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『ある中性子分子のすれ違い』下

 観月の顔が一瞬歪む。
 そして、まっすぐ紫陽を見ていた視線を外し、ごめん,と音にする。
「それ、面白かったよ」
 当たり障りのないことを呟いた。
「……そうか。なら、良かった」
 素っ気なくそういうと、紫陽はおもむろに本を取り上げ、パラパラとめくる。
「……どこが?」
 観月は、まだ話し続けるの?とでも言いたげな目をしている。
「主人公に、全然共感できないところ」
 紫陽は首をかしげる。
「それ面白いのか……?」
 悪くなった流れなどとうに忘れてしまった紫陽は、その実本の話をしたくてうずうずしていた。
「あ、でもあそこは面白かっただろ?ほら、宇宙船が落ちてきたとき」
「主人公があんたに似てるから共感できないって皮肉を言ってるんでしょうが!私は宇宙船のとこよりも分子を可視化できた時の博士の反応のほうが面白かった!」
 相変わらずのすれ違いである。
「ああ、あそこかあ……。通だな、お前も」
 観月とは裏腹に、楽しそうな紫陽。
「TP-306が活性化したときの描写はほんと最高だよな!わかってるじゃないか」
観月は、その楽しそうな表情に脱力してしまった。
むくれるだけ労力の無駄である。
「そうだね、まるで核融合反応をペットボトルの中で見たかのような感覚だったね」
「おお、お前もそう思ったか。やはりそうか、もしかしたら作者は中性子分野の研究に通じてるのやも知らんな……」
 そういうと紫陽は、観月のことなどお構いなしに、一人でぶつぶつと考え込み出してしまった。
 こうなってはもう仕方がない。紫陽がどんな性格だか、観月はわかっているつもりだ。
片付けていたら見つけた、なんて、そんなのは嘘だ。あれだけ細かな設定にたくさんの言葉たち。フィクションだかノンフィクションだかわからないような本を理解するのに、これだけの時間がかかってしまうのは仕方がない。
けれど、いつもつまらなそうにしている紫陽が、本を勧めてくる時だけはあんなに楽しそうなのだ。これに付き合うことを一つの娯楽としてしまっている自分も自分なのだが。
帰りにも捕まるな、そう思い、苦笑して静かに机から離れた。

今回、紫陽が貸してくれた本のタイトル、それは

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LOST MEMORIES 番外編「夏祭り」その裏側(下)

 呼ばれた自分の名に、条件反射で下に視線を落とす。そこには、数時間前に別れた見知った顔があった。
「どうして……」
 思わず零れてしまった自分の声をそこへ置き去りにし、慌てて2階から降りる。着慣れないドレスで動きにくいため、怪我をしないよう気をつけながら。
 扉を開くと、向かいの道には楽しそうな歌名。
「瑛瑠!お土産持ってきた!」
 そしてその両側には、顔を顰めた英人と望がいた。
「歌名、夜だぞ」
「ご近所迷惑だよ」
 3人の手には、何やらたくさんの戦利品が抱えられている。瑛瑠がお願いしたお土産とは、土産話ではなかったか。
「瑛瑠さん、まだ起きていてよかった。これ渡せなかったらどうしようかと思って。花火終わるまでの猶予しかなかったから、ちょっと焦っちゃった」
 にこにこしている望の顔を見て、別れる前に言われたことがよみがえる。望の真意はいつだって優しかった。
 いまだに状況がのみ込めずに呆然としている瑛瑠。その後ろから、わかりにくくもいつもよりは断然楽しそうな声が聞こえてきた。
「上がっていってください。皆さんの付き人へは、私が連絡しておきますよ」
 効果音がつきそうなくらい顔を輝かせた歌名は、真っ先にありがとうございます!と言う。本当に、懐に入るのがうまい。はじめは申し訳なさそうにしていた英人と望も、チャールズと歌名の違う方向からの押しに結局は折れてしまった。
 誰かを自分の家にあげるなんて―正しくは自分の家ではないけれど―これまでにない経験で、とてもどきどきしていた。と同時に、この3人は自分にとって大切な人たちなのだと不意に感じ、胸が熱くなる。まさか、帰りにお土産まで持ってきてくれるとは、思いもしなかった。
 部屋に3人を通す際、1番最後に入ったのは英人だった。
その時、一瞬目が合った。
彼は、ふっと微笑ったと思ったら、視線を外し、そして、一言囁いた。
瑛瑠が耐え切れず、静かに、それでも思いっきり彼の背中をたたいたのは、また別のお話。

