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ユーラシア大陸縦横断旅⑧

「ちょっと遠回りになるけどモノレールにする?それとも、地下鉄で直行にする?ペトロナスツインタワーにはこの2通りの行き方があるんだけど、君に任せるよ」
「じゃあ、モノレールにしよっか」
そして、タワーの展望室へ
「アイツにもここの夕焼け見せたかったなぁ…」「え?」
「兄貴、覚えてる?私、好きな人のこと諦めきれないって言って兄貴の告白2回保留にしたの」「そう言えば、あったなぁ…」「その時の『好きな人』と付き合ったはいいんだけど、『君は俺にとって大切なことを理解してくれないのに愛情だけは重いから、もう疲れたんだ。悪いけどもうアプローチしないでくれ。今までの関係も白紙にしてくれ。』って振られちゃったんだ…」「そうだったのか…つらいこと思い出させちまってすまなかった」「兄貴、頭上げてよ。ここ、イスラム圏でしょ?(笑)」「そうだな。現地の人に誤解されたらどうしよう。って言うか、やっと心から笑ってくれたね。まだ会って数時間だけど、こっちは君が作り笑いしてばかりで心配してたんだぜ?」「気付いてたの?」「そりゃ気付くさ。誰だってあんなリアクションされたらな」「そっかwところで今、何時?」「あっ、あと2時間で列車行っちゃう」「夕飯食べて行かないと明日の朝まで飲まず食わず?」「そうだな。とりあえず、急いでセントラルまで戻るよ。ビュッフェだけどマレー料理の品揃え豊富な穴場食堂がセントラルの駅前にあるんだ」
そう言い切る前に、俺たち2人はエレベーターに飛び乗り、駅までの連絡通路を駆け抜ける

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ユーラシア大陸縦横断旅⑥

「お呼びですか?」「クアラルンプール来るの初めてで、市街地への行き方が分からないのに、言葉も通じなくって…」「市街地のどの辺ですか?」
「ペトロナスツインタワーなんですけど…」「俺もちょうどそこ行こうと思ってたので、ご一緒しますね」「ありがとうございます。お兄さん、お名前伺ってもよろしいですか」「○○(俺の本名)です。」「かなり珍しいお名前ですね」「そりゃそうでしょう。自分、純日本人じゃなくて日韓ハーフなんですよ。それで、親が日本語でも韓国語でも呼びやすい名前にということで付けてもらったんですよ」
「お兄さんの下の名前って、漢字だとどう書きますか?」
俺が名前の漢字を書いてみせる
すると、向こうが驚いた
「え?もしかして、東京の兄貴?」「じゃあ、もしかして、君は俺がいつぞやの初夏に恋して忘れられなかった九州の妹分?君の名前の漢字ってこうだっけ?」
とりあえず九州にいる想い人の下の名前書いてみる「私の名前、それだよ!というか、あの時私に恋してそれ以来忘れられなかったの?」
「そうだよ悪かったな。あの時、オープンチャットで君に恋してお互いやり取りできなくなって以降、俺の好みに合う女性に巡り会えなくて、君のこと忘れられなくなってな」「そうだったんだ…
実は、福岡発だとまだクアラルンプール行きの直行便ないの。だから、バンコク経由かシンガポール経由なんだけど、安かったのがバンコク経由よ。
でも、鉄道旅でバンコク経由してラオス行くから、また戻る感じになりそうだけどね」
「え?バンコク経由して列車でラオス行くの?」「うん。ラオスからは中国が作った国際列車で雲南省昆明まで行って、そこから高速列車で北上して北京、モンゴル経由でロンドンまで行くの」「俺のとルート一緒じゃん。切符のデータってある?」「はい、これ」「こんなことってある?全部同じ列車だ。しかも、指定席は隣だし、寝台列車は2人用相部屋なんだけど寝台は俺と同室じゃん」「兄貴、これからロンドンまでよろしくね。」「こちらこそよろしくな。ここ、クアラルンプールもヨーロッパはベルギーのブリュッセルも、ロンドンも一度は訪れたことあるから、案内は任せてよ。」
そう、俺はかつてオープンチャットで恋した後輩のまだ見ぬ女の子と再会(?)したのだった
列車が来る時間が近づいたので、2人分荷物を持って駅へ行く。

