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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑥

また数分、屋根の上を走り続け、交差点に差し掛かったところで立ち止まり、一瞬の逡巡の後、再び路上に飛び降りる。
その時、一瞬視界にカーブミラーの鏡面が入り、即座にそこに映っていた道に駆け込んだ。
(どうしたの、ワタシの可愛い青葉?)
(見つけた! 『何かを探していない様子の人間』!)
青葉の見つけた人影は、すぐに細い路地に入ってしまったようで、青葉も10秒ほど遅れ、後を追ってその路地に飛び込んだ。
「わっ」
「む……またお前か」
そして、その路地から出てこようとしていた平坂と正面からぶつかってしまった。
「お前……何故ここにいる?」
「じっとしていられなくて……それより、ここに誰かが入って来ませんでしたか?」
「『誰か』……? いや見ていないが……どんな奴だった?」
屈んで目線の高さを合わせながら、平坂が尋ねてくる。
「おそらく私と同年代の子どもです。特に目的も無い徘徊といった感じで歩いていました。『犯人』の可能性が高いです」
「……犯人、だと?」
「はい、『悪霊を操っている』、その犯人です」
平坂は再び立ち上がり、見下ろす形で青葉に相対した。
「おい。お前、あの姉からどこまで聞いた?」
「姉さまからは何も。ただ、不自然に統率の取れた悪霊たちのことは、ついさっき確認しました」
「……そうか。情報提供には感謝する。しかしとにかくお前は帰れ。具体的な危険性も分かっているんだろうが」
「むぅ……」
青葉は頬を膨らませ、帰途につくために振り返った、ように見せかけ、素早く振り向き平坂の真横をすり抜け、路地の奥へと駆けて行った。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑧

………………そろそろウミヘビに食い殺されていてもおかしくないと思うんだが、何も起きない。
周囲の様子を確認してみる。周囲の深く抉れたコンクリート、頭上を通る巨大ウミヘビの胴体。俺の胴体に抱き着いて密着してくるカリステジア。座った姿勢のままで曲がっていた膝をとりえず伸ばしてみると、空中で何かに引っかかる。手探りしてみると、どうやら俺達はかなり狭い空間に閉じ込められているらしい。
「んぇへへ…………」
カリステジアがこちらを見上げてくる。奴が徐に持ち上げてみせた右の手首には、朝顔か昼顔の葉っぱみたいな紋様が刻まれている。
「契約完了、です」
「………………カリステジア」
「はい」
「正座」
「はい……」
俺達を閉じ込める空間が少し広がった。カリステジアは俺から少し離れた場所に正座する。
「あのさぁ……契約って双方合意の上で成立するものじゃん」
「そうですねぇ……」
「別に契約すること自体は俺だって全く嫌ってわけじゃねーよ? けどさぁ……こういうのはちゃんと順序踏もうな?」
「お兄さん……! 私のこと、受け入れてくれるんですね……!」
「はいそこ喜ばない。お前今説教されてんの。オーケイ?」
「はーい」
にっこにこしやがって……。何かもうどうでも良くなってきた。一応俺達は安全っぽいし。
「なぁ、このバリア? って割られたりしねーの?」
「あ、それは平気です。通り抜けますから」
「は?」

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑦

「……ごめん俺契約の押し売りは断れって死んだ婆ちゃんに言われたから……」
「そんなぁ、どうして」
つい勢いで断ってしまった。実際、ドーリィがいれば安心ってのは事実だ。最近はビースト事件の報道も増えてきているわけで、マスター付のドーリィが身近にいれば安全性は一気に向上する。けどなぁ……。
「いやだってお前……なんか、あれじゃん……」
こいつがドーリィだってのが事実だったとして、こいつ個人と契約するのはなぁ……。
「でも私、お兄さんのこと命に代えてもお守りしますよ?」
「お前なのがなぁ……そもそも互いに名前すら知らねえじゃん。信頼も何も無ぇ」
「あ、私お兄さんの苗字知ってます。スナハラさん!」
「サハラな。砂に原でサハラ」
「砂漠?」
「違げえよ。いや字面的にはそれっぽいけど」
「そういえば砂砂漠って『砂』の字が2個連続してて面白いですよね」
「おっそうだな」
「あ、私の名前でしたよね。私、カリステジアっていいます。ハマヒルガオのCalystegia soldanella」
「長げぇな」
「短く縮めて愛称で呼んでくれても良いんですよ?」
「えっやだそんなのお前と仲良いみたいじゃん……」
「最高じゃないですかぁ」
少女カリステジアと言い合っていると、俺達の上に影が覆い被さってきた。
「ありゃ……これは、マズいですかね?」
カリステジアの言葉に見上げると、あの巨大ウミヘビが俺達を見下ろしていた。
ウミヘビが口を開けて突っ込んでくる。同時に、カリステジアが俺を押し倒した。悪いが地面にへばりついただけでどうこうなる話じゃないと思うんだが……。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑤

