、ほら。」頭に何かトロリとしたものをかけられる。僕は咄嗟に目をつぶるが、甘い香りが鼻につき、神崎が僕の頭にかけたものの正体を知ってしまう。不敬だ。これは、何よりもしてはいけないこと。シューアイスを、僕の体で汚すなんて。何という愚行。何という失態。僕は怒りと恥ずかしさでわなわなと震える。助けてやれなかった、その罪を、僕は今身をもって味わっている。