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ユーラシア大陸縦横断の旅⑤

前泊まった時はここのホテルで朝飯食えずに朝イチの空港シャトルでターミナル行ってすぐにデンパサール行きに乗ったよなぁ
朝飯はビュッフェか
イスラム教を信仰する人が多いから、料理もハラールの物が多いなぁ
この国は他民族国家だから、他の国の料理も選択肢に入ってるけど、まあいいか
朝からカレーも食っちゃえ!
だいぶ食ったなぁ
さて、チェックアウトまでは時間あるし、空港行こうかなぁ
「バンコク乗り継ぎだったけど、無事着けてよかった〜」
え?今の日本語だよな?それも若い女性の声?
というか、この人は日本から安く行ける直行便あるのに、なんでバンコク経由という選択肢取ったの?そんなことを疑問に思ってた
「どうしたらいいの、言葉が通じない…」
「『どうしたらいいの』ってこっちが言いたいよ…
チェックアウト済んだはいいものの、この観光客助けてたら本数が少ない速達列車に乗り遅れちゃうんじゃないか?ここ、駅から少し離れてるもん」と思わず日本語で言ってしまった
「そこのお兄さん、ちょっといいですか?」
呼ばれたら無視することはできないもんなぁ
しょうがねえ、一本後の特急乗るか
あの時はこの会話から運命の出会いになるとは思わなかった

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ユーラシア大陸縦横断旅②

2つの観光地に近いチャイナタウンのホテルでチェックイン
ここ、シンガポールは中国にルーツを持つ人、いわゆる華僑とか華人と呼ばれる人が多い
しかも、その多くは福建省とか広東省と言った中国南方の美食で知られる地方にルーツを持つ中華料理、それも南方の料理が美味しいはずだ
でも、インド系の人も多いからインド料理も旨そう
シンガポール名物の海南鶏飯でも食べるか!
アレ、結構美味いんだよなぁ
海南鶏飯って、実は中国の海南島のあたりの移民が持ち込んだ鶏肉と米の料理だからそのまま海南鶏飯と呼ばれてるんだよなぁ
まあ、日本ではシンガポールチキンライスって呼ばれてるけど
タイ料理のカオマンガイと確かルーツは同じだから、バンコクでカオマンガイ食べるとなると2日連続で同じもの晩飯で食べることになりそうだなぁ
まあいいか
旅先の郷土料理の中でも、特に俺の好みに合う物を食べるのが俺の美徳なんだから
そうと決まれば、チャイナタウンで街歩きしながら、食べ歩くか〜
ー2時間後ー
あっ…食べ過ぎて歩くのキツい
いやまぁ、大好物だとは言え一品で一食賄える料理を店5軒回って同じ料理食べまくったからな
シンガポールは物価高いけど、その割にこの料理は安くガッツリ食べられるからって調子乗り過ぎた…
明日、長距離を列車で移動するのにこりゃ大変なことになるだろうなぁ
まあいいか
明日のJB(ジョホールバル)発の列車は夕方の便だから、午後2時くらいまでは観光できるかなぁ

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ユーラシア大陸縦横断旅①

ここは午前6時の成田空港1ター南ウィン
俺が乗るのはSQ637便、シンガポール・チャンギ国際空港行きだ
俺は念願の大陸縦横断の旅に行くつもりで起点をシンガポールに選んだ
なぜなら、シンガポール側のウッドランド駅からは世界最短の国際列車が出ており、対岸のジョホールバル経由で北上してKL、そしてクルンテープ、いわゆるバンコクを経由してさらにラオス経由で中国雲南省へと北上し、さらに北上して北京からモンゴルのウランバートル経由でモスクワへ行く
モスクワからはミンスク、ワルシャワ経由ベルリン行きでドイツ入りし、ベルリンからハンブルク経由でケルン、ケルンからブリュッセル経由でパリ、パリから先はユーロスターでロンドンまでの長旅だ
時は変わってここは機内
離陸してすぐ、利根川と霞ヶ浦が左に見えた
そして、今度は房総半島が右に見える
ここから太平洋に出て、フィリピンはミンドロ島のサンタクルズ上空を経由してリアウ諸島沖上空から着陸する8時間の旅
飛行機は日本時間の午前10時50分発
つまり、到着は日本時間で夜7時になる
俺は進行方向右列の窓側に座っているから、到着時はジョホール海峡に沈む夕陽が見えるはず
アレ?
到着早まった?
気づいたら、チャンギ国際空港の3ターに到着だ
さあ、今日はどこで晩飯食おうかなぁ