(あの霊たちの動き……不自然だった。あまりにも統率が取れていた)
屋根の上を走りながら、青葉は考える。無数の手の霊が注意を引き、武者の霊が背後を取る。あたかも協力して人間を狩ろうとしているかのようなその様子。ただの悪霊が共生関係を取ることは、基本的にあり得ない。
「……つまり」
(つまり?)
立ち止まり、夜の街を眺める。
「『霊を操る何か』がいる。悪霊退治だけじゃ、駄目なんだ」
(なるほどねぇ……もしかしたらその予想、なかなか鋭いんじゃない? ワタシの可愛い青葉)
カオルの声に頷き、再び駆け出そうとして急ブレーキをかけ、その場にしゃがみ込む。
(ワタシの可愛い青葉、どうしたの?)
(いや……下を姉さまが通るのが見えて……)
(抜け出したのが見つかったら、怒られちゃうかな?)
(どうだろう……どっちにしても、心配はかけちゃうからな……それは避けたい)
(じゃあ、少し待ってから行こうね)
(うん。流石に走り疲れてきてたから、休憩できるのはむしろ助かるよ)
しばし屋根の上に伏せて待機し、物音が聞こえなくなるのを待ってから再び立ち上がる。
「取り敢えず、人の少ない場所を探そう」
(目標は?)
「人間。『何も探していない』人間」

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑥

ここのところ、1週間くらい連続で釣り場にあの少女がいた。何度やっても逃げ切れないので、奴から逃げるのは早々に諦めた。
「えへへ、お兄さんが私を受け入れてくれて、私は嬉しいですよ」
「受け入れたんじゃねえ、諦めたんだよ」
「こんなにぴっとり寄り添っても許してくれるんだから、どちらでもさして問題ではありません」
俺の左腕にひっついたまま、奴が言う。
「うるせえ離れろ暑苦しい!」
「あれ、おかしいですねぇ。私、体温の低さには自信あったんですけど……」
「………………」
奴はきょとんとした顔で答えた。実際、こいつの肌はひんやりとしていて、正直に言うとかなり快適だが、それを言ったら負けな気がするので言わない。
海面に目を戻したちょうどその時、いつもより近くであの巨大ウミヘビが顔を出した。
「うわぁ、かなり近いですねぇ。50mくらいでしょうか」
少女はやけにのんびりとした口調で言う。
「こっちに注意を向けたら、一瞬でぱくっといかれちゃいそうな距離ですね」
「あ、ああ……これ流石に逃げた方が良いんじゃ」
「いつものドーリィちゃんがきっとすぐ来てくれますよ。ところでお兄さん?」
「何だよ」
呼びかけられて奴の方を見ると、いつの間にか顔をぐい、と寄せてきていた。
「離れろ」
「はーい」
元の姿勢に戻り、奴が口を開いた。
「やっぱり、ビーストの出る海で釣りともなると、いくら向こうが海から出ないと言っても不安ですよねぇ」
「何だ急に」
「そんな時、強くてお兄さんに忠実な護衛の子がいると安心ですよね?」
「何が言いたい」
「やっぱり、ドーリィと契約してると、こういう時も安心して日常が送れますよね?」
「ええい結論だけ言え結論を」
「むぅ、分かりました」
奴は俺の腕から自発的に離れ、その場で立ち上がって両手を大きく広げてみせた。
「ここにフリーのドーリィちゃんがいます。しかもお兄さんと相性バッチリ! 契約のチャンスですよ、お兄さん」