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LOST MEMORIES 番外編「夏祭り」その裏側(中)

「花さん、本当にすみません!」
 会うなり平謝りの瑛瑠に花は驚いていたもの、事情を聞いて笑いだした。
「もう、何事かと思ったじゃない。瑛瑠ちゃんに怪我がなかったらそれでいいのよ。むしろ危ないもの履かせてごめんね。寿命だったのね、きっと。ちゃんと、貸す前に確かめておくべきだったなぁ……」
 店内には、話したことさえないもの、見知ったお客さんが、夜だというのに割といる。きっとお祭りだから、顔見知りはここに集まってきているのだろう。忙しいときにお邪魔してしまったと思い、瑛瑠はさらに恐縮してしまう。
「花さん、本当にすみません……」
「もう。大丈夫だって言ってるでしょ」
 花は笑う。まるで検診するように、下駄をくるくるさせて診ながら、直るから,とそう言った。
「今はなんでも、壊れたらすぐに捨ててしまうけど、直せるんだよ。昔の人だって、そうしていたんだから。花火までまだ時間あるよね?ちょっと待っててね、今手ぬぐい持ってくるから」
 花は、今直そうとしてくれているのだろうか。それは、あまりにも申し訳ない。
「ま、待ってください、花さん!大丈夫です!」
「え?今からでもまだ間に合うよ?」
「いいんです、大丈夫です。今日はお留守番してることします。みんな、今日は三人で楽しんで来てください。」

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LOST MEMORIES 番外編「夏祭り」その裏側(上)

 人ごみに流されるまま流され、足元に、投げ出された感覚を覚える。そしてそのままバランスを崩し、倒れこんでしまった。
「瑛瑠⁉」
 抱きとめてくれた歌名が非常にかっこよかった。
「ご、ごめん。あの、下駄が……」
 足元の拘束感が消え去ったのだが、それは片方の下駄が行方不明になったということで。とりあえず人混みを抜け、歌名の支えに甘えて道の外れまで出る。
「ほんと、すみません……」
「怪我はない?大丈夫?」
「怪我はないです、大丈夫。でも、下駄が……花さんに借りたものだったのに……」
 申し訳なさで押し潰れそうになっている今にも泣きだしそうな瑛瑠に、歌名は微笑む。
「大丈夫!二人が探してきてくれるはずだから!狼さんの鼻があればすぐ見つかるよ!」
 歌名の言うとおり、英人と望はあれだけの人混みの中から、すぐに投げ出された片割れを見つけてきた。
「瑛瑠、大丈夫か?」
「怪我はしてない⁉」
 二人が無事に戻ってきたことと、手に下駄を持っているのを見て、力が抜けてしまった。本当に良かった。
「私は大丈夫です。ありがとう、二人とも」
 ほっとした様子の二人だったが、望が困ったような顔をしている。
「望?」
「下駄、鼻緒が切れっちゃっているんだ」
 それでは、歩けない。
 さあっと血の気が引く。
「とりあえず、ここから近いから“Dandelion”に行こう」
 それは、瑛瑠の不安を煽らないための、歌名の咄嗟の判断だった。

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誕生日も終わりが近づいて参りました。

 こんばんは、今日は本当に特別な日にしてもらいました、ちょっぴり成長したピーターパンです。大切な人たちから頂いた素敵な言葉の数々、本当に本当に嬉しかったです。バックアップとって保存しておきました()
 正直、誕生日のこと、当日まで完全に忘れていたんです。それくらい、自分のなかでの誕生日の位置づけって大したことのないものだったのだけれど、気付いてくれた人からの派生がすごくって。自分でも、こんなにお祝いしてもらえるだなんて予想だにしていなかったものですから、本当に驚きと嬉しさで、どうにかなってしまいそうだったんです。他人事みたいですけれど、私、愛されているんだなって。
 顔を合わせたことがなくて、文字や言葉だけで、掲示板という繋がりだけと言えばその通りでもあって。どこかで軽く話したことがあるのだけれど、私たちは出逢っていなかったかもしれない集まりなんですよね。私も含めて、たまたま、今、ここにいるだけで。ただ、そのたまたまのおかげで出逢って、しかも、自分がこの世に生を受けた日を祝ってもらえることって、それだけで特別なことだと思うんです。
 今日1日祝ってもらって気付いたんですけど、喜んでいるのが、感動しているのが、私だけじゃないんですよね。それがまた、嬉しくって。大好きな人と同じ時間を共有できることの幸せを強く感じました。みんなには感謝しかありません。私と出逢ってくれてありがとう。

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