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My memory in London 〜幼馴染の君へ〜

成田の2ターから香港経由で飛ぶことおよそ20時間
ロンドン西郊ヒースロー空港に降り立った
それから1時間ほど経ってかの有名な時計塔の前をタクシーで通ったら夜11時を告げる鐘が鳴った
君に会いにここまで来たんだ
大陸一個飛び越えたんだよ?
もともと母親同士が仲良くて俺たちも仲良くなったそんな君との幼稚園の卒園式以来の再会を楽しみに、日本海もウラル山脈もドーバー海峡も越えてブリテンの島に降り立った
君に真っ先に会いに行きたかった
でも、弟の幼馴染も英国にいたから、そちらを優先せざるを得なかった
大英博物館の展示品は圧巻だったし、オーストラリアのシドニーで食べて以来のフィッシュ&チップスも美味かった
一時的に君のこと忘れてロンドン観光を楽しんでしまった
タワーブリッジだって何度もバスで渡ったし、飽きるほどダブルデッカーバスにも乗った
チューブにも乗った
テムズにかかるウォータールーの橋から見る夕焼けは綺麗だったなぁ
君と再会したのは俺がヨーロッパ旅行の真っ最中で次の旅先であるコペンハーゲンに飛ぶ前日だった
君との再会の時は俺たち2人とも、ガチガチに緊張してめちゃくちゃ他人行儀だったな
それでも、俺はあの時君に会えて本当に良かったよ
デンマーク行きのスカンディナビア航空の機内で名残惜しくて泣いた
でも、EUレールパスの日付の関係で次はいつ会えるか分からない中シェラン島へ行かなくてはならなかった
それから3年、君が帰国して気付いたら同じ高校で、同じクラスになった
緊急事態宣言発令直撃で登校不能
オンライン学活でロンドンまで君に会いに行ったこと忘れられてたのは忘れないよ
結局、俺たち地元の幼馴染コンビでうまくやっていけたのはクラスが同じ最初の一年間だけだったよな
俺は誕生日も幼稚園の頃のかけっこもヨーロッパ行きも全て君より遅かったけど、今日やっと18になれた
将来のことで分岐することはあるだろうけど、どんなに離れていても俺たちは同じ地元のエースさ
これからもよろしくな
俺たちが20歳になる2年後にはコロナも収まるだろうから、その時は一緒に思い出の街、ロンドンでビールでも、いやイギリスではエールが主流か
まぁとにかくロンドンのパブでフィッシュ&チップスと思い出話を肴に酒飲みながら男同士語り合えることを願ってる
受験、頑張ろうな

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友へ

君との出会いは小学3年の秋だった
当時の俺は特定の相手にしか心を開かなくて君にも迷惑かけたっけ
お互いに色々あって、小学4年に上がったと同時に離れ離れになってたよな
俺は君と離れ離れになった頃に習っていた剣道でお世話になった鉄道好きの先輩2人の後を追って、先輩達と同じ中学に進んだ
そしたら、入学式の日に君がいて驚いたよ
俺は昔みたいに先輩達と話をしていたら、君も俺と同じ鉄道ファンだと知って俺たち3人と同じ会話のグループに入ってゆき、君の幼馴染の鉄道ファンも加わって5人のグループが出来上がったな
俺は中央線を駆け抜けた特急型車両のラストランには立ち会えなかったけど、君が代わりに行って、写真も撮って送ってくれて助かったよ
それから俺たち4人で集まったのはその年の夏の地元の阿波踊りだったな
俺はみんなと分かれた後、東京駅に直行して当時先が短いと言われていた特急の車両を見に行ったんだ
それから2年、俺たちの地元、東京でもコロナが流行り始めてヤバいことになるかもしれない時に君の企画のもとで半ば無理矢理行った卒業旅行でのことは忘れないよ
前日に急遽待ち合わせの時間を前倒ししたのに、俺が当日に寝坊して当初の予定通りにことを進めた結果3人揃って泉岳寺から歩くハメになってしまってごめん
俺は予定があって君たちより先に帰ったけど、あの時に降り立った砂浜で遊んだこと、それから河津桜と菜の花が織りなす色の絨毯は今でも印象に残ってる
高校が別々になったから、大学も将来歩む道も別々になるだろうけど、俺たち3人はいつまでも同じ中学の同級生鉄オタトリオとして永久に不滅の絆と友情で繋がっている
君の世話になったからこそ、次は俺が高校の卒業旅行を計画しようと思う
俺たちの友情を再確認するために、またあの砂浜で写真を撮ることは確定だけどね
そして、俺たちは新たなステージへ飛び出し、予定が合えば何度でもあの砂浜に行こうや
母校と同じくらい、大切な俺たちの原点だから