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Trans Far East Travelogue85

俺達を乗せた船が九州沖を離れた頃、夫婦揃って船室の布団に入って早々,嫁が「済州で思い出したけど,日本におる韓国にルーツがある人達のうち多数派が済州島にルーツば持つ話ば聞いたことあるばってん貴方も済州にルーツはあると?」と訊いてきた。「まず,日本にいる韓国系の人の多数が済州にルーツを持つのは本当だけど、韓国の南部地域一帯にルーツを持つ人自体が多く日本にいて,そのうち済州の人も多いってことかな…理由はいくつかあるけど、かつての朝鮮半島は北が資源が豊富で比較的栄えていて,南側は九州に近付けば近づくほど平野から農業が厳しい山あいの土地になる。済州に至っては当時の技術では開発が難しい孤島で火山もあるから,経済的に本土の中部や北部ほど栄えておらず、しかも日本の中でも当時栄えていた北九州に近くて九州へ出稼ぎに行く人がいた。でも、時代が変わって韓国が独立した頃に半島全体の情勢は一気にきな臭くなって、他の地域と違う成り立ちを持つ済州は韓国の敵とみなされて多くの人が亡くなった悲しい時代が過ぎても暫くは貧しくて,日本に船で逃れた人もいて結果的に済州にルーツを持つ人が増えたんだ。俺の親戚は100%本土の人の子孫だから済州出身者はいないんだけど、俺は済州にもルーツあるよ」と返す。すると嫁が「貴方んことばり好きやけんもっと教えて」と言うので種明かしをする。「実は、母さんのお腹の中に俺の命を宿してもらった時に2人は新婚旅行先の済州にいた。でも、俺は日韓関係が冷え込んで日韓両国で差別やイジメと戦った小中の頃、野球を支えに生き延びたのと日本の血も引く東京生まれだから野球が好きな日本人として扱ってくれると嬉しいな♪」と返すと嫁は「貴方は東京ん誇りばい…カッコよかね〜」と言っているが俺はどう反応していいか分からず苦笑する。嫁は泣きそうな表情で「何か変なこと言うた?」と続けるので「東京の誇りって言ってくれるの嬉しいんだけど,カッコ悪いって言われた気が…」と返すと嫁は「ごめん…忘れとった…嫌われてしもたかな…」と泣き出すので「先祖の仇として憎んでいたはずの九州の人に恋して、その人の夫として幸せにしてもらっているから嫌いにはなれないし、君こそ福岡の誇りだよ。生まれてきてくれてありがとう。お陰で幸せ者さ」と本音を伝えて抱きしめながら口付けをすると嫁は泣き疲れたのか俺の腕でスヤスヤと寝息を立てて眠っている。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その④

青葉が疑問に思いながら戦闘の様子を見ていると、少し離れた場所から金属が擦れるような音が聞こえてきた。
そちらに目をやると、具足を身に纏った武者のような悪霊が、刀を引きずりながら霊能者たちの背後に忍び寄っている。霊能者たちは腕の悪霊に集中していて気付いていない。
「っ、危ない!」
叫びながら、青葉は屋根から飛び降り、武者の幽霊に持っていた杖で殴りつけた。
(……あっ、流石に出てきたらマズかったかな……さっさとここから離れよう)
武者の霊の構えた刀に杖を合わせ、押し返しながらその場を離れ、素早く横道に入り込んだ。
「あの落ち武者は……あれ?」
追ってくるであろう武者の霊を警戒して振り向いた青葉だったが、武者は道の前で立ち止まり、先ほどの霊能者たちがいた方をじっと見ていた。
「……来ない?」
霊能者らに向かっていく武者の霊を呆然として見送り、青葉はその場を離れた。
(ワタシの可愛い青葉。あの人たち、助けに行かないの?)
(うーん……私と違って本職の人たちだし、もう不意打ちにもならないだろうし……。それよりもちょっと気になることがあってさ)
(ほう? 気になること?)
再び屋根の上に登り、青葉は夜の街を駆け始めた。

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Flowering Dolly:ビースト辞典①

・アーテラリィ
大きさ:体長12m(完全体)
『魂震わす作り物の音』に登場したビースト。凡そ人型の外見をしているが、腕部が異常発達しており、逆に脚部は著しく退化している。移動時は両手を用いて這うように動く。
顎を巨大化させ、材質に関係なく摂食し養分に変える咬合力と消化能力に加え、腕部の体組織をミサイルのように発射する特殊能力がある。発射されたミサイルは、対象物に対してある程度の追尾性能を有する。
また、生命力に優れ、首と心臓が無事であればしばらくの間は生存できる。顎も残っていれば摂食によって急速に回復が可能。

・ニュートロイド
大きさ:身長2.2m、尾長2.5m
『Bamboo Surprise』に登場したビースト。外見は二足歩行する大型有尾両生類のようだが、両足は2本指で、頭部はどちらかといえばワニのような大型爬虫類のものに近い。眼球は無く、代わりに皮膚全体が受けた光を視覚情報として取り入れている。知能が高く、人語を理解し、高速並列思考が可能。本気で脳を回転させていると、周囲の動きがゆっくりに見える。今回は腕を捥がれて動揺していたため、それが起きなかった。
戦闘時には手足や尾を用いた格闘を行う。
体表からは粘液を分泌しており、これにはニホンアマガエルの粘液と同等程度の毒性がある。

