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高校受験

皆さん、高校合格おめでとうございます。
私も、1、2月に、中学受験しました。
なので、少し、受験の時のことを書きたくなったので、書かせて頂きます。
私は、1月の受験を、「全勝」で終えました。
受からないと思っていた、埼玉県の偏差値60超えの中学校にも、合格しました。
とても嬉しくて、毎日が晴れやかでした。
2月1日、2日が、東京の学校の入試だったのですが、一週間程前から、雪の予報が出ていたので、
東京のホテルに泊まりました。
でも、全然勉強に身が入らなくて、
泊まらなかったほうが良かったのかも。
そして、1、2日の入試を終え、結果発表。
目の前にあったのは、私の番号ではありませんでした。そして、落ち込みながら家に帰ると、
5日もホテルに泊まることに。
その前々日だったかな?塾の担任の先生から、
激励電話が。
私は、口数が少ないほうだったので、
何を話せばいいのかわからなかったけれど、
先生から励まされる言葉を、たくさんかけていただいた。「1、2日の結果は、厳しいようだったけど…。でもね、学校にご縁があるかないかってこともあるからね。」
私がうなずいていると、先生が、
「ごめんね、我々の力不足で。」
と、一言。その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れた。
本気で言ったわけではないのかもしれないけれど、無意識にでも言わせてしまった自分は、最低だって。そう思った。
5日。塾の校舎長が応援に来てくださっていた。
私の顔を見ると、校舎長は、校舎長の胸に私を抱き寄せた。普段なら「キモッ!」とか思うかもだけど、その時はそんなこと思う暇もなかった。
でも、そんな5日も無駄になり、結果は
不合格。だから、だから、私はバカだった。
努力不足のアホ。
4月からは、千葉県の学校に行く。
埼玉県の学校の方が、偏差値的には上だったけれど、しょうがない。
体育が苦手だからね。

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ごめんね。

昨日全てを捨てました。
大好きなわたしの命綱であったCD、沢山の友達やファンレターの返事などの手紙。本。
そして、ラインにメールにツイッター全てやめました。

全て捨てたら、心も捨てられると思った。
けど、そんなことなくて、
CDも携帯の中の音楽も無くなっても、頭の中には音楽が流れてくるし、いやでも友達の言葉やいろんな救ってくれた人たちの顔が浮かんで、
心を揺るがせました。

自分の人に危害を与えてしまいそうになる、心と、死にたいほど苦しい気持ちから、もう逃れたくて、
親から言われた「入院しよっか」って言葉とともに、病院へ行ったのですが、

精神科の先生から言われた言葉は
「親に迷惑かけないよう静かに家に入れるよね?家に帰りましょう」
「あなたは精神疾患ではなく、性格と人格の問題です。大人になりましょう」という言葉。

これまで三年間、いやもっと、うつ病、おかしいって言葉に縛られてきたのに今更、あなたは普通、甘えてるだけです。そんなん言われたって、気持ちはついていかないし、しんどくて、どうしようもないから、助けを求めてるのに、そう言われてしまうとやっぱりしんどくて。

でも、そういわれたから、もう普通に、毎日予定びっしりの生活を3月もしようって普通に戻ろうって思って、
バイトも行ったし、ラインも新しく作り直し、友達とも繋がり直しました。

ごめんねって言った私に、「ごめんじゃない、生きててくれてありがとうだよ」っていう周りの人。
そんな優しくしないでっておもう。
頑張らないとって思っちゃうじゃん、生きなきゃって、生きたいと思ってしまうじゃん。

いつまた、衝動がくるかはわからない。
けど、助けてくれる場所はもうない。
もともとない。
だから、立ち上がらないと。ちゃんと。

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震災から7年

昨日で震災から7年がたちましたね。当時中1の僕でしたが、学校から帰った時の衝撃は今でも頭の中に残っています。いまだ避難生活を余儀なくされ、普段の生活を取り戻せていない人もいたりするのかな〜って思う反面、新しい生活に馴染み始めたりしてる人もいると思ってます。
そんな僕ですが、昨日のテレビを見てて1つ思ったことがあります。『そんなにあの時の映像を流したり、あの時の辛い記憶を蘇らせるようなインタビューをすることは必要なのか』ということです。
もちろん、過去の経験から学ぶことはたくさんありますし、現に原発のことも過去をなかったことにできない深刻で辛い現実です。必要なところもあるかと思いますが、こんな日だからこそ明るい話題を提供するべきなんじゃないですか?震災から7年、もちろん不自由する生活を強いられてるかもしれないけど、それでも私たちは前に進んでいるっていうか、辛いなりの楽しい現実を届けることで、日本を明るくするべきなんじゃないですか?放射能の問題や、地元に帰ってこない人たちの問題は、もうすでに何度も何度もニュースで聞いたし、どうせ最後は国が何とかしろっていう決まり切った結論。1日の大半をそんなことで占める必要は絶対にないはずです。辛い震災を乗り越える地元の方の明るい話題をもっと提供すべきだと僕はテレビを見ながら思いました。