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往年の列車は心の中へ

幼き日の俺を乗せて韓国の大地を走り抜けたセマウル号はあの窓が楕円の客車から最新式の四角窓のITXセマウルになった
日本では俺が乗ることは叶わなかったが、名前が次世代の名前に受け継がれた列車は数多くある
遠い北陸と越後湯沢を結んだ「はくたか」は新幹線に、ブルートレインでお馴染みの「はやぶさ」、「さくら」も新幹線の愛称になった
1番の憧れだった大阪と札幌を結ぶことで有名な
トワイライトエクスプレスはクルージングトレイン
トワイライトエクスプレス瑞風になった
急行銀河もWEST EXPRESS 銀河となった
夢の超特急として知られた0系こだま
300系ひかり、500系のぞみも今はN700系,N700A,N700Sの3つの車両にその名を譲り、今は一線を退いた
それから最近,九州では特急かもめが無くなって新幹線の名前にもなってたな
甲州街道沿いを駆け抜け、後に他の私鉄にも譲られたことでお馴染みの往年の名車両の5000系は新たにデビューした京王ライナー向けの車両の形式番号を新5000系としたこともあったな
思い出の車両や憧れの列車は世代交代が進み、今はもう俺が乗ったことのない列車や乗りたくても料金が高くて乗れない列車ばかりだ
俺の思い出や子供の憧れとして日本全国を突っ走った先輩達のバトンを受け取った後輩列車は走り出す
今では,世間的にはまだまだ若いはずの俺よりも若い車両が増えている。
通勤電車では首都圏のE233系とか、車両の外見とデビュー当日のハプニングから電子レンジという蔑称で呼ばれるようになってしまったE235系もそう
新幹線なら俺のいる東京と想い人のいる街を結び恋愛成就という望みを乗せて走るのぞみ号のN700、はやぶさ1号のE5,H5系、こまちのE6系、北陸・上越新幹線で走る若手エースのE7,W7系もそうだ
往年の気動車、キハ40の後釜と呼ばれたGVE系統も忘れてはいけないな
「負けないでもう少し、最後まで走り抜けて」俺たち鉄道ファンが歌うこのワンフレーズの歌詞に乗せ、都営地下鉄三田線6300形や中央線快速電車の209系はいつ置き換えが終わるか分からない中、今日も走り続ける
俺は鉄道ファンとして、この先輩たち、いやその後輩たちの活躍も胸に刻み、今日も鉄道を乗り回す