・キマイラ
大きさ:体長8m、肩高3.5m
『猛獣狩りに行こう』に登場したビースト。外見は体毛の黒い巨大な獅子の肩から、ヤギの頭と竜の頭が生えたもの。
獅子頭は口から炎を吐き、竜頭には鋭い角と牙があり、山羊頭は声が怖い。冗談抜きに吠え声を聞くとまともな生物なら萎縮して動けなくなるか恐怖で失神するレベルで声が恐ろしい。

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Flowering Dolly;STRONGYLODON 解説編 1

企画参加作品「Flowering Dolly;STRONGYLODON」の解説編その1です。

・ストロンギロドン Strongylodon
モチーフ:Strongylodon macrobotrys(ヒスイカズラ)
身長:167cm 一人称:僕 紋様の位置:左手の甲 固有武器:翡翠色の長剣
翡翠色のジャケットとスラックスに白いブラウスで青緑色の髪のドーリィ。
飄々としており、掴みどころがない。
過去にマスターを失ったことで戦意を失い、ドーリィとしての本能が次のマスターの元へ自らを引き寄せようとも適合者と契約しないようにしていた。
物語の中で強かったのは覚醒による補正みたいなものかもしれない。

・幣島 祢望(少年) Heijima Nemo(The boy)
身長:153cm 一人称:ぼく
ストロンギロドンに何かと遭遇していた少年。
学年は小5。
平凡な感じの子だが芯はある。
ストロンギロドンの正体と自分に近付く理由、そしてその過去を知って、彼女のマスターになることを選んだ。
ちなみにフルネームは本編内で出そうとしたけど上手くいかず、ここで出すことになってしまった。
ちなみにリコリスのマスター・喰田 麗暖は同級生である。

・ストロンギロドンの前のマスター The former master of Strongylodon
ストロンギロドンの前のマスターだった少女。
年齢は中学生くらい。
ドーリィ・マスターとしてその責務を全うしようとした健気な子。
住んでいた街がビーストの襲撃にあった際、ストロンギロドンを置いて避難できなかったのか彼女の元に戻ろうとして亡くなってしまう。
彼女の死はストロンギロドンの心に影を落とすことになった。
実は名前が一応あるけど出さなくていいかなってことで出さない。

その2へ続く。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その③

その夜遅く、青葉は長女が家を出る気配を自室で感じ取り、布団から抜け出した。
窓から部屋を抜け出し、蔵から持ち出した木製の杖を利用して敷地の塀を跳び越え、真夜中の街に繰り出す。
この日、街の至る所には霊能者と思しき人影があり、見つからないように青葉は屋根の上を移動することに決めた。
(……そういえばカオル)
心の中で、愛刀の半身に呼びかける。
(どうしたの、ワタシの可愛い青葉?)
(『力』って、この杖のことなんだよね?)
(まあね。なんでか今は眠っているみたいだけど……ワタシの可愛い青葉の愛刀〈薫風〉と同じように怪異に対して有効だから、役に立ってくれるよ。それに、〈薫風〉と違って持ち歩いても怪しまれない!)
(……たしかにね)
外見上完全に日本刀である〈薫風〉と比べて、全長1m程度のやや古風なただの杖にしか見えないそれは、普段携行するにはよほど適切に見えた。
「……っとっとっと」
民家から民家へ飛び移り、バランスを崩して屋根の上を転がりながら態勢を整える。立ち上がって服についた埃を払っていると、彼女のいた屋根の下、住宅街を貫く通りから人の騒ぐ声が聞こえてきた。
(……?)
屋根の端から、静かに顔を出して見下ろす。3人の霊能者が、無数の青白い腕の姿をした悪霊と交戦していた。
(……あれが、大量の霊能者を駆り出すほどの怪異? にしては大して強くもなさそうな……)

