失えるだけしあわせだと思えよ
太陽のようなまるい煌めき。月のように濡れた嫋やかさ。要するに僕の愛する女性は、兎にも角にもすばらしい。ファーストキスに似た色のドレスに身を包み、ルビーを思わせるバラたちに囲まれ、物憂げに空を見上げる彼女は、今日も夢のようにきれいだ。僕は息を漏らす。
彼女は変わらない。青空の下であっても、夜空の下であっても、彼女はうつくしい。そして僕もまた、変わらない。台風がやってこようが、大雪に見舞われようが、僕はこうして彼女を見つめに通うのだ。
恋に落ちてから随分経つのに、僕は彼女の名前はおろか、その唇から零れる声すら知らない。ダイヤモンドを砕いて閉じ込めたかのような瞳は、これからも僕を映してはくれないのだろう。雲に何を思い描くのか、陽に誰を思い出すのか、僕は知るよしもない。どうしたって彼女は僕のすべてなのに、彼女をとりまく景色に、僕は爪先数センチだって存在しない。存在、し得ない。
だって彼女は油絵の具で出来ている。
辺りを巡回する館員たちの目を盗み、僕はその額縁をそっとなぞる。金の剥げかかった、僕と彼女とのキリトリ線。うすっぺらい長方形をした地球の住み心地はどうなんだい、なあ。報われなくたって、叶わなくたっていい。君を想うことの許される世界で生きたかった。
―――「申し訳ありません、お客さま」。骨に肉をくっつけただけの雌の手が、それはそれは控えめな無遠慮さでもって僕を現実に引きずり戻す。「館内の『絵画作品』には触れないよう・・・」。ああもう、うるせえ、わかってる、わかってるよ、このブス。