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No music No life 一周年記念番外編 天球、彗星は夜を跨いで ②

「なんと今日、流星群が見られるらしくてさ」
気象予報のコーナーで言ってたよと時雨は付け足した。真面目な時雨は毎日ニュースをまめにチェックしている。意外にも世間にさといのが時雨だった。
「流星群! 私まだ流星群どころか流れ星一つ見たことないです」
一回くらい見てみたいなーと美月が目を輝かせる。
「僕は流れ星くらいは見たことあるけど、流星群はないなぁ」
「私は一回だけ見たことありますよ」
「そのときはどうだった? やっぱり綺麗だったの?」
玲も星を眺めることがあるのかと思いつつ、結月が質問する。
「小さいころに見たんであんまり覚えてないんですけど、正直なところあんまりすごいとは感じませんでした。ぶっちゃけただの流れ星でしたよ。ぽつりぽつりってかんじで、子供心にはやっぱりもっと一斉に星が降ってるところを見たかったんでしょうね」
「……そんなもんなんですか?」
ぽろりと零れるような声で結月が呟いた。シャッター連続開口写真のような壮大なやつを期待していたのだろう。
「まあ、そんなものらしいよ。”流星群”とはいってもたくさん降るって意味じゃないんだって。一時間に二、三個程度の流星群なんてざらみたい」
「二、三個!? 夢がないですね……」
今スマホでささっと調べたらしい時雨の言葉は美月の流星群のイメージを破壊して余りあるらしかった。
パンッという乾いた音が三人の注目を集める。結月が手を打ち鳴らしたのだ。
「まあでも美月は流れ星見たことないんでしょ? ……そうだな、新月で空は快晴とあることだし、今夜は天体観測といこう」
悪だくみをするときの顔とはまたちょっと違う気もするが、おおよそ小学生たちが浮かべているそれと大差ないよな、という感想を抱いたのは時雨だ。好奇心が止まらないといったような無邪気な笑顔である。もちろんそのことは口には出さず、代わりに肯定の意を示す。この話題を出した時点で結月がこの提案をしてくれることを期待していないわけではなかった。
「……それって警察に補導されたりしないかな」
「我々の身分を忘れたのかね」
美月の心配は結月の次の言葉で粉々に吹き飛んだ。

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陰陽師と夜の夏祭り②

「陰陽師、これはなんだ」
「手持ち花火だよ」
「花火……なんだそれは」
「きれいな火花を出す棒、かな?」
「ますますなんだそれは」
陰陽師は手持ち花火のパックを購入した。レジは無人なので、さっきと同じく代金はカウンターの上に置く。
「はいこれ。ここをこっちに向けて持ってね」
「こうか?」
「そうそう。じゃ、いくよ」
「え、いくって何ぃぃいいいおおおおおっ!?」
女の子の握っていた手持ち花火に陰陽師が着火すると、火花が勢いよく噴き出した。
「おお、おお、おおー! 慣れてくると、これすごくきれいだな」
「うんうん。……あやめて楽しいのは分かるけどこっちに向けないで」
「?」
無邪気な女の子は、火花がきれいなのが楽しくて危うく先端を陰陽師の方に向けそうになった。花火は人に向けてはいけないと言うのを怠っていた。
「こういうのもある」
陰陽師は次に小型の打ち上げ花火を取り出す。女の子に少し下がるように指示すると、陰陽師はためらいもなく着火した。
どーん、という破裂音とともに、夜空に散らばる焔が浮かび上がる。
女の子は最初こそその音に驚いていたが、すぐに花火の美しさのとりこになったらしい。
しばらくの間、無人の通りに破裂音とパラパラとはじける音が響いた。
「そして締めはこれ」
取り出したのはは線香花火だ。
「さっきのと比べて一段と地味だな」
「むしろその地味さこそが最大のとりえ」
「そういうものか。……あ、また落ちた」
女の子は次の一本に手を伸ばした。手元のほとんど焼けずに終わった線香花火三本に、新たに一本が追加される。
「そして難しい。なんで陰陽師のはそんなに長生きなんだ」
「なんでだろうねぇ」
男の手元には最後まで焼けた線香花火の残骸が一本だけある。現在二本目に挑戦中らしい。じぃっと見つめて、女の子は長生きさせるための技術を盗もうとした。結局は集中してじっとしていることくらいしか分からなかったが。
先ほどは地味とは言ったが、ささやかに表情を変える線香花火の焔も少女の眼には好ましく見えた。自分の眼にも同じ色を輝かせながら、女の子は自分の線香花火に集中しだす。
「……あ、また落ちた」

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異国からやってきた少女がひとり佇んでいた。
少女の、まるで金を鋳溶かしたような髪が夏の陽光を受けて溢れんばかりに輝いている。遠くの空の青を眺めていたその少女は、こちらを見ると笑いかけて寄ってくた。
「そんなに空が好きなのかい?」
「いいえ、違うわ。こちらの空は色が薄いと思っていたのよ」
そうかい、向こうの空の方がお好みかい? と訊くと、そんなことはないわと返ってきた。心がまだ遠くにあるような声だった。
「向こうの空は寒々しいほど青いの。夏なのに凍えてしまいそう。こちらの空は向こうのよりは温かいけど、でもなんだか嘘くさい青だわ。ひどくのっぺりしてるのね」
だからどっちもあまり好きではないわ、と明朗に話す少女。
「今夏はいつまでいるんだい?」
「全部お父さんの仕事しだい。私にはさっぱり分からないわ。でも少なくとも今日は大丈夫よ。お父さんが風邪をひいて寝込んでるの」
明日には治るわと自信ありげに話す少女の目には、疑いなど微塵も映っていなかった。
少女の眼。
彼女に嵌っているそれらの色は左右で違っている。虹彩異色症。俗にいうオッドアイだ。
「……うん、やっぱり青は嫌い。私の左目を取って、右目と同じ色にできないかしら」
カラーコンタクトならいいかしらと宣う少女が持つ目の色は青と金の二つ。左が青、右が金だ。空の色と、彼女の髪の色。
「そうか、青は嫌いか」
「ええ、嫌い。綺麗だし、愛おしいとも思うけどね。でもやっぱり好きになれないの」
「どうしてだい?」
「だってね、例えば水は青で表されるでしょう。雨も青で表されるでしょう。涙も青で表されるでしょう。私は人を憂鬱にさせたり悲しませたりするものは嫌いなの。……そう、たとえばあなたのことよ。キラー・クラウン」
青い涙が描かれているその顔から、低く嗤い声が漏れる。