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その④

午後3時頃、釣果0で帰ってくると、ちょうどのタイミングで親から電話がかかってきた。テレビ通話をオンにして通話を始める。
「もしもし母さん?」
『あぁ出た出た。いつもの生存確認』
「もうそんな時期か。こっちは見ての通り無事だよ。怪我も病気もしてないし、ちゃんと飯も食ってる」
『そう、それなら良かった。でも、何かあったらすぐに他人に助けを求めなさい。こっちに来たって良いんだから。大体なんでそんな危険な場所に残ったんだか……』
「別に良いだろー。郷土愛だよ郷土愛。強いドーリィだっていんのに、むしろみんながビビり過ぎなんだって」
『はいはい。…………ところで』
向こうの視線が何だかおかしい。やけに画面端を気にしているような……。
『その子、誰?』
「あー?」
母の言葉に横を向くと、いつもの釣り場で出会ったあの少女が満面の笑みでこちらを見返していた。
「……………………」
何か言おうとした奴の口にブロック・ミール(保存食)をぶち込み、下手なことを言わないようにしてからスマートフォンに向き直る。
「最近できた友達。ちょっと用事があって来てもらってんだよ」
『へえ……?』
「っつーわけで忙しいから切るぞ。じゃ」
いやににやついている母親に手短に挨拶して通話を切り、少女の方に向き直る。

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Flowering Dolly;STRONGYLODON Act 11

「…」
青緑色の髪の少女は地面に着地すると、静かに後ろを振り向く。呆然と少女の戦いを見ていたドーリィたちはハッと我に返った。
「貴女…」
リコリスはそう言いかけるが、青緑色の髪の少女は前を向いて歩き出す。リコリスはあ、ちょっと⁈と彼女を追いかけ始めた。ゼフィランサスとアガパンサスもリコリスに続く。
「どこへ行くんですの⁈」
「どこって少年たちが避難している所だよ」
「それは分かっていますけれど…」
貴女、どうして急に戦う気になったんですの?とリコリスが尋ねると、青緑色の髪の少女はぴたと足を止める。
「やっぱり、アテクシたちを…」
「別に、君たちを助けたいからとかじゃないよ」
リコリスが言い終える前に青緑色の髪の少女は返す。
「僕はまた戦う理由ができた、それだけさ」
少女がそう言っていると、あ!と聞き覚えのある声が聞こえた。
ドーリィたちが見ると裏通りから避難所に逃げていた少年の姿が見えた。その傍にはドーリィ・マスターたちもいる。
「さて、マスターたちの所に戻ろうかね」
青緑色の髪の少女はそう呟くと、少年たちの方へ歩き出す。リコリスたちはその様子を後ろから黙って見ていたが、不意にリコリスはねぇ!と呼び止める。
「貴女、そう言えば名前を聞いてなかったけれど」
名前は?とリコリスは青緑色の髪の少女に尋ねる。少女は振り向かずに答える。
「…ストロンギロドン」
それが僕の名前さ、と少女はまた歩き出す。
リコリスたちはその様子を静かに見送った。

〈おわり〉

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その③

次の日、朝早くいつもの釣り場に行ってみると、昨日の少女が既に釣りを始めていた。何となくその場から離れようとすると、突然こっちに振り向いてきた。
「あっお兄さん。んへひひ、おはようございます」
「………………」
1歩後退る。少女が立ち上がった。もう1歩後退る。こちらににじり寄って来た。後ろを向いて走り出す。一瞬で追いつかれて背中に貼り付かれた。
「だああ離れろ! 昨日から何なんだよお前はぁっ!」
「うひひひひ……」
「だっかぁらあっ! 笑って誤魔化してんじゃあねえ!」
体感数分の格闘の末、ようやく少女を少し引き剥がしたのとほぼ同時に、遠くでウミヘビが顔を出した。思わずそちらに視線が向く。
「あれ……今日はいつもより近くに出てきましたね?」
「あ? そうか?」
「そうですよぉ……いつもより3倍近いです。今、大体ここから100mくらいの距離ですかね?」
「そういや何かデカいとは思ったけど……」
「まあ……こっちには来ないでしょうし。それよりお兄さん、今日は釣りしないんですか?」
「いやビーストが近くにいてできるわけ無いだろ。あと離れろ」
ウミヘビに気を取られた隙に再び身体をすり寄せてきた少女の頭を掴んで引き剥がそうとする。何故か奴はすごい力で引っ付き続けていた。
「んへへ、こわいのでもう少しくっつかせてください」
「駄目に決まってんだろ離れろ」
「こんな美少女に抱き着かれてるのに、何が嫌なんですか?」
「もう3倍血色良くなってから出直せ阿呆」
「体型はこのくらいが好み……と」
「馬鹿なの?」
再び引き剥がそうとしていると、上空を何かが物凄いスピードで通り過ぎて行った。
「うおっ」
「おやいつものドーリィちゃん。朝早くから大変ですねぇ」
「あれが来たなら、もう大丈夫か」
「少なくとも陸地は安心安全でしょうねぇ」
「なら離れろ」
「腰が抜けててむりそうでーす」
「ナメてんじゃねえぞ」