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コロナ前最後の帰省

学校の終業式を終えて帰宅し、既に纏め終わった
荷物を持ってNRTに直行し
2時間のフライトを終えて親子3人
仁川国際空港第二ターミナルに降り立った
平昌オリンピックの前後だったな
オリンピックのマスコットがお出迎え
親父数日後に合流の予定
到着は夜の9時前後
空港鉄道で二駅ほど
ウンソ駅前のホテルに1泊
クリスマス前後の夜、非常に冷え込むので
駅の入り口側の食い物屋で串刺しのおでんとその場で蒸してくれる水餃子を人数分一パックずつ注文して部屋で窓から見える列車を見ながら食べる
一夜明け、叔母の住むソウルへ
しばらくは叔母の家に泊めてもらうことに
その後,母の郷里の田舎町へ向けてソウル駅へ
客車の窓が四角い客車列車の急行ムグンファ号南行麗水EXPO 行き
ソウル駅を出てからおよそ数分,龍山を過ぎたあたりで凍った川にかかる鉄橋を渡る
そう、この川は俺にとって思い出に残った出来事が多くまた韓国有数の大河として有名な漢江だ
そして、永登浦を過ぎるとソウルの郊外へ出る
世界遺産の城として有名な城のある水原に着く
懐かしいなぁ
この地にある世界遺産のファソン(華城)には家族4人で行ったことがある
台風のせいで華城列車という移動手段が使えなくて山のように建つ城壁の頂上から歩いて入り口まで雨の中傘もなく下りたのはいい思い出さ
そんな思い出の町を過ぎ、祖父母と俺と母さんとまだ幼稚園児だった弟と海を見に行ったアサン(牙山)の街まで南下して来た
ここまで来れば、禮山の町はすぐだ
大型の温泉保養施設で夏にはプールもやってる大型施設のパラダイススパの最寄り駅、道高(トゴ)温泉までやってきた
ここの駅は昔移設された経緯があって今の位置にあるそうだ
旧駅跡には廃線跡を活用したレールバイクの施設で親戚一同集まって遊んだっけ
そんな今までの母方の実家へ帰省した時の思い出に浸る12歳の日韓ハーフの少年、
目的の駅に着くまであと数分ということで下車準備をする弟,迎えの親戚から駅に着いたと連絡を受けた母親の3人を乗せてムグンファ号は田舎町、禮山の中心地から一駅手前の駅に着いた
数日後、親父を迎えにソウルの玄関口と言える空港に向けまた北上する
今度は客車の窓が楕円形のセマウル号が親子3人と故郷からソウルに戻る若者を乗せて北へ向かう

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乗ってた時間こそ短いが

家族4人,2回台湾の地を踏んだ
1回目は、台湾の成田空港と言っても過言ではない桃園の飛行場から台北へ
2度目は、小港飛行場こと高雄国際空港から高雄市街へ
どちらもタクシー移動がメインだったけど、高雄と台南の往復の移動で乗った自強号や花蓮からの帰りで乗ったタロコ号、市街地の移動ではMRTの地下鉄は今でも記憶に残ってる
歴史の街,台南と港湾都市の高雄はかなり近いけど観光客も通勤客も運ぶ重要区間
島の西海岸にあって南端に近い中で1番栄えている港が高雄、そのやや北にあるのが歴史の街
まるで京阪間みたいだな
車窓も大都市とベッドタウンを結ぶような風景さ
タロコ号の沿線は、原住民が今も暮らし、国立公園があるタロコの山から流れた川が生み出した綺麗な海岸線がしばらく続く
海の反対側には山がそばにある関係で車窓はまるで伊豆みたい
いつか彼女ができたなら
見せてやりたいこの車窓
鈍行列車でノロノロと
乗れば海の風景を2人で独占できるはず
高雄の空港降りたなら
まずは地下鉄
北に行き
君に見せたい美麗島
駅の改札の天井は
ステンドグラスの装飾が
俺も一度は行ったけど
忘れられない美しさ
今もスマホの待ち受けに
そこから一駅
高雄駅
自強号で1時間
台南越えたらすぐに着く
嘉義の街にも行きたいな
不屈の闘志を示した高校の
球児が過ごした街なのさ
お茶の山地で有名な
阿里山行くにも都合がいい
そのあとガオティエ乗り込んで
着いた駅は
台北だ
ここはよく混むターミナル
だから俺の手離すなよ
MRTの赤線で
着いた駅は101
あの有名な
観光地
タワーから見る街の夜景
美しいこと間違いなし
台湾の
古い呼び名はフォルモサで
美しい島という意味の
ポルトガル語が由来だよ
自然と歴史,多様な文化が織りなして
できた魅力が溢れてる
島より素敵な君だけは
絶対手放す気はないよ

