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土の中より、愛を込めて

紫陽花が色付き、露に塗れる様が美しいであろうこの頃、そちらに変わりはないですか。僕は相も変わらず土の中で、君の好きなところとその数を考えながら過ごしています。

ちなみに、先ほど思いついた「寝顔が意外とぶさいく」で6000と24個目になります。君が来てくれている間なんかは考えるのを中断しているので、そのうちいくつまで考えたのか忘れてしまいそう。

僕がこんな風に、もうほとんど形を成していないこの手で便りを書いているのは、君に謝りたいことと、君に聞いてもらいたい我儘があるからです。

まずは、謝りたいこと。僕が君にひとつだけ、嘘をついてしまったこと。「生まれ変わっても君が好き」。僕はこのように言って、君をお嫁さんにもらいましたね。

けれど、よく考えてみてください。生まれ変わった僕は、きっと僕ではない、別の僕です。僕ではない僕が君を好きになるのは面白くない、よって、今の僕に生まれ変わる気はないのです。

―――だからね、どうか許してください。ぼくがむくろのまま、きみがすきになってくれたぼくのまま、きみをすきでいることを。これが、君に聞いてもらいたい我儘です。

君のことが好きでした。

結局のところ人が人を信じるなんてことは不可能で、真心は能天気な誰かの吹く口笛のようなものでしかなく、期待をすればしただけ傷つき、信じたら裏切られ、誰かを想って泣いたり笑ったりするのは馬鹿のすることで、「しあわせ」は、絵空事である。そう、思っていました。

思っていたんだよ、僕は。
君というたからものに出会う、あの日までは。

君のことが好きでした。

きみのことが、すきでした。



天候不順の時節柄、風邪など引かないよう気をつけてください。いくら蒸し暑いからって、お腹を出して寝たりしないように。それでは、僕は君の好きなところとその数を考える作業に戻ります。・・・・・・いくつまで考えたんだっけ?

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君と書いて希望と読む 2

なるほど、たしかに僕も、昔は誕生日が来るのを指折り待っていたかもしれない。「其奴めはいつ頃やって来るのです?」。「いつ頃やって来そうだと思う?」。女の子は楽しそうだ。僕も楽しくなってきて、そうですね、と腕を組む。

「春かな。君の頬は桜餅みたいだ」
「春か、春もいいなあ」
「違うか、それなら夏。君の瞳は蛍みたいだ」
「夏か、夏もいいなあ」
「またハズレか。秋?君の唇は紅葉みたいだ」
「秋か、秋もいいなあ」
「わかった、冬だ。君の手は雪みたいだ」
「冬か、冬もいいなあ」

女の子は肯定も否定もしなかった。意地悪しないで教えてよ、君の誕生日はいつなの?焦らしに焦らされ急いた僕に、女の子は今日見た中で一番の笑顔で言う。

まだ迷っていたんだ。いつにしようかなって。

「―――え?」
「でもね、決めたよ。私は春と夏の隙間が好き。だって、こんなにも空がきれいだ。」

瞬間、涼やかな風に煽られる。湿った大地のような、花の露のような匂いに包まれる。思わず閉じた瞼の向こう側、木々の合唱の中に、君の声が響いた。

それじゃあ、またいつか。今度は貴方が教えてね。桜餅のこと、蛍のこと、紅葉のこと、雪のこと。それから、せかいはだれもひとりぼっちになんかしないこと。

そっと瞼を持ち上げると、そこに女の子は居ない。辺りを見回すが、あの子らしき少女の姿はなかった。あの女の子は、君は、一体。

立ち尽くす僕の背中を、聞き慣れた声が呼ぶ。振り返った途端、両肩と両手に引っかけていた紙袋を押しつけてきたのは、言わずもがな彼女だった。わんぱく坊主みたいな笑い方をしおって、畜生。僕は肩を竦めた。

「随分買い込んだな、これ全部、お前の服?」
「いや、この子の服」

自らの腹を撫でて見せる彼女に―――時が止まったかのような、気がした。

「遅くとも、来年の今ごろには会えるってさ」

知っていたら徒歩五分程度の距離であれど一人で歩かせたりなんかしなかったし、荷物だって喜んで持たせていただいていたわ、この馬鹿!