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思い出の鉄道は、数年の時を経て蘇る

ここはデンマーク、コペンハーゲン中央駅
スーツケースを持って俺と弟と母が横並びに3人、ここから出るハンブルク行きICE列車を待っている「本当に、列車ごと船に乗り込むの?」「そうだよ。かつて日本で、本州と北海道を結んだルートに準えてドイツの青函連絡船って呼ばれてるよ。俺、一度は乗ってみたかったから楽しみだなぁ」そんな話に「2人とも、今日の景色は一生に一度きりかもしれないから、よく目に焼き付けてね」と母親が言う。
そして、親子3人を乗せた特急はこの旅のメインルート,大ベルト海峡の航路、いわゆる渡り鳥ルートを過ぎてハンブルクに着いた。
親子の旅はまだまだ続き、場面は変わってオランダのアムステルダム中央駅
「まるで東京駅だ。東京が恋しいなぁ」そう呟く俺の声は母の耳に届いたようだ「ベルギーではハズレだったけど、こっちには美味しいと評判の和食屋があるから、寝台列車までの時間で食べに行こうか」そんなたわいもない会話を経て一家はCNLペガスス号のアムステルダム発チューリヒ行き寝台特急に乗り込んだ。
それから数時間,オランダのユトレヒトも、ドイツのアーヘンもボンも過ぎてスイスのバーゼル付近を走行中、俺は電車酔いに悩まされ、宿泊地のグリンデルバルトで体調を治してスイスの旅を楽しんだ
それから数ヶ月後、このドイツを中心に走るCNL寝台列車が全系統廃止された。その3年後、今度はコペンハーゲンとハンブルクを直線的に結ぶ渡り鳥ルートが廃止になった。
渡り鳥ルート休止の2年後に当たる2021年12月,名前をナイトジェットと変えてオランダ〜スイス間の寝台列車が復活した。
そして2022年現在、かつての渡り鳥ルートを船を介さずに結ぶ橋やトンネルの建設が進められており、ドイツからのICやICEが走る日も近いそうだ。
俺たち兄弟の思い出を乗せた列車は名前を変え、車両を変え、ヨーロッパを巡る旅人を乗せて新たな時代のヨーロッパを駆け抜けてゆけ!

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鉄道唱歌アレンジ〜別バージョン編〜

1:海のあなたに薄霞む
山は上総か房州と
歌に詠まれし品川の
駅より伸びる
京急線
2:江戸より伸びし五街道
海沿い進みし東海道
横浜近くの宿場まで
電車は旧道沿い走る
3:品川駅を出で行けば
坂を登りて急カーブ
今も忘れぬ鉄橋の
下行く列車は
数多し
4:品川駅は品川の
区より北の町にあり
それ故次の停車場は
北品川と呼ばれたり
5:ここはかつての宿場町
海苔とアサリの
名産地
海岸線の埋め立てで
面影消える悲しさよ
6:品川宿を後にして
次は梅の大森よ
お雇い博士の
モース氏が
見つけし塚は
北にあり
7:昔は開かずの踏切と
呼ばれし蒲田の駅超えて
渡るは六郷川の橋
川崎駅に着きにけり
8:京浜急行電鉄の
鉄道線の
発祥地
それはこの町
川崎と大師を結ぶ
大師線
9:川崎出でて花月園
名を変え花月総持寺の
駅より省線右に見え
電車の競走面白や
10:鶴見子安を後にして
今着く駅は
仲木戸ぞ
横浜線は乗り換えよ
11:絹糸運びし鉄道も
今は通勤路線なり
在京私鉄三線と
ケト線繋ぐ生命線
12:大船行きは乗り換えと
呼ばれて降るる
横浜の
旧駅名は平沼で
旧横浜は桜木町
13:桜木町の駅前は
世にも名高き
みなとみらい
デートスポット集まりて
夜景の綺麗な町となる
14:根岸線に乗り換えて
関内駅に着きにけり
災害復興されしのち
今建つ
横浜スタジアム
15:機械と車掌の声曰く
次に止まるは
石川町
歩きてすぐの名所とは
山下公園中華街
16:山手も磯子も打ちすぎて
右に見ゆるは
品鶴線
根岸線の終点は
今着く駅の大船よ
17:横須賀行きは乗り換えと
呼ばれて降るる
大船の
先の鉄路は
江ノ島や横須賀
神戸へ続きたり

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