春と夏の隙間の水色に抱き締められながら、彼女を抱き締めた。ばさりと紙袋が地面とキスを果たしたが、そんなことはいい。

いいよ、教えてあげる。せかいはだれもひとりぼっちになんかしないこと、を重点的に。僕は泣いた。しあわせな意味で。

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君と書いて希望と読む 1

―――荷物が重いから迎えに来て。甘え上手な姫を持って、貴方は幸せ者ね。
―――言うと思いました、もう来ています。甘やかし上手な王子を持って、お前は幸せ者だな。

せっかくの祝日だというのに、僕を置いて買い物へ行ってしまった彼女に返信し、携帯をポケットにしまう。彼女の居るデパートからそう離れていない公園で、僕は大きく伸びをした。徒歩五分くらいは一人で頑張れ、姫。

ぐうんと腕を背中を伸ばしながら、何とはなしに空を見上げる。昨晩にテレビで見たサファイアよりも、ずっと鮮やかな水色をしていた。彼女の好きな色だ。ぼくもすき。

そうしてしばし日光浴に励んでいると、いつの間にか僕の隣には女の子が居るのだった。僕の隣で、僕と同じように、空を見上げている。

見たところ十歳にも満たないくらいだろうか。あどけないながらも利発そうな顔立ちをした、綺麗な子供だった。僕の視線に気付いたらしい女の子は、ソーダ水のように澄んだ声で、「こんにちは」と笑う。はい、どうも。僕も笑った。

「君は皆と遊ばないの?」

すぐそこで走り回る子供たちを差すと女の子はまた笑って、「うん」と頷いた。よく笑う子だ。きらきら揺れる髪の毛の柔さが、なんだか彼女に似ている。

「私ね、待っているから」
「ああ、親御さんと待ち合わせているんだね」
「待ち『合わせ』ているのは、お兄さんの方でしょう。私は待っているだけ。そんなことより、お兄さんが待ち合わせているのって、好きな人?」
「どうしてわかったの?」
「さっきから、ポケットの中を気にしているようだったから。そわそわしているのにしあわせそうだし。あとは、そうね」

おんなの勘よ。

お見逸れしました、名探偵。僕が降参のポーズを取ると、女の子は得意気に胸を張った。そんなところはちゃんと子供らしい。

僕は咳払いをして、恭しく尋ねる。「それでは名探偵、一体どなたを待っておられるのです?」。女の子は口髭を撫でるような仕草で、答える。「私はね、誕生日の奴を待っているのだよ」。

5

は?ローストビーフ?無理です

早くて明日、この世が滅びます。

刻一刻と地球へ向かって来ているという小惑星の映像をバックに、テレビの中のアナウンサーは顔を青くして告げる。可哀想に、原稿を持つその手は震えていた。

それにしてもいきなりな話だな、私はどこか他人事のように思う。ぶっちゃけ午前七時の脳で受け止めるには、事が深刻すぎたのである。

「えっ、今朝は『おめざめジャンケン』のコーナー、ないのかよ」

おれチョキで勝つ気満々だったのに、とかなんとか抜かしながら、ボサボサ頭の彼が起き出して来た。先ほども思ったことなのだが、あの小惑星、彼の寝癖の形に似ている。不可思議なカーブを描いているあたりなんか、特に。

「ねえ、明日、この世が滅ぶんだって」

あんたはどう思う?私の隣に腰かけた彼の髪を撫で付けながら、問う。良く言えばいつも飄々と、悪く言えば所構わずヘラヘラしている彼も、『終わり』は怖かったりするのだろうか。しばしの沈黙の後、彼は言った。

「そんなことよりさあ、今日、海へ行こうよ」

私は目を瞬かせる。地球滅亡を『そんなこと』呼ばわりとは恐れ入るが、話がまったく噛み合っていない。あんたねえ、私の話、聞いていたわけ?詰め寄ろうとする私を制し、彼は続ける。

「とびきりお洒落をして、海へ行こうよ。弁当も持って、車でさあ。海岸で弁当を食べながら、色んな話をしよう。その後は一旦車の中に引っ込んで、日が暮れるまで気持ちいいことをしたいのね。それで、夜が来たら海岸に戻るわけ。そうしたら、おれと、」

ここで一呼吸置き、彼は私に口付け、言う。

―――おれと一緒に、せかいから逃げてください。突然やってきた『終わり』なんかに、きみを、奪われたくない。

それは慈しむような、懇願するような、うつくしい笑顔だった。思わず滲んだ涙を誤魔化すように、私は彼を抱き締める。私は、私の奇跡を、抱き締める。

「ちんたらしていたら、置き去りにしてやるんだからね」

うわあ、怖え、ちゃんと靴紐を結んでおこう。怖いだなんてまったく思っていなさそうな彼の笑い声を聞きながら、私も笑うのだった。きみとであえたこのせかいが、わたしはそうきらいでもなかったよ、って。

そんなことよりさあ、弁当のおかずは何がいい?